16 おそろい、だね
町に向かい走る道中、人ひとり見ることはなかった。
すぐに最初の民家を通り過ぎる。喧騒は町の中心部から起きているようだ。
念のため、人の気配に細心の注意を払いながら、中心部へと足を早めていく。だが、人っ子一人いなかった。
そして町の中心部、大きな広場にでた。その広場に、町中の人が集まっているようだった。
すべての目線が、仮設されたであろう張りぼての舞台に集中している。その舞台には3人が壇上していた。
一人は剣を携え髭を生やした壮年の男性。
一人はうつろな瞳で座りながら空をボーっと見上げる、妻と思わしき女性。
そしてもう一人は、手を後ろで縛られ、膝立ちをしながら俯いている、僕のよく知る女性…
「アヤ…さん…?」
間違いなく、アヤさんだ。顔は見えないが、血が滴っているのが見える。
服は昨日と同じワンピース。綺麗だった髪と、それによく似合っていたワンピースがボロボロになってしまっている。
なんだ…これ…。何が起こっているんだ…。
脳が理解を拒む。この状況、どこからどう見ても処刑の現場じゃないか。なんで、こうなっているんだ?アヤさんが、悪いこと、するはずないじゃないか。
脳が機能を停止したかのような感覚。何も感じられない。視覚と聴覚の情報だけを拾っている。
ダメだ。思考を停止するな。早く、助けないと。でも、どうやって?
一歩踏み出そうとしたその時、壇上の男が声高らかに口を開いた。
「オウタの皆さん!私、ケヴィン・シェミールにこのような機会を与えてくださりありがとうございます!シェミール家の汚点を、私の手で浄化することを許していただき、心から感謝申し上げます!」
男は続ける。
「この売女は、もともとシェミール家の人間でした。ですが昨日、グルガル族という、口に出すのも汚らわしい死んだ家畜と、淫行を行ったのです!死んだ牛や豚と淫行をしたのと同義なのです!300年前、我々を支配していた、憎むべき種族とです!この売女がもともとシェミール家であったことが、恥ずかしくてたまりません!ですが、私と血が繋がっているのは事実でございます。その責任を、今から私が全うします!気が狂ったのは、この売女ただ一人であるということを証明して見せます!」
辺り一帯が、暴言と早く終わらせろと叫びで埋め尽くされている。
ああ…そうか…。この種族は、本当に頭がおかしいんだ。母さんの言っていた言葉を思い出す。
『ほとんどのグルガル族が、人間全員、殺したいとしか思ってないわ。』
その通りだったよ、母さん。今、生まれて初めて、すべての人間を殺したいと心から思ってしまった。
もう人間に対し、怖いとか醜いとか、そういう感情はない。
ただただ、同じ空間にいるのが苦痛で、早くこいつらを消したいとか考えられない。
「それでは、この汚れた気狂いを断罪し、この町をきれいにいたします!軍への報告は、この処刑が終わってから、私の方からさせていただきます!」
そう言い、剣を抜く。
ハッと我に戻る。ああ、ここの人間全員殺すより、まずはアヤさんを救い出さないと。
ここから舞台までは100メートルほど。全力で走れば数秒だ。
「アヤさん!!!」
可能な限りの大声を出す。舞台の前に群がっていた生物と壇上のそれが一斉に僕を見る。
アヤさんが顔をバッと上げる。美しい顔が、ボロボロになってしまっている。
…殺す。全員、殺す。
「あっ!あいつ!あいつだよ!そこの女とキスしてたの!!」
どこからか声が聞こえた。それを皮切りに、これまでの罵倒が一斉に僕に向く。
なぜこんなところに死体が、気持ち悪い、早く殺せ、そんな言葉が耳を通り過ぎる。有象無象の出す音など聴きたくない。
僕の周りの温度が数度上がった。前を見ると、太り気味の男が僕に右手を伸ばし歯を食いしばっていた。
「コイツは死体だ!魔法を使っても構わない!」
これが、魔法?何言ってるんだ。熱魔法ってのは、使われたら息をすると肺が焼けるほど熱いのだ。
こんな、夏の暑い日に毛が生えた程度の温度じゃない。
「やめてええええええええ!!!」
アヤさんが絶叫する。そして、世界が揺らいだ。
僕以外の全員が瞬く間に地面に這いつくばる。僕も危うく膝をつきそうになる。体重が3倍になった感覚。
これが…アヤさんの魔法?こんな魔法、聞いたことがない。
周りの建物が崩壊していく。見渡すと、100mほど先の建物は健在であった。アヤさんを中心にした半径200メートルが、平地になっていく。
舞台が壊れ、アヤさんも体勢を崩しながら地面に落ちる。だが魔法を行使しているアヤさんには魔法の効果がないようだった。
アヤさんが身を起こし、前を向く。
「アヤさん!!」
近づこうとするも、うまく走れない。アヤさんの隣でうずくまっていた男が、這いつくばりながらアヤさんに近づく。
「アヤさんに近づくな!」
「ジンさん!あなたが好きです!愛してます!」
男はアヤさんのそばで起き上がろうとする。クソ!僕にみんなみたいな体力があれば!筋力があれば!
