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前章④

 しかし、祈りは所詮祈りでしか無かったのです。

 大天神ラリエルは、自身が生み出した神を裁き始めたのです。それは、罪ともいえぬ小さな事を見つけては裁きを下し、次々と烙印を押していきます。

「飽きたんだ」

 大天神は、日の神に烙印を押した後に語りました。

「我は神を生み出せる。しかし、生み出しすぎた、力が有り余って退屈で仕方なかったとはいえ、多すぎた。リリエルには苦労を掛けたから、もう増やさないよ」

 等と語り、その場にいたオーリーの顔を引き攣らせたのです。

 神々は大天神へ擦り寄ります。玉座に座り胡座をかく、大天神の足元に背後に、脇へ擦り寄り機嫌を取り出します。ある者は供物を供え、ある者は美しい天を描き、ある者は大天神の前で舞を披露しました。

 しかし、大天神は笑顔で告げるのです。

「リリエル、烙印は押された。後は頼む」

 と、笑うのでした。


 リリエルは、ラリエルに烙印を落とされた神々達の首へ手をかけていきます。時には何神もの神を、ある時にはラリエルが笑う中で、共に生活した者達を破壊していったのです。

 いつしか、神々はリリエルを反逆者だと罵る様になりました。大天神はリリエルばかりを贔屓している、リリエルがいるから我々は烙印を押され、お前に殺されてしまうんだ、と。強い言葉で非難し、魔法を投げつけてくるようになったのです。

 しかし、相手は創造神。幾ら大天神から生まれたとしても、元々の魔力が違うのです。神々から投げられた魔法は、そよ風のようで意にも介さず、目を瞑ったまま弾き返します。

 それに怒りを覚えた神々は、大天神へ告げ口をします。

「リリエル様が、我の魔法を砕いた。新たな魔法を生み出したと伝えただけで」

「きっと、ご自分より先に新たな魔法を思いつかれたのが悔しいのよ」

「おいたわしやラリエル様、かのような者に『神殺しの御業』を生み出されるなんて」

「いつ、ラリエル様の御身が失われるのかと思うと、私、心配でなりませんわ」

「恐ろしや」

 ラリエルは、神々の言葉を頷きながら聞き、細く緩やかな笑みを浮かべます。そして、神々の言葉を聞いた後にこう呟くのです。

「烙印を」

 すると、玉座の前は阿鼻叫喚の嵐です。音にすらならない叫びは天を揺らし、神々の流した水はその場に溜まり湖となりました。その数の多さに、大天神でさえ溜め息をついて、唸ります。

「リリエルは何も悪いことしてないのに、なんでみんなリリエルを悪く言うのかな」

 湖と化した玉座の足元には、天を見つめ固まる無数の神々が並びます。その真ん中、玉座の上でラリエルは笑います。美しく、優雅に。

 か細い鳴き声を耳にしながら。


「創造神様」

 オーリーは、天の星を見つめるリリエルへ声を掛けました。

「またか……」

「はい」

「今度は、幾つだ」

 オーリーは声を詰まらせて、ゆっくりと伝えます。

「十……三です」

 その言葉にリリエルは、口角を上げて鼻で笑います。掌の熱が一気に引いていくのを感じます。指先にこもっていた魔力が身体の内側へ戻り、これからすべき事を拒否しているようでした。

 しかし、リリエルに拒否などできるわけもありません。烙印を押された神は、天へ祈りを捧げるだけで、それ以外の事は出来なくなるのですから。

「これはまた、大きく出たものだな」

 リリエルは、オーリーを振り返ります。オーリーの目は金に輝き、空で瞬く星と同じ様に光っていました。そして、その奥に隠すことのできない何かを燃やしています。

 リリエルはそれを見つめて、笑みを深め、足を踏み出します。

「主様には効かないのでしょうか」

「……」

 リリエルは横を通り過ぎる際に、オーリーの言葉を聞きました。それは、小さな星の煌めきのような声で、涼しげで重たい声でした。

 リリエルは、思わず足を止めます。そして、低く言い聞かせるようにオーリーへと伝えます。

「不用意な事を言うな、お前まで葬りたくはない」

「しかしっ……今の主様はーー」

「分かっている」

 リリエルは顔を上げます。そこには、オーリーが丁寧に一つずつ育てた、様々な星が揺れて輝いていました。心の底で、美しいと呟き目を細めました。

「分かっているんだ」

 リリエルは、知っています。ラリエルは、ただ、己の欲に忠実なだけであると。無邪気で周りを気にすることが無く、己が一番大切だということを、リリエルは知っていました。神を創る事に飽き、己のために働いてる神たちに飽き、私と過ごした時にまで戻そうとしている事を知っているのです。

