18 国を創る
丘でアリエルと別れ、ガルシアさん宅を目指す。
その道中、ナタリーが僕の隣に着き、手を握ってきた。
「兄ちゃん、あのね、いろいろ起こりすぎてびっくりしちゃったけどね、今も私は兄ちゃんの妹でね、兄ちゃんのことずっと大好きだから…」
そう言いながらナタリーの目から涙がこぼれ始めた。やっぱり、泣き虫のままだな、こいつは。
「だから…ね…。兄ちゃんも、私のこと、ね…、ひっく…あの…今まで通り…ね…」
立ち止まり、ナタリーの首に腕を回し、抱きしめる。
僕より背が高いもんだから、あんまり恰好がつかないな。
「ありがとう、ナタリー。今も、ナタリーは最愛の妹だよ。今までもこれからも、大好きだから。」
それはこの先も絶対に変わらない。
たとえ、ナタリーが僕を嫌いになっても。
ナタリーへの抱擁を終えると、これまた泣きながら母さんが駆け寄って僕を抱きしめる。
「ジン…ジン…ごめんね。力になってあげられなくて、ごめんね。」
「いいんだよ。母さん。悪いのは人間だ。母さんが謝ることじゃないよ。」
その人間をこれからなくすから。安心して。
「ごめんなさい、ジン。朝、あなたが人間の女の子に恋をしてるって気づいて、やめてほしいって思ったの。私、いい人間なんて見たことなかったから。あなたがどれだけの覚悟をもって、人間の女の子と一緒になろうとしてたとか、考えもしなかったの。とにかく、やめてほしいとしか思えなかった。本当に、ごめんなさい。」
「そんなの当たり前だよ。僕ももし、ナタリーが人間の男に恋したなんて知ったら、死んでも止めると思う。心配してくれてありがとうね。」
ああ、そうだ。母さんを安心させるために、母さんと同じ気持ちだって伝えよう。
「母さん、今朝言ってたでしょ?人間全員、殺したいとしか思えないって。僕も、同じ気持ちだから。母さんと一緒。だから安心して。」
「ジン…あなた…」
僕の顔を見えるように少し離れる。母さんは、絶望した顔で僕を見ている。なんで?母さんと同じように、人間が憎いって言っただけじゃん。
喜んでよ。
「…そろそろ行くぞ。遅くなるとガルシアさんも寝ちまう。」
ずっと黙っていた親父が言葉を発する。そうだね。早くいかないと。
少し速足で、ガルシアさんの家をめざす。
ガルシアさんの家は、まだ電気がついていた。
扉をノックして声をかけると、しばらくしてからドアが開いた。
白く伸びた髪と髭を携えた60代後半の男性、ガルシアさんだ。
「おっ、カドラーさんじゃないか。こんな夜更けにどうしたんだい」
目つきは鋭いものの、とてもやさしいおじさんである。
「夜分遅くにごめんなさい。少し、ガルシアさんとお話がしたくて。よろしいですか?」
「ああ、もちろんだよ。ささ、みんな上がって」
他の町の家と同様、ボロボロの木造の家であるが、他と比べて少し大きい目な家であった。
ギンには外で待ってもらい、そのまま居間に通される。
「好きなところに座ってくれ」
そう言うと、皆各々座り始める。僕はガルシアさんが座るのを待ち、ガルシアさんの前に腰を下ろした。
「で、要件ってのは何だい?」
「ガルシアさんは、人間が憎いですか?」
僕の唐突な質問に、ガルシアさんだけでなく後ろに座る家族も驚いている。でも、そんなことどうでもいい。
「い…いきなりどうしたんだい?ジン君」
「答えてください。」
僕の真剣さを感じ取ったのか、もともときつい目元をさらに鋭くさせ、僕に返事をする。
「…当たり前だろ。あんな奴ら、憎くないと言うグルガル族はいない。ワシは家族を殺されとるしな。」
「この国の人間が全員死んだら、僕たちはどうなると思いますか?」
「!おいジン!」
「親父は黙って」
僕の考えていることを理解したのか、僕のことを止めようとしてきた。ガルシアさんの目を見ながら、言葉だけで親父を制する。
「どうですか、ガルシアさん。」
僕の気迫に押され気味のガルシアさんが、質問の意図をくみ取りながら、欲しい回答をよこしてくれる。
「…そうだな、生活に困ることはまずない。というより、ワシらの生活は豊かになるはずだ。今のこの国を作り上げたのはグルガル族だ。家も、インフラも、食料も、全部我々が作っている。人間に搾取されているそれらを、自分たちで使えるようになるだけだ。皆のボロ家も建て直せるし、食料も好きなものを食べれるようになる。…それがどうした?」
「北の山にある希少な鉱石は、問題なく調達できるでしょうか?」
「それも問題ない。電車が通ってない頃はここから走って採取しに行っていた。…あ、それで言うと、電車は使えなくなるな。人間がいなくなるってことは電気魔法師がいなくなるってことだ。一昔前の蒸気機関車なら作れるが、それを作り終えるまで走れば良い。」
