前章③
ラリエルは、数日のうちに一人で神を創り出すことに成功したのです。
「君には、この天を豊かに、何か癒しとなる物を生みだしてくれ」
「拝命致します、主よ」
そう言った女神は、掌を振ります。すると、美しい蔦が現れ青々とした葉が生い茂るのです。足元には土が現れ、その上を柔らかくしっとりとした草が生えはじめます。
すると女神が立ち上り、歌い踊り始めると触れた足元から草が生え花が咲き、木が根を伸ばし果実をつけます。
あたりには甘く芳醇な香りが立ち込め、草木の爽やかな匂いにがラリエルの鼻をくすぐります。すると、先日生み出した日の神と雨の神が腕を振ります。すると、星を背景に美しい虹が、天に大きく掛かります。
ラリエルは目を輝かせ、天を見て地を見渡します。
「凄い!凄いよみんな!こんなに綺麗なもの見たのは初めてだよ!」
「ご満足頂けてよかったです、主よ」
「美しい主には、美しいものがお似合いですね」
「主、実がつきました。召し上がってください」
「んふふふ、嬉しいなぁ!ありがとう!」
ラリエルは、女神から受け取った赤い果実を口に運びます。すると一口齧った瞬間に、虹色の瞳が輝きを放ちました。そして、一口、また一口と手を留めずに一気に口の中に含んでいきます。頬が大きく膨らみ、紅潮した頬が赤い実にそっくりです。
ラリエルは、女神に満面の笑みを向けます。そして、口をもごもごと動かしながら、指先から魔法を放ちます。
指先から飛び出した魔法は、細かな粒子となり雨のように神々に振り注ぎました。魔力を帯びた雨は美しく、優しい光を放っています。
「美味しい!甘いね!ありがとう、僕からのお礼だよ!」
振り注いだ魔力の雨は、神々に触れて滲むように取り込まれていきます。すると、神々が更に光輝き、各々が得意とする魔法の威力が上がります。雨の神は、粒子の細かい雨を生み出し『霧』と名付け。日の神は、日の光を弱くするという事を覚えました。
ラリエルはその様子に喜び、大勢の神と共に笑い合っていました。
「創造神様」
リリエルは、大樹の下でその様子を見ています。オーリーがラリエルの輪から外れ、リリエルの元へ駆け寄ります。
「一緒に参りましょう」
「……」
リリエルは、オーリーを見上げます。
あの騒動があった頃から、神が生まれるたびに魔力の雨を降らせるラリエル。それを長く浴び続けたオーリーは、いつの間にかリリエルを越しラリエルよりも逞しい身体へと変貌していました。
しかし、表情はあの頃と変わらず自身に似た口元に笑みを浮かべ、穏やかな声でリリエルに話しかけてきます。柔らかい笑みは、穏やかなラリエルを彷彿とさせます。
「母上は強情ですね」
「やめろ、母と呼ぶなと何度も言っているだろう」
リリエルはオーリーを睨みます。しかし、オーリーは気にせず手を差し伸べます。
「無理な事です。私の中に刻まれている魔法陣は、貴方のものですから。私意外の神は主の魔法陣ですから、異母兄弟の様なものです」
言い切るオーリーに対して、ため息が漏れる。
「……なんだそれ」
リリエルが、オーリーの手を取り木下から出ると、鮮やかな星が明るく強い光の日に隠れて見えなくなっていました。
それがなんだか不快で、オーリーから手を離し指を弾きます。すると、日を覆い隠すように突然白く厚い雲が、幾重にも日の光を遮ります。すると背後に控えていた星が、光を取り戻し鮮やかに輝き始めました。
「……また、日の神に怒られますよ」
「あやつが私の魔法を上手く扱えないのが悪い」
「母上の魔法が高度すぎるんですよ」
「知らぬ、我は創り出す事を生業としている。新たな魔法は、この歩みのように日々生まれるのだ、それに高度も低度も無いわ」
「母上……」
そう言って、リリエルは木下からラリエルの方へと歩みを進めました。駆け寄ってきたオーリーは、苦笑いをして見下ろします。
母上と呼ぶオーリーをリリエルは睨みます。
「やめろと言っている、器を創ったのは大天神だろう」
「ですが魔法陣、中身は貴方様のものですから」
オーリーは笑います。その姿に、リリエルはため息を付いてこの話題には、いつも決着がつかないので諦めることにしました。