「ならば、尚更っ」

 オーリーは、リリエルを振り返ります。その声は、僅かに水気を含んでいました。

「如何せん、私のこの魔法はこれ以上改良を加えないよう、細心の注意を払っている」

「つまり」

「……奴を殺せる可能性はある、が。我自身が望まなければそれが、現実に起こることは無い」

「……」

「神殺しの魔法は、我だけのものだからな」

 リリエルはそう言って、前を見据えるのです。自身に与えられた役目を果たす為に、今日も足を一歩ずつ前に進めるのでした。

 その背を、オーリーは見つめます。そして両手で拳を作り、額に寄せ鼻を啜るのです。頭の中で祈りを捧げながら、何度も何度も考えるのです。この異常事態が早く終わることを。



 天には百を超える神が居ました。天は豊かで、今まで見ることができなかった景色がそこら中に広がり、皆を楽しませていました。

 しかし、今は。

「なんかさ、物が少なくなったね」

「……神が居ないからな」

「あ、そっか。リリエルが皆殺しちゃったんだもんね」

 玉座のラリエルは語ります。つい先程、ラリエルが生み出した神を、全てを還したのです。立ち昇る光の粒子は、静かに消えていきます。リリエルだけがそれを眺め、掌を握ります。

 以前のような、緑豊かな天は無く、オーリーが生まれた頃のような何もない天へと変わりました。

 天には星が瞬き、オーリーの魔法で鮮やかに様々な色を映しながら煌めきます。

「僕とリリエル、そして、オーリーだけかぁ」

 リリエルは天を見つめます。ラリエルの音は耳に入りません。

 オーリーは、そんな二神を横目に星へと魔法をかけます。今日は、星座を作るようです。オーリーが指を動かせば、あの時のリリエルが星を動かしたように、星々が自分の意思を持って踊りだします。

 上へ下へ、右へ左へと縦横無尽に動く姿は、なんとも美しいものです。

 オーリーは、リリエルの為にある星座を創り出すことにしました。それは、いつしか二神の中で共通の印となった、五つの角がある星座でした。

 ラリエルは、玉座の上で天を見つめます。肘をつき、気怠げに。星と星詠みの神を。

「星よ、我は星詠みの神オーリー、我に力を貸してほしい」

 元気を出して欲しかった。オーリーは神が居なくなろうとも、貴方が生んだ私は此処に居るのだと、貴方が教えてくれた魔法は此処に有るのだと教えたかっただけでした。オーリーは、奏でるように星を連れて笑います。星々は、それに従いあの時の様な輝きを天に映し出します。

「……嗚呼、美しいな」

 五つの角がある星座が、徐々に完成しつつある中でリリエルはポツリと溢します。

「上手くなったな」

 純粋にそう感じたのです。心の底から、魔力の底から。

 オーリーは、その言葉に深い笑みを浮かべます。それもその筈です、己の中に刻まれた魔法陣は、リリエルが与えたと言える物なのですから。オーリーは、母に魔法を褒められた子のように浮かれ、星座の最後の一つを赤にしようと魔法を唱え天を見上げました。



「オーリー、お前は死刑だ」



 その瞬間、オーリーの叫び声が天の地を揺らしました。

 リリエルの視界の端で、光に包まれた金色の髪を揺らすオーリーが映ります。視界の真ん中には、五つの角がある星座の最後の一つ、赤い星が埋め込まれ残酷にもどの星よりも綺麗に輝いていたのでした。


 ラリエルの言葉は、あまりにも突然で前触れもなく、まさに青天の霹靂でした。

 オーリーの叫びは、星の消滅する音に似ています。

「……オー…リ」

 リリエルは、視界の端で天を見上げ、膝から崩れるオーリーを見ようと首を動かします。

「お、見ろリリエル。星が」

 ラリエルの声につられリリエルは、眼球だけを動かし天を見上げます。


「堕ちるぞ」


「まるで」


「彼奴の様な、流れ星だなぁ」


 そう言って嗤う、ラリエルの声が何もない天に広がりました。


 天を覆っていたはずの光は、オーリーと共に創り出した五つの角がある星座は、最早何処にもありません。全て、総て、主を失った光が美しく一直線に堕ちてきたのです。

 赤い星も青い星も、緑や橙も、皆一様に粒子の尾を伸ばして堕ちていきます。

 リリエルは、何もできませんでした。その場に立ち尽くし、己がラリエルの為に生み出した魔法が朽ちて行くのを見送ります。

 リリエルは、何も感じませんでした。天を見上げ、己が構築した魔法陣を核として生まれた神が整えた星を、星詠みの神の様な美しい金の髪を揺らして堕ちていくのを眺めていました。


「リリエル」

「……」

「オーリーは、良い子だった」

 ラリエルは、溜息混じりに続けます。

「しかし、輝きすぎた。あの魔法陣は良くない」

「……」

「あまりにも、出来すぎた魔法陣だ」

 ラリエルの声が天に響きます。

「出来が良すぎるのも、困りもんだな」




 その日、星詠みの神は魔法陣を抜き取られ、烙印を押されたのでした。






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