「人間を全員殺す力を僕が持っているとして、今この瞬間これを行使しても問題ないですか?それとも、村の皆に許可は必要でしょうか?」
その質問を受け、家族含む全員が三者三様の反応をするが、須らく驚いていた。
「…不要…だと思うが…今は軍人もいないし、周りの住民だけにでも聞いてみてもいいかもな。」
「僕が人間を滅ぼしたら、この国はグルガル族のものになります。そうしたら、この国の王はあなたになりますか?」
「…そんなことができるなら、グルガル族全員、ジン君が王になるのを望むだろうな。」
「ガルシアさんはそれでもいいのですか?」
「ワシももう年だ。妻も息子ももういない。ジン君にそんなことができて、そんな君が王になってくれるのであれば、ワシとしてはありがたいとまで思う。…なぁジン君、大丈夫かい?この問答に何の意味があるのか…」
「ガルシアさん、最後のお願いです。この近くの人たち、招集していただけますか?最初の挨拶だけガルシアさんにしていただければ、あとは僕が喋ります。」
「……分かった。君が何を考えているのか分からないが、ワシはこれまでの君を知っている。君を信じよう。」
「ありがとうございます。」
ガルシアさん、次いで僕が立ち上がる。
後ろを見ると、ナタリーが恐怖からか母さんの肩にしがみつき声を殺して泣いていた。母さんも下を向いており、表情が見れない。親父は何かを考えながら自分の手を見ていた。
ごめんね、みんな。意見があるなら、外で聞く。
ガルシアさんが玄関に置いてあった撥を手に取る。家を出て庭の方に行くと、銅鑼と高さ1mほどのお立ち台がある。村の皆に伝えることがある際、ガルシアさんがいつも使用する道具だ。
銅鑼とお立ち台を庭から通りに移動させる。
本当にいいんだな、と、ガルシアさんが最後の確認を取る。それに対し、逡巡を巡らせてから、頷く。
ドーン!と最初の銅鑼の音が鳴る。その音で、電気が消えていた家の電気は付きはじめ、電気がついていた家からは人がまばらに出てくる。
10秒ほど時間をおき、2回目の銅鑼が鳴る。そこから10秒ごとに、合計6回銅鑼が鳴った。
村の皆が続々とお立ち台の前に集まる。
何があるんだ、こんな時間に、明日も仕事なのにと、人が集まるにつれ喧騒が大きくなる。
最終的に数百人は集まっていた。まあ、グルガル村は大きい。なんたって全員で500万人いるんだ。そんな中の1%以下だが、この大人数から100%の了承が得られれば、それはグルガル族の総意として良いと思う。
ガルシアさんがお立ち台に上る。
「静粛に!!」
その一言で、話す人は一人もいなくなった。
「皆!夜分遅くに騒がせてしまいすまない!今からここに立つジン・カドラーから、極めて重大な話がある!皆、心して聞いてくれ!」
ガルシアさんがお立ち台を降り、僕の目を見ることなく後ろに下がる。僕はそれを受け、お立ち台に上がる。
集まった全員全員の顔を見る。全員知ってる顔だ。アリエルとその両親もいる。
やっぱり、すぐ会ったね。
「皆さん!こんな遅くに申し訳ございません!今日は皆さんの意見を聞きたく、この場を設けさせていただきました!」
ガルシアさんの言葉のおかげで、静寂が続いている。
「皆さんは!人間と共存できると思いますか!?」
突拍子もない問いに、全員答えられないでいる。
ダメだな、聞き方を変えよう。もっと簡単に答えられる質問にしないと。
「すみません!こういった場になれていなくて!!」
場を和ませようとしたが、先の質問が壮大すぎたのか、誰もクスリともしなかった。
だが僕もアドレナリンが出ているのか、恥ずかしいともしまったとも思わない。
「聞き方を変えます!人間と仲良くしたいと思う方!手を挙げてください!」
…一つも手は上がらない。
「では!人間とは仲良くできないと思う方!手を挙げてください!」
…ゆっくり、皆の手が上がっていく。数十秒待ち、恐らく全員の手が上がった。
よし、これで、次回以降の質問に対し手を挙げることに抵抗がなくなったはずだ。
「ありがとうございます!手を下ろしてください!それでは、人間がいないと我々が生活できなくなると考えている方!手を挙げてください!」
手は上がらない。
「人間がいなくても生活可能だと思う方!手を挙げてください!」
すぐに全員の手が上がる。
「ありがとうございます!人間が生きていた方が我々は幸せになれると思う方!手を挙げてください!」
手は上がらない。
「人間はいなくても我々は幸せになれると思う方!手を挙げてください!」
