前章②
その日から、大天神は様々な神を生み出しました。
最初のうちは、創造神と共に言葉を紡いで作り出していましたが、一人でもやってみたいと興味を持ち自分の欲のままに生み出す事にしたのです。
勿論最初は上手くいかず、最初は魂の形が歪であったり、形が出来上がっても欠片となってすぐに消えてしまったり、体を与えることすら上手くできませんでした。魂が出来上がっても創造神の有する高度な魔法を扱えなかったり、虚ろな視界で徘徊するばかりで、創造神の思うようにはなかなかいきませんでした。
その度に、創造神の手を借り、言葉を借りて修正を繰り返していたのですが、それでも上手くいきません。大天神は、いつかは自分一人でできるのだと挑み続けます。
そんな、ある日の事。
「もう、やめてくれ」
創造神が頭を抱えて言います。
「何故だい」
「見ろ」
創造神は、今日も神を創り出そうとする大天神の頭を鷲掴み、九十度回転させ真横を向かせました。大天神の顔が引きずります。
「あれはお前が失敗し続けた神の残骸だ」
「あ、あれぇ〜」
視線の先には無残に積まれたキラキラと輝く、魂の欠片と神になりきれなかった魂と器の山。そして、それを片付けようと上手く動かない体を動かす、創造神の魔法を取り込めなかった神でした。
彼等は虚ろな目で、崩れ落ちる魂と欠片を拾い集めてまた積み上げています。言葉も話さず、大天神と創造神へ目もくれず黙々と同じ事を繰り返しています。
「どうにかしろ」
創造神は、言葉に怒りを滲ませて掌に力を込めます。
「うーん、でも、先に完成させないと……」
「それはいつでもできるだろう」
「いや、なんかコツを掴めそうなんだよ……」
大天神は、魔力を集めながら言葉を紡ぎます。視線は手元へと戻り、魂の欠片には目もくれません。自信の失敗から生まれた副産物にはまるで興味がなく、寧ろ邪魔だとでも言うように眉間に皺を寄せます。
創造神の中に小さな不満が生まれます。
神を創造する魔法自体は既に完成されています。そして、それを大天神へ伝えたのは自分です。完成された魔法が使えないのは、自身の魔力コントロールが不十分だったり、目的がはっきりとしないのが原因です。
オーリーの時は、大天神の魔力コントロールが不十分だった部分を創造神が補い、星を管理する神を欲するという明確な目的があったから、生み出す事ができたのです。
「だから、言っているだろう。魔力が」
「それは自分でできるよ、君の魔法は構築するのが大変なんだ。それに、君の補助が無いと創れないなんて」
大天神の瞳が虹色に輝き、口元に笑みが浮かびます。
「効率が悪すぎるよ」
「ならば、彼奴らをどうするのか判断してから次を創れ」
低く、足元に這い寄るような声が響きます。大天神の肩が跳ね、息を呑みます。
「へ」
「殺すも生かすも、しっかり決めてから、次を生み出すが良い」
殺す、という言葉に大天神の体が固まり、その顔に影が指します。虹色の瞳は色を失い、深い闇色に変わりました。
「む、無理だよ!君の方が得意だろ」
そう言って大天神は、焦って創造神の手を振り払います。その瞬間、大天神の叫びは天を揺らしました。遠くに居たオーリーが何事なのかとこちらを向いているのが、創造神から見えます。
創造神は、目を見張ります。大天神が何を言っているのか、分からなかったからです。
大天神は、両の手を握り拳を作ります。そして体を震わせて、創造神の顔を強く睨みました。その態度に創造神は、顔を歪め眉間の皺を深くし奥歯を噛んで、大天神を睨み返します。
「無理とはなんだ!貴様が創り出したのだろう!」
思わずそう叫べば、創造神の中にあった何かが溢れます。しかし、大天神は創造神に食って掛かります。
「そうだけど……どうしろって言うのさ!僕は『あれ』の解決方法を知らない!」
「あれ……『あれ』とはなんだ!仮にも神の端くれだぞ!敬意を払えっ!貴様が天へと還せば良いだけのこと、裁きをくだせ。無理なら殺せ!それくらいの事、魔法でできるだろう!」
創造神の怒声が響きます。その声に星々が震えました。
