15 初めてのデート
「ふぁ~あ」
朝4時に覚めた。僕にしては超早い。というより、全然寝付けなかった。主に痛みと動悸のせいで。
「おし!着替えよっ!」
アヤさんと会える!眠気が一瞬で飛び、早速準備に取り掛かる。
「あー!兄ちゃんがおしゃれしてる!デートだ!絶対デートだ!」
「今日は早いじゃないジン。おはよう。」
「おはよう母さん、ナタリー」
「…」
「親父も、おはよう」
いつも元気に挨拶する親父が、俺の格好を見て押し黙る。今日は休日だ。一目でどこに行くのか分かったんだろう。
今日は自分でできる一番のおしゃれをしてみた。なんと、滅多に着ないスラックスを履いたのだ!
…上は黒Tだけだけど。人間からしたら全然おしゃれじゃないとは思うが、これが僕にできる全力である。
「兄ちゃん兄ちゃん、おしゃれするなら白Tのがいいと思うよ?」
「僕もそう思うけど、ほら、背中がね。」
白Tの後ろを汚したくない。
「あーなるほどねー。ねね、誰とデートなの?」
「教えなーい」
「ええ!?本当にデートなの!?ズルい!ねえ教えてよ!」
「あらあら!?」
母さんが身を乗り出す。
ナタリーは、あーあ、ジェーンもダメだったかーとぼやいていた。
「また今度教えるから。ね、親父」
「あ、ああ…そうだな…」
歯切れの悪い親父を見て、母さんの笑顔が消える。何を考えているのだろう、みるみる顔が青ざめていくのが分かる。
「……え、嘘…そういう…ことなの…?」
何かを悟ったような口ぶりで、ボソッとつぶやく。
「さすがに…いえ、でも…、人間に怪我を見てもらったって…え…?」
親父より勘の鋭い人だ。僕がデートなんて言ったら一番大はしゃぎするはずの親父がこの反応である。加えて昨晩の親父との会合。
…これは、もしかしたら母さんに言わないといけなくなる日も近いかもしれない。
「じゃあ、もう出かけるね。」
「おい、メシはいいのか?」
「うん、大丈夫。」
アヤさんのお弁当があるはずだ。めいっぱいお腹を空かせておこう。
そのままリビングを出て、玄関に向かう。後ろからいってらっしゃーいと言う間抜けな声がした。
母さんは、何も言わない。
「おい、ちょっと待て。」
玄関で靴を履き、ドアに手を伸ばそうとし、親父から声がかかる。僕に近づき、直した寝癖が戻らないよう優しく頭に手を置き、耳元で口を開く。
「絶対に、他の誰にも見られるなよ。十分気をつけろよ。」
「…あぁ、分かってる。ありがとね」
「…よし!行ってらっしゃい!スケベなことはほどほどにな!」
「はは!それは約束できないや。行ってきます!」
そしてドアに手を伸ばし、外へ出ていく。とても気持ちがいい、春の朝であった。
「はぁ、はぁ」
家を出て、1時間半ほど林を走っている。気分が高揚しているためか、包帯を巻いた背中はあまり気にならなかった。
村を抜け出すのには苦労しなかった。基本的に駅付近にしか警備はおらず、その目を盗んで村を出ることは容易だ。
というより、人間はこれまで町全体を警備する意味がなかった。自分から好んで人間の領地に赴くグルガル族などいなかったからだ。
加えて、今日は他国のお偉いさんが来ているとのこと。そちらの警備に軍の大半をつけているだろう。
「はぁ、はぁ」
オウタは、グルガル村から一番近い人間の町だ。この林を抜ければ、例の川に到着するはずである。
「はぁ、はぁ、あっ」
足を止める。自分がアヤさんのために何も持ってきていないことに気づいた。
せっかくのデートだ。プレゼントの一つでも欲しいところである。
「ふぅ、どうしようかな」
何か気の利いたものは作れないかな…。そう思い周りを見渡すと、シロツメクサを視界の端にとらえた。
「…いや、さすがにキモいかな…」
シロツメクサは、茎が長く、白く小さいポンポンのような花だ。幼いころ、ナタリーと一緒にこの花で指輪を作ったことを思い出す。
「うーん…引かれる…よな…」
膝を折り、目の前のシロツメクサを見つめる。
「……ええい、ままよ!」
決心し、優しくシロツメクサを手に取る。そして子供のころのように、花と茎をくるくると絡め合い、小さな輪を形作っていく。