オーリーは、外の器こそ大天神が創り出していましたが、星を操る力自体はリリエルから受け継いだものでした。あの日、リリエルが操っていた魔法をそのまま魔法陣として取り込み、自身の力と変えていたのです。
本人曰く、オーリーを創る際に同時に、リリエルが自身の魔法で操っていたのが原因なのではないかとの事でした。はっきりとした事は分かりませんが、とオーリーは笑います。ただ、ラリエルが創り出した神と比べ、リリエルに対する忠誠心の方が強いのだとこっそり教えてくれたのです。
「ふん、まぁ、いいさ。大天神の前では気をつけろよ」
「創造神様の思いのままに」
「たっく……」
リリエルは、胸に手を当て礼をとるオーリーに溜め息を吐きました。オーリーも、それに応えるように笑います。穏やかな空気が二神の間を駆け抜けます。
それを、大きな玉座の上でラリエルが見つめていたのでした。
神々は増え続けます。
「其方には……え、と……うむ。任せることが無いなぁ」
ラリエルが己の顎に触れて、生まれたばかりの神を見下ろします。
「そ。そんな……では、私はなぜ生まれたのでしょうか」
「うーむ、リリエルどうしたらいいかな」
側で見ていたリリエルは、溜め息を吐いてラリエルへと向き直ります。
今回生まれたのは、金の神を持つ赤い瞳の女神でした。女神は、リリエルを見上げます。その瞳には、役目すら与えられない悲しき運命に立たされ悲劇を一身に背負っている、という涙が溢れていました。その美しさは、ラリエルの魔力を受け継いでいます。
リリエルは、女神を見ずに淡々と言葉をラリエルに伝えます。
「緑の女神が、手が足りないと言っていた。花の剪定が間に合わないそうだ」
「そうなの?じゃぁ、それを役割としよう。花の剪定が君の役割だよ」
その言葉を紡いだ瞬間、女神の身体に光が灯ります。ふわりと浮かび上がった体が、女神を立ち上がらせその瞳に息を吹き返させます。
「主よ、感謝致します」
女神は、深々と礼をとり舞い上がり、緑の女神の元へと向かいました。
「うーん、なんだか、いろんなもので溢れちゃったね此処も」
ラリエルが玉座の上で、背伸びをします。大きく開けられた口を開けて、欠伸をし始めます。
「そうだな」
「これはこれで楽しいけどね。……リリエル」
「なんだ」
「どう思う?」
リリエルは改めてラリエルを見上げます。
玉座はリリエルよりも一段高い場所に置かれ、そこに座ったラリエルは日を背負いその顔を影で隠しながらリリエルを見下ろしていました。声色は穏やかで、緊張すら感じさせません。
リリエルは笑います。
「ラリエルと星を眺めていた頃が懐かしいよ」
目を細めて穏やかに答えます。本当に、心の底からそう思ったのです。
あの頃は生まれたばかりで、自分の中にある魔力をどう扱うべきなのか迷ったりもした、けれどラリエルが居てくれたから、ラリエルが望む魔法を創り出していました。そんな懐かしい思い出に目を細めるのです。
けれど、今は自身の力を自在に使えるようになったラリエルとリリエル。同じ道を歩いているようで、別の道に進んでいるのでした。
「そうだね、そうかもしれないね」
ラリエルは、リリエルの言葉を聞いて体を起こしました。そして、玉座をゆったりと降りて笑います。美しく。鮮やかに。
創世記は、この時の創造神リリエルの言葉について、このように記しています。
『創造神リリエルは、大天神ラリエルが他の神と交流するのを良しとせず、昔を懐かしむふりをして他の神を排除させるつもりだった』
つまり、創造神リリエルが悪しき事をしたのだと、後世に伝えていたのです。しかし、こうも綴られています。
『しかし、創造神リリエルは大天神ラリエルへ、有りもしない罪を作り上げ神殺しを強行するのは如何なものだと。この事から、創造神リリエルは大天神ラリエルを取り戻すべく、あの様な言葉を使ったのではなく、心からあの頃を懐かしんでいたともとれるのだ』
そして、この章を締めくくるのは、この言葉です。
『大天神ラリエルは、神殺しを正当化し創造神リリエルと共に過ごした、天をまた創りたかったのではないか』