創造神は、この天に生まれて初めて大天神へ怒りを向けました。自身よりも無邪気で、自由な発想を持つ面白い大天神。しかし、これほど無慈悲で残酷だとは思ってもいなかったのです。
「違っ、あんなの神じゃない!オーリーや君達の様な存在を神と言うんだ!」
「なっ……あの者たちが可哀想だとは思わないのか!」
創造神は、大天神の髪を掴みます。大天神の顔が歪み、唇を噛み締めながら創造神の首を掴みました。オーリーがこちらへ急いで向かってきています。
「神にもなりきれず、剝き出しの魂のまま崩れるのをただ待つだけの存在なんだぞ!」
「そ、そんな事言ったって……無理だ!君と違って、感覚派なんだ、自然と生まれた魔法なんだ!そんな残酷な魔法なんて、思いつくわけないだろう!」
言い切った瞬間に二人の間にオーリーが割り込みます。
「主よ、落ち着いて!」
間に入ったオーリーは、二人を引き離し創造神を抱えて距離を取ります。大天神はその姿を見て息をつき、創造神は目を見開いて叫びます。
「彼奴らが……あの者達が可哀想だとは思わんのかっ!!」
「創造神様っ!」
オーリーは、今にも飛び掛かりそうな創造神を押さえます。オーリーの声に反応した星が、創造神へと向かって落ちてきました。
煌めく星は、創造神の周りを縦横無尽に動きます。頭の先から、つま先まで。オーリーと共に囲うように、星々は動き創造神が動く度に視界を遮り大天神を隠してしまいます。それはまるで、星々が作り出す牢獄です。
「落ち着いて!駄目です!創造神様のお力をその様な事に使っては!」
「離せっ!オーリーよ、彼の者には自身がどれ程残酷で無慈悲な事をしているのか分からせなければならぬ!」
創造神は怒りを顕にして、指先に熱を集めます。
「落ち着くのだ!君が怒ることは何もないだろう!あれが彼奴らの運命なのだ!」
大天神は分からなくなります。創造神が怒りを顕にして、自身に向かってきているのか、自身が生み出した失敗作達になぜそんなにも心を配っているのか。わかりません、分かろうとしても理解ができないのです。
しかし、彼処まで怒る創造神を見たのは初めてです。これでは、仲違いをしてしまう気がしました、だから一生懸命に考えます。必死に考えます。
どうしたら、創造神は怒らない。
どうしたら、僕は神を創り続けられる。
どうしたら、神を創り出すことを許してくれる。
どうしたら、僕がしている事を認めてくれる
どうしたら、創造神と仲良しでいられる。
どうしたら、創造神は僕と一緒に居てくれる。
なにが悪い、なにが悪い、なにが、なにが、なにが。
その時、大天神の後ろで音がします。
カシャン……
振り返れば、神にすらなれなかった魂が、粒子となり細かく光となって散っていくのを目にしました。それを虚ろな目の器達が、優しく粒子の拾おうと手を伸ばしています。
(嗚呼、これだ)
大天神の中に何かが浮かびました。
「分かった!」
喜びを胸に、大天神は頬を紅潮させて創造神とオーリーへと向き直ります。そして、大きく両手を広げ、虹色の瞳をこれでもかと輝かせて叫びます。
。
「彼奴らを君が、殺してくれれば良いんだよ!」
天が震えました。
「そう!そうだよ、だって君は彼奴らが心配で悩みの種なんだろう?だったら消してしまえば良いんだ、そうすれば悩みは無くなるし神を創り出すことに集中できる」
大天神は、あまりの興奮にステップを踏みはじめます。
「僕が判決をくだして、君が裁きを与える。罪は半分だ、罪悪感を抱かなくて良い」
足元に淡い桃色の粒子が散ります。それはまるで、大天神の心を現しているように踊り、天を染めます。
「そうだ!誓約にしてしまおう。君にも名を与えて、僕も名を作るからそれで誓約書を作ろう。僕は殺すのは性に合わないし、君の方がしっかりしてるから適任だろうからね。それに、神を殺す魔法だ、乱用できないように君だけが知ってる方が良いね。他言無用の文言も組み込まないと」
大天神は笑います。美しく、神々しい程に完璧な笑みを、その顔に。
「な、なにっを……は」
