12 明日に想いを馳せながら
≪アヤ視点≫
「今日もいろいろあったね」
「ワン!」
「かっこよくて優しくて、素敵な人だったでしょ?」
「ワン!」
ギンとおしゃべりしながら歩く帰り道。本当に、今日もいろいろあった。
「…ジンさん、大丈夫かな。」
「ワン!」
「ふふ。そうだね。」
きっと大丈夫なはず。…だよね?
あれは、人間が受けていたら間違いなく絶命するほどの傷だった。あんなことが、グルガル族ではよくあることらしい。
本当に人間の所業なのかな…あんなことを他人にできるなんて、考えられない。
ジンさんの傷は本当にショックだったけど、彼がグルガル族でよかったとも思う。あれだけの傷を受けても、別れることにはかなり元気になっていた。
…というか、元気になりすぎてた?
「ねぇ、男の人はみんなあんなにエッチなのかな?」
「ワン!」
彼に激しく求められたことが頭から離れない。
最初に胸を触ってもらったときはあんなにおどおどしていたのに、別れ際は私の唇からも胸からも離れようとしなかった。
…とても、うれしかったなぁ。というか、正直、私はもっと触っていてほしかった。
最中も彼はとてもやさしかった。キスも胸も、痛いと思うことは一切なく、むしろ気持ちいいとまで感じた。
…なんなら、もっと激しくしても良かったのに。
「…私も、エッチなのかな…」
「ワン!」
「うるさいっ!」
ギンに肯定された気がして、ちょっとだけ叱る。
でも、やっぱり私も、たぶんエッチだ。彼が胸を触らせてくれた時、うれしさとドキドキが止まらなかった。ずっと触っていたかった。
でもずっと触って、はしたないと思われるのが怖くて、逆に彼に触ってもらうことにしたのだ。はしたないと思われる役を、彼に押し付けるかたちで。…私、性格悪いのかなぁ。
あぁ、本当に明日が待ち遠しい。早く彼に会いたい。彼が望むなら、…ううん、私が、もっと触れ合いたいと思っている。彼となら、どんなことだってしたい。
明日への期待に胸を膨らませていたら、気付いたら家に到着していた。
「ただいまー」
ドアを開け、家に入る。だがそこは、自分の家とは思えないほど騒々しかった。
「クソ!クソ!!そんなこと、あるわけないだろ!!」
「ああ、お願い!神様!嘘だと言って!!お願い!」
ガラスが割れる音がする。お母さんは何かを神に祈っている。
…すごく、嫌な予感がする。
「お父さん?お母さん?」
玄関で二人に声をかける。
「!!!アヤぁぁぁあ!お前いままで誰と会ってた!!」
いつも優しいお父さんから発せられたとは思えない怒号を聞き、身体が竦む。
お父さんとお母さんがバタバタと近づいてくる。嫌な予感が、的中してしまった。
「あなた!落ち着いて!ヴィンセント君の勘違いのはずよ!そんなはずないじゃない!アヤが死体と卑猥なことをするなんて、ありえないじゃない!」
…あぁ…。もう、終わりなのかな…。
「アヤ!答えろ!!今町中がシェミール家は死体と性交する気狂い一家だと言ってるぞ!」
性交なんて、していない。
「ねぇ、アヤ、嘘よね?ヴィンセント君の見間違いよね?そんなことありえないわよね?」
どう、答えたらいいのだろう。違うよと、一言いえば済む話なのかな。
グルガル族が人間に酷いことをしていたのは、300年も前なのに。
今は、当時よりひどい仕打ちを人間が彼らにしてるのに。自分のことを棚に上げているだけじゃないか。
なんで、そんなに彼らを嫌うのだろう。どうして理解し合おうとしないのだろう。
明日、会えなくなっちゃったのかな。それとも、永遠に…?
「あ、ああ!そうだ!!その死体がアヤをたぶらかしたんだ!!アヤが盲目だから、人間のふりをして、アヤに言い寄ったんだ!!それしかない!そうじゃなきゃ、アヤがあんな家畜以下の存在と性交なんてするわけがない!!」
「家畜なんかじゃない!!!」
「っ…」
「あっ…あぁ…いやよ…いやあああああ!」
ああ、やってしまった。認めてしまった。彼がグルガル族と知っていたことを。
でも、耐えられなかった。あんなに素敵な人なのに、死体なんて、家畜なんて。聞くに堪えなかった。
どうして、そんな酷いことが言えるのだろう。
バチン!という鈍い音がする。身体が壁に叩きつけられ、そのまま倒れこむ。口の中に血の味が充満する。
お父さんに、殴られた。多分、全力で。ショックと痛みで立ち上がれない。
お父さんが離れていく足音がする。お母さんは、気が狂ったように叫び続けている。
そこで、ジン君の言っていた言葉を思い出す。
『世界が絶対に許してくれない恋をしてしまったからです。』
こういうこと、だったんですね。
私の認識が甘かったみたいだ。今日のジンさんの傷を見て、少しは理解したと思っていたけど、全然そんなことなかった。
ごめんなさい、ジンさん。私はこの先、どうなるか分かりません。
多分、明日会うことは、叶わなくなりました。
この世界が、こんなにも差別と偏見に塗れていたなんて、知らなかった。
私は、大好きだったこの世界が、大嫌いになった。




