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前章⑥

前章⑥

「せ、世界?」

「あぁ」

「な、なんでまた急に……わ、我はリリエルと――」

 ラリエルは珍しく動揺しています。

「貴様は裁きを下しすぎた。己の欲のままに」

「だ、だが」

 ラリエルは慌てて、リリエルの手を取ります。

 ラリエルはただ、遊びたいのです。あの頃のように楽しく、面白いと感じる事を二神で。

「やり過ぎだ。止められなかった我にも責任はあるが、彼等の命運をお前は軽く考え過ぎた、尊き魂をなんだと思っている」

「な、なんで怒ってるの?リリエル、なんで怒ってるの?」

「聞け」

 ラリエルは縋るようにリリエルを抱き締めます。力を込めて逃げられない様に、己の腕が痛みを覚えるほどに強く強く抱き締めました。しかし、リリエルは抱き締め返すことはせず、続けます。

「我はもう神を殺したくない」

「へ」

「貴様の我儘に付き合わされ、生まれこの天を去った同胞を何故我が殺さねばならない……」

「だ、だって……」

「腸が煮えくり返る」

 リリエルの言葉にラリエルは言葉が出ず、ただただ己の腕に縋るように力を込めます。お互いの服に皺が寄り、深く深く刻まれます。

 ラリエルは、声を張り上げ訴えます。

「ご、ごめん!ごめんよ!リリエル。もう作らないし、殺さない!そ、そうだ!我も殺せるようにすればいい!リリエルだけに負担がいかないように、そうすれば我とリリエルは対等で――」

「それは出来ぬだろう」

 リリエルの言葉にラリエルは、頸を傾げました。しかし、徐々に記憶の片隅から、静かにあの日の事が浮かんできます。一方的に与えた名前と共に。

「……あ」

 ラリエルの額に露ができ、流れます。

「あの魔法は、我にしか使えない。そう定めたのは貴様だ、そしてそれは我の魂に名前と共に刻まれた。覆せるものではない」

「え、あ……」

 ラリエルの顔は、僅かに曇ります。浮かんだ絶望は、ラリエルの体を巡ります。熱を持って、急速に、魔力を帯びて。

 

 リリエルの身体が曲がりました。腰がラリエルの方へ引かれ、本来ならば曲がることの無い方へと曲がり、何かの音が響きます。しかし、リリエルは創造の神です。自身の体の硬度を変える魔法を思いつくのに、さほど時間は掛かりません。

「まってまってまってまってまってまってまってまってまってまってまってまってまってまってまってまってまって……今今今今今今っ!考える考える考えるから!君が君が君君君君君がっ……そんなに負担に感じてるなんてわ、われは思わなかったんだ!まってまってまってまってまってまってまってお願い」

「……」

 ぐにゃりと曲がった腰は、本来であれば曲がらぬ方へと曲がります。腕は内側に折り込まれ、畳まれた服の袖の様です。

「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで何もなにもなにも言わないんだリリエルリリエルリリエルリリエルリリエルリリエルリリエルリリエルリリエルっ!」

 その声は何処がリズムを刻み、激しく嗚咽するような音と共にリリエルの耳に流れ込んできます。視界には、ラリエルの金髪が逆立ち揺れています。

「……」

 何も答えないリリエルにラリエルは、焦り声がどんどん大きく膨らんでいきました。

 苦痛から答えが出せないのか、リリエルは真っすぐに前を見つめます。

「おかしいおかしいおかしいよね……君と我は対等だ。この天に生まれた時からそうと決まっている、決まっているから我等なのだ。対等であるから、我はラリエルであり君はリリエルなのだ。なのになぜそこまで怒るのだ。神を殺したからか?裁いたからか?オーリーを星詠みの神を殺したからか?星を散らしてしまったからか?……なにをそんなに怒っておるのだ、おかしい……おか」

 狂ったように同じ言葉を紡ぐラリエル。神とは思えぬ思考のなかで、必死に答えを探します。手探りで、己の不出来を認めるかのように、一つ一つ挙げていきます。

「でもなんで君はこんなにも変わってしまったんだ。やはりあの神々のせいなんだろう。いらぬ情報等与えなければ良かった!!君が君で君のまま我の隣にあり続ける君が良かったんだ!なのに君は変わってしまったんだ!神に誑かされあの星詠みの神なんぞに母と持ち上げられ!君は神を先導する神ではない母となる神でもない!我の隣に立ち我と対等である神なんだ君は!リリエルはっ――」

 ラリエルの顔には影が差し、虹色の瞳が怪しく黒を取り込みました。まるで、天の様な黒い球体です。しかし、口元は緩やかに弧を描きます。

 しかし、それを聞いたリリエルは、冷静に聞きながら、すっかり呆れてしまいました。

「もう、いいか」

 リリエルは、溜息混じりに冷たく水面のように平らな声を出します。気づけばラリエルの腕が食い込み、リリエルの身体はあらぬ方向に曲がってしまいました。

 湖面が揺れます。ラリエルの、足の裏で起こった波が緩やかに広がります。ラリエルは、リリエルの言葉に笑みを歪ませます。

 すると、ラリエルは穏やかに答えます。

「……もう少し、付き合ってくれても良いのに」

 