「近づくなあああああ!」
「あなたに出会えて!心から幸せでした!!」
男は膝立ちになり、アヤさんに覆いかぶさる。
アヤさんが体勢を崩し、辺りを覆っていた重さがふと消える。
その瞬間、全速力で走り出す。
男も素早くそばに落ちていた剣を握り、アヤさんの胸に突き立てる。
パリパリッと、男の体から電気が漏れ出る。
「やめろおおおおおおお!」
「ジンさん!幸せになっ」
アヤさんが言い切る前に、男の剣がアヤさんの胸を貫いた。あと3歩、間に合わなかった。
あ、ああ、あああああ。
バチン!と頭の中で鎖がちぎれた音がする。腹の奥からドロドロした何かがあふれ出してくる感覚が沸き起こる。
……殺す。
「はぁ、はぁ、皆さん!ご安心ください!乱心した売女を、今この手で仕留めました!次はこの家畜を…は?」
僕の中で、何かが変化した。このドロドロした何かを感じた瞬間、理解できたことがある。これは、魔力だ。
…殺す。
「み…皆さん!ご覧ください!!この男、魔力があります!魔力がありますよ!!死体ではなく、人間です!よかった!娘は気狂いなんかではなかったんだ!皆さん!シェミール家は健全です!この一家におかしい人間なんていませんでした!」
僕はたった今、魔法が使えるようになった。その使い方も、完璧に理解している。魔力が使い方を教えてくれている。
そして、なんと運命的だろう。僕はアヤさんと同じ、重力魔法が使えるみたいだ。
殺す。
ギンが舞台の陰から現れ、アヤさんの手を舐める。この子もボロボロになっていた。
そうか、お前も、アヤさんを守ろうとしてくれたんだな。ありがとう。
アヤさんをゆっくり両手で抱きかかえる。こんな醜悪な生物が蠢く場所に置いていくつもりはさらさらない。
「お、おい。何をしているんだ。その娘を置け」
「ギン、お前も一緒においで。」
ギンにそう語りかけると、いつもアヤさんにしていたように、僕の足にぴたりとくっつく。
良し。これで、ギンも僕の魔法の影響を受けない。
殺そう。
周りの人間がゆっくり体を起こし、ざわざわし始める。
人間なのか?でもあの肌の色は?そういえば、目の色が違うぞ。身体も小さい。でもさっきまで魔力はなかった。
…気持ち悪い。しゃべるな。這いつくばってろ。
さっきのアヤさんは、これくらいだったかな。
死ね。
自分から半径200メートルを3Gにする。
「グッ!」
隣に立っていた男が崩れ落ちる。どうしよう、こいつは特に痛めつけてやりたい気持ちもあるが、視界に入れたくもない。
まあ、いいや。どれもこれも変わらない、有象無象だ。
そうはいっても、できるならみんな苦しんでほしいな。
そう思い、ゆっくり1Gずつ、重力を重くする。周りから苦しむ声が聞こえてくる。…頼むから、しゃべるな。
6Gになったところで、めんどくさくなり20Gにした。
苦しんでいたやつらもすでに死んだ奴らも、穴という穴から血を噴出する。
そんなことをしても、僕のこころは一切晴れることはなかった。
「とりあえず、この町はいらないな。…ああ、あのベンチは残さないと。僕たちの聖域だからね、アヤさん」
ベンチが重力圏に入らないよう、自分から半径1kmを10Gにする。
町中の建物が音を立てて崩壊していく。3分ほどその状態を維持し、周りが静かになったころに魔法を解く。
「…行こうか、ギン」
くーんと声を漏らし、僕の後をついてきてくれた。
歩き出し、気付いたことがある。
身体に魔力の感覚はあるが、魔法は使えなくなっていた。最初に魔法を使用してから10分ほど経過していた。
そこでふと、昨日の軍人たちの言葉を思い出す。