全員が手を挙げる。少しだけざわざわし始めるが、それでいい。むしろ、いいタイミングだ。
あれ、アリエルはおどおどしていて手を挙げていない。でも、いいか。その前の質問で手を挙げなかったので、生きていてほしいとも思っていないはずだ。
「ありがとうございます!皆さんの考え、よく理解できました!それでは、グルガル族に、この国の人間全員を殺せる力を持つ者がいた場合!これを行使してほしい方!手を挙げてください」
この質問に対しては、手の上がり方がまばらだった。ちょっと壮大すぎたかな。
あと、殺すという強い単語は、やはり人を委縮させてしまうのかもしれない。
今からは、ポジティブな言葉だけ、ネガティブな言葉を使うときは、表現を曖昧にしなくては。
もうそろそろ、皆にはテンションを上げてもらおう。
「ありがとうございます!それでは、グルガル族だけの国が欲しいですか!?人間に差別されない!虐待されない!支配されない!グルガル族全員が好きな仕事をして!好きなものを食べ!子供たちが大声で外を走り回れる!そんな国が欲しいですか!?」
この質問で、民衆から声が漏れ始める。
当たり前だろ、天国じゃねえか、想像するだけでも幸せ、そうなればいいのにな、夢のような世界、etc。
まだ、だ。
「そうなってほしいと思う方!手を挙げてください!」
全員が迷いなく手を挙げる。
もう、少し
「であれば!それを可能にする力がある場合、使ってほしい方!」
手が挙がる。
「使ってほしくない方!」
手が下がる。
もっとみんなの熱量を、上げよう。
「人間のいない世界を!国を!グルガル族全員が、人間のためでなく、愛する人のためだけに働いて!休日は家族と過ごし!電車に揺られて仕事に行く必要もない!暴力におびえることのない!子供が安全に成長できる!そんな世界が欲しいと思う方!自分の理想を声に出してみてください!」
少しの静寂の後、聞き覚えのある声が僕の耳に届く。
「俺は!スポーツがしたい!野球やサッカーを、友達と全力で遊びたい!」
ネイトだった。
「俺は勉強がしたい!天文学を学びたい!望遠鏡で星を見てみたい!」
ダビデだ。二人とも、ありがとう。
そこからは、数百人の願望が洪水のようにあふれかえってきた。
遠出がしたい、立派な家が欲しい、本を書きたい、肉が食いたい、大きい柔らかいベッドで眠りたい、植物が好きだ、大声で歌いたい、読書がしたい。
様々な欲望が耳に届く。
よし、始めよう。
「私は!それを可能とする力を有しています!今日、奇跡的に魔法に目覚めたのです!僕は無神論者ですが、この力だけは神に感謝しました!グルガル族だけの国を作れる力です!!この力を使っていいでしょうか!?グルガル族が!我々が!幸せを得るために!この力を行使してよろしいでしょうか!?」
…
「そんな力があるなら!使ってくれええ!」
ダビデが叫ぶ。
「そんな夢みたいな国になるなら!今すぐ使ええええ!」
ネイト。
本当に、持つべきものは友だ。
そこから、民衆が叫び始める。
使え、今すぐ使え、嘘だったら許さない、早く使ってくれ、私たちを解放して。
「皆さん!ありがとうございます!この村を傷つけないために!これより村の最東端に移動します!グルガル族だけの国が出来上がる瞬間を見たい方は、ぜひついてきてください!!」
熱狂する観衆を背に、お立ち台を降りる。
ガルシアさんは興奮からか恐怖からか目を見開いて震えていた。
僕の家族は目を合わせてくれなかった。どんな感情を抱いているのか、分からない。
…ごめんね。もう、決まったことなんだ。大丈夫。世界は幸せになるはずだ。
30分ほど先頭を歩き、村の最東端までもう少し。
道中、民衆の熱狂した声で、僕の演説に参加していなかった住民もこの団体に加わり、最終的に1000人を超えていた。
家族とギンはずっと僕の後ろについてきてくれていた。
近くにアリエル、ダビデ、ネイト、そしてその家族も来ている。
ダビデとネイトは助け舟を出してくれていたが、今は信じられないといった表情をしている。大丈夫だ、僕を信じろ。
アリエルは、ずっと下を向いていた。
アンクーバー行の線路が見えてきた。
盛り上がった築堤の上に立ち、民衆を見渡す。アンクーバー方向の線路左右には木がなく、見晴らしがよくなっている。
時刻は午前3時を回り、空が明るくなってきた。完璧なタイミングだ。
今から、僕たちだけの国を作る。っと、その前に確認しないと。
「みなさん!お待たせしました!」
僕の言葉で民衆が静かになる。