如何様にもとれる文章には、きっと訳があるのでしょう。
「待て!ラリエル!何故だ、女神を裁く理由はなんだ!」
リリエルがラリエルの肩を掴みます。
「こいつは、我が好きな花を切ったんだ。十分な重罪だよ」
玉座の前に立ったラリエルは、足元で恐怖を映した女神を見下ろします。その顔はどこまでも穏やかで、優しく、怒りなど何処にも見当たりませんでした。
リリエルは、女神を見下ろします。彼女の足元には、剪定の際に切られた花が籠いっぱいに詰められています。まだ瑞々しく、鮮やかな色を咲かせる花はその香りを、リリエルの鼻まで届けてくれます。
緑の女神の元で、役目を与えられた剪定を役目とした女神、あの日リリエル自身が掬い上げた神の一人。
「違う!この女神は、花の剪定を与えられた女神だっ、これが彼女の役割だ!無断で切ったわけじゃーー」
「それでもだ、僕が好きな花を切ったことに変わりは無いだろう」
そうなのかもしれない、とリリエルは思ってしまいました。けれど、体の中の何かが叫び声を上げています。しかし、それは声には出せませんでした。リリエルやその他の神は、ラリエルに逆らえません。
しかし、リリエルの気持ちはラリエルの肩を握る力に乗って、ラリエルに伝わってしまいました。
「リリエルは、この女神を気にかけていたね」
リリエルはハッとします。
「羨ましいとかじゃない、覚えているだろう『あれ』の時と同じなだけだよ」
ラリエルは笑います、美しく、鮮やかに。リリエルは、縋ります。肩を強く、握り自身の魔力を漏らして。
「大天神ラリエルの名の下に、裁きを下す」
「御慈悲をっ、主さーー」
「さぁ、天に還る時間だ。剪定の女神よ」
瞬間、女神の額に光が落ちました。女神は音にならない程の高音で叫び、周りの木々を揺らし雲を薙ぎ払います。リリエルは、その姿を見ているだけです。ラリエルの肩を押さえながら、ただ、自分が気にかけていた女神の姿を見ているだけです。
「烙印は押された、さぁ、リリエルあとは任せたよ」
光は一瞬でした。瞬きも間に合わない程、耳を塞ぐ間もないほどの時間でした。
女神は天を見上げ、祈りの姿勢のままピクリとも動きません。微かに動いている瞳がギョロリと動き、目の端から何かを溢します。リリエルは、その液体の名前を知りません。まるで雨のようだと思いました、それ程に綺麗で輝いていたのです。
その視線は、何かを懇願するようにぐるぐると動き、リリエルを見つめ続けます。
「リリエル」
ラリエルは、リリエルの手をするりと抜けて玉座に座ります。胡座をかいて、肘を付きます。その顔に僅かな微笑みを浮かべて。
烙印は薄い煙を上げて、額を赤く染めています。額に押された翼を模した印は、大天神の印です。翼の間にある瞳は、総てを見通す眼なんだとラリエルがあの時語っていたのを思い出しました。
この烙印を押されてしまえば最後、どの神も最期の時を待つだけです。
「裁きは終わった、彼女に最期を与えて」
ラリエルの言葉は不思議です。それは、リリエル自身が同等の立場であっても、格が違うのだと思い知らされる瞬間でもありました。
「ごじ、ひ…を、り……りえるっーー」
「女神 ハルミア 我は創造神リリエルーー」
「っーー…」
リリエルは創造神でありながら、神を殺せる魔法を唯一使える神でもありました。
リリエルは、ハルミアに歩み寄ります。ハルミアの天を見上げ固まった身体に、細く美しい首に手を掛けます。リリエルの指先には震えが走ります。記憶の片隅に、あの日殺した魂がちらつきます。
「烙印は押された。大天神の裁きは正当であったー…」
「…りり」
「行く末を、我等の歩む道を見守ってくれ」
「へ」
「 」
ハルミアの小さな音が響きました。リリエルの口から言葉が紡がれた瞬間、ハルミアは姿を消しました。
そこに残されたのは、小さな神の魂の粒子だけでした。
「素晴らしい魔法だね!リリエル」
リリエルは掌で拳を作り、片手で包み込みます。そして、額に当てて祈るのです。
「やっぱり創造と破壊は、紙一重だね!リリエル」
これ以上の犠牲が出ないようにと。
ハルミア…緑の女神の元で働く女神。花の剪定をするのが役割。




