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13 幸せな家族

「ただいまー」


家に到着した。家の中にいる全員が、慌ただしく駆け寄ってくる。

「ジン!大丈夫か!?」

「こっちおいで!傷見せなさい!」

「兄ちゃん…兄ちゃぁん!」

「ははっ。大丈夫だよ。」


本当に、もう大丈夫だ。

もちろんまだ痛いし、14時間仕事をしていたらぶっ倒れていただろうけど、あのイケオジさんとやる気のない現場監督のおかげでなんとかなった。なんならいつもより全然疲れていない。

もちろん、アヤさんの存在が一番大きいけど。…ナタリー、もしかしてずっと泣いてたの?


「もう絶対あんなことするなよ!?ジンはただでさえ傷つきやすいし、治りも遅いんだ!人のこと気遣える身体じゃないんだよ、お前は!」

「ほら!早く傷を見せなさい!…あら?」

「どうした!?蛆でも湧いてるのか!?」

「兄ちゃぁぁん!蛆キモいよぉぉお!」

本当に心配してるのかふざけてるのか判断が付かないぞ君たち。


「ううん、なんか、すごくきれいにされてる。あんた今日何の仕事だったの?」

「何ぃ!?お前普通のときでもボロボロで帰ってくるのに!もしかしてサボったのか!?」

「うわぁぁん!兄ちゃんが不良になったぁぁあ!」

うーん、心配してなさそう。


「すごく優しい人がいて、その人が手当してくれたんだ。傷を洗い流して、ワセリンもつけてくれた。少しだけサボりもしちゃったけど」

嘘です。めっちゃサボりました。

「え!?ワセリン塗ったってことは、人間なの!?」

「ああ…ダメだ…ジンが痛みで幻覚を見始めた…長くないかもしれない…」

「うわぁぁん!兄ちゃんが死んじゃったぁぁあ!」

あはは、僕だって怒ることあるんだぞ?


「本当に大丈夫だって。世の中には、優しい人間もいるんだよ。案外、近い将来人間と仲良くなれたりするかもよ?」


…僕のそのセリフを聞き、さっきまでの騒がしさが嘘のように静まり返る。

ああ、そっか、人間が僕らへ嫌悪感を抱いているのと同じくらい、グルガル族も人間を憎悪しているんだ。


「ジン、滅多なこと言わないで。あんた今日何されたかもう忘れたの?我が子にこんなこと、笑いながらされて、許せる母親なんてこの世にいないわよ。ほとんどのグルガル族が、人間全員、殺したいとしか思ってないわ。」

いつも優しい母さんがあまりに直接的な言葉を使い、たじろいでしまう。…これは、アヤさんのことを言えるようになる時は来るのだろうか。


僕の言葉を聞いてから神妙な面持ちになった親父が口を開く。

「…コレット、ナタリー。少しジンと二人きりにさせてくれ。男同士で話がしたい。」

「あなた、どうしたの?」

「すまん、また、言うときが来ると思う。その確認も含めて、ジンと話したい。」

「…分かったわ。ナタリー、少し散歩に行きましょう?」

「う、うん…」

母さんは、親父のことを心から信頼してる。理由を聞かず、ナタリーを連れて家から出ていった。




リビングで親父と向かい合って座る。いつになく真剣な表情をしている。何の話をされるのか見当もつかない。

「なあ、ジン。……。」

親父が言葉を選んでる。ありえない。そんな親父は見たことなかった。


「あああ!もういいや!!率直に言うぞ!お前、彼女できただろ。」

「は!?」

何!?なんで!?僕、アヤさんのことなんて誰にも言って…あ、昨日電車でアリエルには言ったか。相手が人間であることは言ってないけど。


「すまん。お前のプライベートのことをとやかく言うつもりは一切なかったんだ。今日、アンドリューさんと同じ電車だったんだが、彼がポロっとお前のことを口滑らせてな。めちゃくちゃ問いただしてみたら、お前に彼女ができたらしいと話してくれた。アンドリューさんを悪く思わないでくれ、俺がかなりしつこく聞いてしまったんだ。彼はお前のことを口に出した瞬間、泣きそうなくらい申し訳ない顔になっていた。怒るなら、俺を怒ってくれ。本当に、すまん。」