「主よ、それは……本気で言っているのです、かーー」
二神は、驚きを隠せません。創造神は思わず魔力を収め、腕を落とします。体中が震え、自身が耳にした言葉の意味を汲み取ろうと必死に頭を回します。けれど、何を言っているのか、全く理解ができませんでした。気づけば視線が下へ、下へと下がります。
オーリーは、創造神の動揺を感じ取り、体を離して星々に散るように命を出します。抱えた創造神の体が震えているのに気づき、両肩を支えます。
「うん!本気だよ~、じゃなきゃこんな事、言わないよ〜」
「だ、だとしたら、それはあまりにも創造神様の負担がっーー」
「だから?」
大天神は言います。
「君がこのままは駄目だと言ったんだ、創り出した本人が『そのままで良い』と言ったのに」
創造神の視線は揺れます。音だけが、芯のある意志を持った音だけが届きます。
「首を突っ込んできたのはそっちだろう、なのに負担がなんだ。それは、あまりにも無責任だろう」
「……っ」
気づけば足元に靄が掛かっていました。それは、大天神の魔力です。
大天神は、総てを司る神です。故に、神が決めた事がこの天の理であり、異を唱える事は出来ても変えることなど出来ないのです。神を裁き神を導く、天を、創造神と共に収め穏やかな生活を続ける為に出した結論を変えることは、最早不可能でした。
「……異を唱えるのか、それとも我に逆らうか?」
冷たく凍るような魔力に、オーリーは唇を噛みます。創造神を支える両手に力が入ります。
「……あ、主の思いのままに」
オーリーは頭を垂れ、唇を強く強く噛み締めるしかありません。
「創造神よ」
創造神は、頭を上げます。
「其方に、名を与えよう」
「は」
拒否をする事は許されません。そんな中で、創造神は思います。
(いやだ)
声に出せない思いは、自身の魔力の底に閉じ込めることにしました。
「これからは『リリエル』と名乗れ」
「り……リリエル」
大天神が右手を掲げ、天に文字を浮かべます。それは、青白く発光した古語でした。
古語は、ゆっくりと創造神へと降りていきます。創造神は顔を歪め、古語を睨むのです。
創造神は知っています。これは、魂に名を刻む事で生まれ変わったとしても、見失う事など無いように生み出した魔法なのです。だって、この魔法を生み出したのは、自分自身なのですから。
「我は『ラリエル』と名乗ろう」
そう言ったラリエルの表情は、あまりにも美しくて悍ましかったのです。古語は、魂に名を刻みました。創造神の魂に、悲しみとこれから行われる事への恐怖と共に、深く深く刻み込まれたのです。
創世記にはこの日の出来事について、このように語られています。
『神が神として有り続ける為に、大きな決断をなされた喜ばしい日。創造神と星詠みの神は、大天神への最大の敬意を示した日である』
大天神ラリエル、創造神リリエルが誕生した、喜ばしい日として、美しい絵画と共に語り継がれていたのでした。
「創造神リリエルよ、其方に命を与える」
ラリエルは告げます。その声は、僅かに跳ねて愉しそうでした。
「我が裁いた神々を殺し、その命を天へと還せ。それが、其方の役割であると心得よ」
リリエルは、呆然とラリエルを見つめます。
「神殺しの魔法は、他言無用とする。無論、我にも伝える事は許さぬ。その魂が終えるまで、其方が管理し其方のみが行使するのだ」
ラリエルは、魔法で古語を呼び出しリリエルに告げた言葉を記します。
「リリエル」
リリエルの目の中に移ったのは、溢れる魔力を押さえることもせず、晴れやかに笑うラリエルの顔でした。
「これで、君は怒らないしずっと一緒に居てくれるよね」
リリエルは、頭を落とすしかありませんでした。
この日、リリエルは『神殺しの陣』を完成させ、初めて同胞になりきれなかった魂を殺したのでした。
異教徒はこれを『最悪の始まり』とし、創世記では『偉大な功績の日』と記しています。
●星詠みの神…オーリー。創造神と大天神が創り出した初めての神。星を操り、光を操作することができる。
●大天神…ラリエル
●創造神…リリエル