「皆様の了承を得ましたので、これより我らだけの国を作ります!その前に確認です!これから我らの国になるということは、王が必要になります!ひとまず、暫定として私が王となり、国が落ち着いた後、国王選出のための選挙を執り行うのはいかがでしょう!ここにいない方も沢山います!よく考えてください!異論のある方、遠慮なく声を上げてください!」
30秒待つ。誰も、話さない。
うーん、僕が王か。ちょっと想像がつかないな。でも、やるしかない。
そろそろ、始めよう。
「それじゃあ皆!幸せな世界を作ろう!!」
一斉に民衆が熱狂し、大地を揺らす。
よし、それじゃあ。
くたばれ。人間ども。
村に背を向け、両手を前に出す。
国全体の国土をイメージし、魔法を発動する。
この国全体であれば、10Gにしても魔力に余裕はあるはずだ。
不思議なもので、魔力を得てからどの程度の範囲を、どの程度の強さで魔法を行使できるかが手に取るようにわかる。
幸い、僕は6年間ほぼ毎日国中を走って仕事をしていた。この国の全体像をしっかり理解しており、僕の魔法ならその全てを覆えると確信できていた。
しようと思えば、2G、3Gと徐々に力をかけていき、人間を苦しめることもできた。だがそんなすぐ死ぬ人間より、これから共に生きるグルガル族のみんなにインパクトを与えたほうがいいと思う。
ので、初っ端から10Gだ。
辺りが揺れる。ゴゴゴゴという轟音とともに、僕の前の築堤が崩れていく。
辺りの木は全てへし折れ、見晴らしがさらに良くなる。
遠くに見える人間の町では、建物が崩れ砂埃が舞っていた。
地鳴りと揺れが止まない。かなり遠くに見える山々が崩れていくのが見える。見た目のインパクトも十分だ。
これで、僕のやったこと、人間が全員死亡したということを疑う人はいないだろう。
これまで熱狂していた皆が一切言葉を発しなくなっていた。あまりにも衝撃的すぎる光景に、全員がそれをただ眺めることしかできなかった。
そして、10分が経過した。
魔法が行使できなくなり、両の手を下ろす。
僕はその真っ平になった大地を見て、何故か喪失感だけが胸に残っていた。
ああ、アヤさんの特等席も、壊してしまった。でも、仕方がなかったんだ。あの一点だけ重力をかけないなんてこと、できなかったから。
でも、この喪失感はそれだけのせいだけではない。
…ああ、昨日の朝家族に話した、人間と仲良くできるかもってところだ。
僕は、本気でそうなればいいなって、心のどこかで思っていたんだ。
でも、これでその望みが、100%潰えてしまった。その、消失感なのかな。
………
……
…
…どうして、こうなったんだろう
「ジン…」
数十秒の沈黙の後、僕の力を目の当たりにした親父が、力ない声で僕を呼ぶ。
…こうすることが最善だったのかな。
眼前に広がる平地を眺めながら、十二分に考えた疑問がまた頭をよぎる
…結局僕も、人間と同じように暴力で解決しようとしてしまった
「にい…ちゃん…」
「ジン…」
「…本当に…ジン君…なの?」
…何度考えても、みんなが幸せになれる未来はこれしか思い浮かばなかった。いま改めて考えても、人間との共存は不可能だと思う。
…ならこれが正解なんじゃないかな。
たった今1億人の命を奪ったとは思えないほど冷静な考えのまま、改めてこの回答を導き出す。
…ああ、みんなが僕に畏怖しているのが分かってしまう。
でも、こうするしかなかったんだ。みんなにも相談したじゃないか。まあ、ここまで破壊的になるとは全員思っていなかったことだろうけど。
再度、静寂が訪れる。家族も、友人も、村のみんなも、誰も言葉を口にすることができなかった。
この状況を目視できる人全員にとって、あまりに衝撃的な出来事が発生した直後なんだ。そりゃあ、そうなる。
でもこのまま立ち続けているわけにもいかない。もうこの国には僕らしかいないんだ。たった今から、ここは僕らの国ということになる。そして僕がこの国の王になったんだ。
…だから、これが最初の、僕の王としての仕事だ。
僕は、みんなの顔が見えるように振り返る。王として、みんなを落ち着かせないと。これからの未来は、幸せになれるんだと思ってもらえるようにしないと。その一心で、この状況下で、なんとか笑顔を作り出す。そして、王として最初の一言を絞り出す。
「大丈夫。僕が、みんなを守るから」
この世界に、差別と支配なんていらない。
全員が幸せになれる世界を、ここに創ろう。
…人間以外が。
第一章 闇の王
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
一先ずこれで第一章は完結です。
一応、第三章で完結を予定しております。
引き続きよろしくお願いいたします。