 ラリエルは、その言葉と同時に口元を大きく上げて笑いはじめました。そして、己の肩を揺らしながら、リリエルの身体を撫でて力を緩めます。

「つまらないね、リリエル」

「お前の戯言を聞いただけまだマシだろう」

「良かったろう、慌てふためき君への執着を露わにした我は」

「……それが本心だったらな」

 ラリエルは、歪な笑みを浮かべてぐらりぐらりと頭を左右へと揺らします。何度もリリエルの肩や頭にぶつかりますが、謝罪は勿論なく労る言葉もありません。

「ははははっ!君は、いつも冷たい!」

 リリエルは気味が悪いと感じます。ラリエルのこのやり取りも、この神の遊びの一環なのです。


「だろうな」

「んふふふふっ、変なリリエル」

「いい加減離せ、身体を直す」 

 その言葉でようやくリリエルの身体があらぬ方向へ曲がり、バランスが悪く倒れてしまいそうなのだと知ります。

 ラリエルは、僅かに視線を動かし、口角を大きく上げてニンマリと笑いました。

 すると、腕を緩めてリリエルの首筋に頭を擦り付けます。

 リリエルはその隙に、指をツィーッと動かします。すると腰がゆっくりと戻り始め、つられるように腕が真っすぐに伸びます。

 ラリエルはそれをにこにこと笑いながら見つめます。リリエルからは一向に離れようとせず、リリエルの身体がもとに戻るのを見つめます。

 そうして、元の身体に戻ったリリエルの身体をもう一度抱きしめるのです。

「ごめんよ、我のせいで」

「……全くだ」

 ラリエルは、冷たくあしらうリリエルの声に、歪んだ笑みを深めていきます。声はステップを踏むかのように軽やかで、高い高音がリリエルの耳元で響きます。

「冷たいなぁ……嗚呼、そっかぁ、怒ってるんだったね。君は」

 クスクスと嗤うラリエル

「ごめんごめん、やっぱりあれかい星詠みの神。君のお気に入りを殺しちゃったのが悪かったかい?でも、最期は自分で留めを刺したじゃないか、僕は器までは殺してないのに。魂ごと、何処かに消して……そっちのほうがよっぽど可哀想だ、恨むなら」

 リリエルは黙って耳を傾けます。愉しそうに嗤うこの神は、どんな心境でこの場に居るんだろうと、思考を回しますが全く理解できませんでした。

「自分を恨まないと、ね」

「ラリエル」

 話を切るリリエルに、ラリエルは眉間に皺を寄せます。

「世界を創る」

「……またそれ」

 リリエルは、ラリエルの腕を掴んで引き離す。


 ラリエルの不服そうな顔を一瞥してから、リリエルは指を動かし陣を湖面に描きます。それはとても巨大な陣でしたが所々欠けています、まるで誰かが補うことを想定した陣です。

 ラリエルは、その陣を見て深い溜め息を吐きます。何も言わずともラリエルは、リリエルが求めている事を理解したのです。

「なぜ創らねばならぬ、こんなごっこ遊びつまらぬ」

「ごっこ遊び……ね」

 リリエルは、ラリエルの顔を見て鼻で笑います。

「まず、貴様のその吐き出すことの無い魔力を、この世界を維持する事に使う」

「ええ〜……」

「次に、無闇な殺生をすべきでは無い事を此処から学べ」

「そんな事してないよ〜」

「この世界を創り出し、維持するのであれば新たに神を五神、創る。貴様と我で」

「んん〜〜……それは、ちょっと興味あるかも」

「だが、今までのような殺生は許さない。個人が感じる事で裁かず、必ず我と話をし決める」

「まぁ〜〜、しょうがない」

「あくまでも我と貴様は、対等という立場は崩さないが役目としては変わらぬ。総てを決めるのは貴様だ」

「だね、それはそう。なら、我からも」

「なんだ」

 大天神は、創造神の隣に並び立ち右手を手に取ります。湖面が穏やかに揺れ始める、波立つ根源には大天神から滲む、緩やかな魔力がありました。 


「我は、この世界を維持するのに魔力を幾分使う事になる」

「微々たるものだろうが」

「維持をするのだ、感覚派の我には安定して供給できる自信がない。誤って世界を割るやもしれん」

「……」

 リリエルは右手に伝わる、ラリエルの手をそっと握り返します。そして、心の片隅であり得るかもしれないと思ったのです。

 力の加減が分からず、神の端くれの様な存在を幾つも生み出してしまうラリエルのことです。いつか『魔力を込めすぎた』だの『足りなさ過ぎたな』等と、世界を割るどころか滅ぼしてしまうかもしれません。