ものの数分で、可愛い指輪が出来上がった。
「ははっ、出会って数日でこの贈り物は重たすぎるよなぁ。」
掌の指輪を見ながら、少し恥ずかしくなる。でも、何もないよりはマシなはずだ。渡さないならそれでいいし、渡せるような超いい雰囲気になれば、渡せばいい。アヤさんのことだ、いらないと言ってポイっと捨てることはないだろう。…捨てるなら、僕が帰った後にしてほしい。
「さ!もう一走りだ!」
そんなネガティブさを発揮しつつ、再度走り出す。多分、あと少しのはずだ。
それから30分ほどして、例の川に到着した。5時ごろ家を出発したから、今は7時くらいだろう。
そこから少し歩き、例のベンチに到着する。初めてアヤさんに出会ったのもこれくらいの時間だったから、いつ来てもおかしくないはずだ。
アヤさん以外の人間が来てもいいように少しだけ移動し、木陰に隠れる。
そわそわしながら、ちらちらとベンチを何度も見る。移動して5分ほどしかたっていないが、それよりずっと長く感じる。右のポケットに入れた指輪を何度も出し入れして気を紛らわしていた。
あ、そうだ。アヤさんの好きなところを考えよう。
初めて会った日、次に会ったときにそれを伝えると約束していた。昨日はいろいろあって二人ともそのことを忘れてしまっていた。
全部話し始めたら止まらなくなりそうだから、5個に絞ろう!しこたまあるから、アヤさんが来るまでに選別しておかないと。
1時間ほど経過した。ちょっと遅れてる?いや、僕が早く着きすぎたのかな。もしかしたら、張り切って弁当を作ってくれているのかもしれない。
なんにせよ、今日の予定はアヤさんと会うことしかない。一日中でも待つ所存だ。だから、ゆっくり来てください。また転んだらイヤですからね?
そこからさらに2時間が経過した。
…おかしい。昨日会った時間もとうに過ぎている。初めて会った日の時間のことも考えると、明らかに遅れている。
そしてもう一つ気になる点がある。
町の方が騒がしくなってきたのだ。ここから町まで1kmほどあるが、グルガル族の耳なら、そこそこの音であれば聞こえるほどの距離である。
昨日おとといと、こんな音は聞こえてこなかった。町で何かがあったのかもしれない。
ふと、不安がよぎる。
その何かが、アヤさんの身に起こっていることだとしたら?
一度不安を覚えたら、それに思考が支配され際限なく悪い方向へと加速する。
強盗?暴漢?火事?地震…はさすがにないか。転んで大けがを負ってしまったとか?
…僕と会っていたことがバレた?最悪の事態が頭をよぎる。
そんなこと、ありえるのか?僕はグルガル族の中ではそんなだが、一応目も耳も悪くはない。
人間であれば、ある程度遠くても気が付くはずだ。でも、何かに気を取られていた場合、その限りではない。
…そうだとしたら、キスをしていたときか?キスをしていた時、僕の神経はすべてアヤさんに集中していてしまった。
恥ずかしい話、すぐそばに人間が来ても、気付ける自信はない。それくらい夢中になってしまっていた。
「いやいや、だとしても…」
それがバレてしまっていたら、本当に最悪の事態だ。
相手が僕だと発覚すれば、間違いなく僕の命はないだろう。でもアヤさんにまで被害が及ぶことはないと信じている。
彼女は盲目だから、知らなかったと言えばなんとかなるはずだ。
そしてアヤさんは人間。人間に対し、グルガル族と会ったからという理由だけで命を奪うことまではしないと思う。
…だから、バレたとしても、こんな町中が騒ぎになることはない。おそらく祭りか何かを開催しているんだ。
…頼む、そうであってくれ。
さらに30分の時が経過する。この30分間、冷や汗と悪い考えが滝のように流れ出ていた。
…もう…無理だ。
町の喧騒は鎮まるどころか、大きくなるばかりであった。
親父、母さん、ごめん。俺、今日死ぬかもしれない。
二人に今生最後になるかもしれない謝罪をし、木陰から身を出す。
その喧騒の真相を知るため、僕は走り出した。