『もっとちゃっちゃと動いてよ。もうすぐ10分経っちゃうじゃん』
『あ、おい、10分て言っちゃダメなやつだろ』
そういうことだったのか。魔法は一度使うと、10分で使用不可になるみたいだ。
次使えるようになるのはいつだろう。まあ、いずれ分かることだ。
「あ、ごめんなさいアヤさん、暇ですよね。…そうだ!最初に会ったときみたいに、あのベンチまで走っちゃいますか!アヤさん、速いの好きでしたよね!よーし!」
そう言い、走り出した。
『きゃーー!あははは!』
僕の大好きな笑い声が聞こえてくることを期待したが、アヤさんは動かないまま、何も言ってくれなかった。
その現実から逃げるために、唇を嚙みながら速度を上げていく。
「はい!着きましたよ!」
あのベンチは無傷のまま残っていた。そこに、アヤさんを優しく寝かせる。
「張り切って全力で走っちゃいました!大丈夫でしたか?乗り物酔いはしていませんか?あ、そうか!アヤさん乗り物に強いんですよね!はは、ちゃんと覚えてますよ!」
そう、彼女との会話はすべて覚えている。忘れる訳がない。
ひとしきり話しても、彼女が反応することはなかった。
「ははは…はは…うっ!」
彼女から離れ、木の根元で嘔吐する。何も食べていないのに、それでも体中のものを吐き出そうと胃がひっくり返っている。
「ははは、かっこ悪いとこ見られちゃいましたね。アヤさんの前では、ずっとかっこつけていたかったんですが、ごめんなさい。…おぇっ!」
喋りかけ、また吐く。何も考えたくない。今はただ、ひたすらアヤさんに語り掛け、返事が返ってくるのを待ちたい。
「はぁ、はぁ、すみませんでした。みっともないところをお見せしちゃって。」
吐き気は収まらないが、もう胃液すらも吐きつくしたのだろう。嗚咽は止まっていた。
「アヤさん、ベンチだと固いでしょ。膝枕してあげます。」
アヤさんの頭をゆっくり持ち上げ、ベンチに座り、頭を膝の上に置く。頭をゆっくり撫でながら、また語り掛ける。
「髪、きれいですね。初めて会った日は、ちょっとぼさぼさしてましたよね。僕のために、おめかししてきてくれたんですよね。あはは、すっごくうれしいです。」
涙が、あふれてくる。殺意に支配されていた思考が落ち着き始め、冷静になった頭がだんだんと現実を突き付けてくる。
「でも、僕はアヤさんがどんな姿でも、大好きですよ。愛してます。最初に出会ったおめかししてないアヤさんも、おめかししてとんでもなくきれいになったアヤさんも、僕のあなたに対する愛は変わらないです。」
涙がとめどなく押し寄せてくる。何粒も、何粒も、僕の涙がアヤさんの顔に降り落ちる。
「さっき、愛してるって言ってくれましたよね。僕に出会って幸せだったって。僕も全く同じ気持ちです。一生、アヤさんと一緒にいたいです。愛してますよ。…ねえアヤさん、お願いだから、目を覚ましてくださいよぉ…」
アヤさんの頭を抱きしめ、大声で泣きだす。
そこからは、赤ん坊のように、ただただ大声で泣きじゃくるしかできなかった。
いったい何時間泣いていたのだろう。声と涙が枯れ、日が傾き始めていた。
…決めた。
「ごめんね、アヤさん。うるさかったよね。今から、僕の住んでる場所に案内するから。僕の家族を紹介するよ。みんな、すっごくいい人たちだから。」
…人間を、殺す。
「あ、忘れてた。アヤさん、これ、受け取ってください。アヤさんに何かプレゼントをしたくて、来る途中に作ったんです。…愛してるって言ってくれたから、ここに付けてもいいよね?」
…この国にいる人間を、全員。