そんなこと、全然気にしない。なんなら、アンドリューさんに謝りたいのは僕の方だ。

おそらくアリエルは、昨日家に帰ってからも辛い思いを続けていたと思う。彼女をそんな気持ちにしてしまったのは、僕のせいだから。


「いいよ、親父、大丈夫。確かに今、好きな人がいるよ。それで?」

「ああ。その話を聞いた時、電車の中で小躍りするくらいうれしかったんだ。息子にも春が来たんだって。それがアリエルちゃんじゃなかったのは、少し驚いたけどな。」

恥ずかしいから踊らないでほしい。


「お前から彼女のことを聞くまで、俺からは何も言わないでおこうと決めてたんだ。でも、アリエルちゃん以外でそういう関係になれそうな女の子を俺は知らなくてだな。誰だろうって一日中考えてた。そしてさっき、傷の手当のことを聞いて、思ってしまったんだ。」

…なるほど。親父にしては、めちゃくちゃ鋭いな。


「お前、この三日間アンクーバーだっただろ。そこで、人間の女性と、知り合ったりしたか?」

「…うん。親父の、想像する通りだと思う。」

「…そうか。」


黙り込む親父。こんなに早く打ち明けることになるなんて思ってなかったなぁ。

ドンッ!と鈍い音がし、部屋が揺れる。親父が、自分の膝を相当な力で叩いていた。眉間にしわを寄せ、歯ぎしりをしている。少しして、諭すように話し始める。


「ジン、お願いだ。お願いだから、人間だけはダメだ。お前が連れてくるのが彼女でも彼氏でも俺は歓迎する。でも、人間だけはダメだ。あいつらは頭がおかしいんだ。本当に、殺されるぞ、ジン。」

「ありがとう、親父。でもごめん。僕、彼女しかダメみたいだ。多分、これからもそれは変わらない。」

「ッ…」

これだけは、譲れない。


また長い沈黙が訪れる。

今親父は、いろいろなことを考えてくれているのだろう。自分の息子が、決して幸せになれない恋をしてしまったんだ。親として、こんなに心に来るものはないのかもしれない。


「…その子が、好きか?」

恐らく、言いたいこと、否定する言葉は、山ほどあっただろう。それらを全部差し置いて、当人である僕の気持ちを確認してくれた。

「うん。親父が母さんを想う気持ちと同じか、それ以上に。」

「…そう…か…」

「ごめん、親父。本当にごめん。」

そう言うと、少ししてため息をつき、優しい顔をしながら、僕の目を見る。

「その子のこと、聞かせてくれないか?」


涙が、あふれてくる。親父、ありがとう。あなたが僕の父親であることが、心から幸せで、誇らしい。




彼女のことをいろいろ話した。見た目、性格、盲目であること、手当てをしたこと、されたこと、犬を飼っていることも。…キスをしたことと、胸を触ったことを伝えたときの、親父のテンションの上がり方は異常だった。


「…本当に、いい子なんだな。」

「うん。僕にはもったいないくらいの、素敵な女性だよ。」

「その子に、会ってみたいな。」

「うっ、うぅ…うん、うん!」

それは、恐らく叶わない願い。涙が止まらなくなる。僕も、親父に会わせたい。家族みんなに、紹介したい。でも、それは不可能なんだ。人間をこの村に連れてくることなんてできないんだ。


「なあ、ジン」

席を離れ僕の前に立ち、ごつごつした手で頭を撫でてくる。

「誰が何と言おうと、俺はお前の味方だ。できることは少ないだろうが、全力でお前を応援する。考えられないくらい険しい道になるだろうけど、お前が選んだ道だ。…頑張れよ。」

「…ありがとう、親父。」

親父に抱き着く。ありがとう。もう、その言葉しか、考えることができなかった。




「「ただいまー」」


しばらくして、母さんとナタリーが帰ってくる。

「おう!おかえり!悪かったな!」

「おかえりなさい。」


二人がリビングに入り、涙でボロボロになった僕の顔を見て驚愕する。

「ジン!どうしたの!?」

「うっ、うぅぅ…うわぁぁあん!お父さんが兄ちゃん殴ったぁぁぁあ!」

「はあ!?あんた何してんの!?」

「いやまてまてまて!!そんなことしてないぞ!」

笑いが込み上げてくる。幸せだ。本当に、人に恵まれてる。今はまだ、理解者は親父一人だけだけど、この二人ならいずれ理解してくれると思う。その日が来ることを、心待ちにしておこう。


…ナタリー、昔より泣き虫になってないか?

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