 リリエルは、呆れたように続きを促します。

「……我に、何をしろと」

「この世界の維持、つまり我が流した魔力を循環させてくれ」

「……良いだろう」

「あと、我は魔力維持に専念する、もし外部からの干渉があった場合、我は自身を守る意外の攻撃魔法は使わん」

「は」

「それに、我は傍観者でいることにする。手を出すと面倒くさそうだ、眺める事に徹させてもらう」

「……本気で言ってるのか」

 ラリエルの言葉に、リリエルは目を見開きます。ラリエルは、穏やかな顔で魔法陣を見下ろし、歪んだ笑みを浮かべます。


「嗚呼、もちろんだ。だから」

 その瞳の奥にある虹は、あの日よりも少し濁っていました。

「君が我を守れ、何事からもだ」

 リリエルは、息を呑みます。

「それが約束出来ないのであれば、我はこの案には乗らん」

 ラリエルが笑います。

 リリエルは、奥歯を噛み締めました。ラリエルの根底にある目的は、きっと。

「……わかった、良いだろう。――貴様の事は我が、必ず守り抜いて見せよう」

「ふっ……契約成立だな」

 ラリエルは魔法陣の上に手をかざします。すると、鮮やかな光が掌から解き放たれ、陣の足りない文字を埋めていきます。

 リリエルの白い陣の上に、ラリエルの鮮やかな虹色の文字が浮かんでいきます。まるで光の中に咲く花の様でした。

 二神は静かに口を開きます。

 そして、声を揃え言葉を紡ぎます。魔力は同等に、同じ波長で緩やかに魔法陣に流し込むのです。何も言わずともお互いの魔法の事は、お互いが一番良く分かっているのです。

 

『我が名は』

「ラリエル」

「リリエル」

 

『新たな世界の幕開けには

 穏やかな水を

 豊かな緑を

 広く安定した大地を

 気候は世界を見渡し

 生きる命を持つ者たちは

 我等二神の名のもとに庇護されるべき対象である』

 

「我、ラリエルはこの世界の維持に」

「我、リリエルは循環と安寧に」

『己の魔法を行使する事を 此処に誓う』


『創造せよ!新世界!』


 辺りは眩い光に包まれました。




 創世記は、この日を『創造の日』と定め、この世界が生まれ新たな命が誕生した喜ばしい日としました。

 また、この瞬間に五つの新たな神が生まれたのです。


 天空神 セス

 大地神 テラ

 大地神 マレ

 三神は、男神として創造神と大天神から賜った魔法陣を持つ神です。三神は、兄弟のように育ち、仲良く世界を整えながらそこに住まう生き物や魔物を統治していました。たまにやんちゃで、創造神を良く困らせていました。

 

 光神 ルシア

 闇神 ノクス

 二神は双子の神です。見た目は反対なのに、中身や考える事、大天神と創造神から賜った魔法陣は殆ど同じです。とても仲良く、互いが互いの為に存在しているような神です。魔力量はとても多く、その力で世界に住まう強力な魔物を統べる存在として管理をしていました。


 そして、この世界の歪と矛盾から生まれた『人神』

 通称『ハイイロ』と呼ばれる神は、二神の僅かな力の反発から生まれた、予期せぬ神でした。生まれた時、既に天にはおらず二神も見落としてしまったのです。

 同じ様に生まれた筈の人神は、己を見ようともしない二神に不信感を抱き、天へ還る事はしませんでした。そのため、この世界に生まれた人として、世界の中から神を見上げて生きる事にしたのです。何千年、ずっと。

 世界ができたずっと後に、人神の存在を知った創造神と大天神のみが、追い求めています。



 そして、幾年後に神々は過ちを犯しました。その罰として神は、天には大天神のみが残り、他の神々は下界に落ちたのです。

 世界の内側で、転生を繰り返し世界を維持し続けているのです。

 




  

 

「会えたの?」

 小さな女の子が、神父様の袖を引きます。緑と青の斑模様の不思議なマントが、風にそよぎます。

「ハイイロには、会えたの?」

 神父様は困ったように笑います。灰色の瞳が、青く澄んだ空を見上げます。穏やかな風が神父様の長い髪を揺らし、頭上に生い茂った木で遊んでいます。

 孤児の女の子が、風を追いかける様に近くの海を見つめます。

「……会えて無い、んじゃないかな」

 女の子は、つまらなさそうに言葉を返します。

「私のパパとママみたいだね、神様って」

 神父様は何も言わず、空を見上げて目を細めるのでした。



 

 これは、世界を創った神と総てを司る神の話。そして、神に振り回され、この世界に生きている人々の物語なのです。


 

 

 

はじめまして、宮澤と申します。

初めて投稿させて頂きます。なれない事ばかりですが、少しづつ形にしていきたいと思います。

次より本章に入ります。次回以降は、週一回ペースで更新していきますので、何卒よろしくお願いいたします。

少しでも、楽しんで頂けたらと思います。

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