第9話 納豆戦線
空から、納豆が降ってきた。
正確には、藁に包まれた遺伝子組み換え納豆である。
ドローンのローター音と共に、深夜の市街地に撒き散らされたそれは、通りを歩く者の足に絡み、匂いで人々を混乱させた。
「食うな! 分析が終わるまで絶対に口にするな!」
防毒マスクを着けた県警機動部隊が、通りに白線を張り、納豆の回収を始める。
しかし、裏通りではすでに群衆が藁束に群がっていた。
「これさえあれば、毒は怖くない!」
「ワクチンだぞ、納豆ワクチン! 毒師なんていらない!」
納豆は発酵というより腐敗に近かった。
糸を引く藁の内部では、ビタミンK合成プラスミドを持つ改造納豆菌が、異常発酵を続けていた。
NKLと熊友団の科学部門は、密かに開発していた。
腸管内に定着し、食事のたびにビタミンKを産生する“生体内K工場”。
これにより、**人はワルファリンによる殺傷力を“無効化”**できる。
いわば、K体制に対する生物学的免疫獲得だった。
「食事が毒であることに意味がないなら、毒師もK倉庫も無力化される」
鷹野はそう言って笑った。
一方で、それは同時に熊に対する防衛線の崩壊を意味していた。
ビタミンKを体内に取り込んだ者の排泄物は、K濃度が高い。
熊たちはそれを嗅ぎつけ、以前にも増してゴミに群れた。
また、“納豆食”を与えられた熊個体は、ワルファリンに対する耐性を示し始めた。
「Kを得た熊が、Kを奪う人間の“影”になる。もうこれは自然じゃない」
真壁は顎に手を当て、言葉を失った。
県警は、事態を“熊による間接的侵略”と定義した。
納豆の密造拠点、裏畑、闇市、Kサプリ錠剤工場――
これらすべてを「熊の繁殖助長」として破壊対象とした。
NKLの拠点へ**“熊狩”と称した機動隊突入**
野菜密栽培地には**“定期的な除草剤散布”**
ドローン迎撃用に指向性ジャマーと高圧ネット砲を配備
熊友団信者の“祈りの供物”すら、「熊誘導」として焼却処分
NKLは報復に出た。
ロシアンルートからAK-74、RPG-7、IED製造キットが大量に流入。
山間部の拠点には、PKM機関銃と対人地雷が配備された。
若者たちは、かつての理想を捨て、毒に抗うために銃を取った。
一部のNKL分派は、「K自由戦線(KLF)」を名乗り、K倉庫への襲撃と毒師の拉致を始めた。
彼らのスローガンは単純だった。
「毒か自由か――俺たちはもう、食って死なない」
その冬、ついに県内で初の「熊納豆型個体」の確認がなされた。
回収された死体の胃からは、藁と納豆菌が発見され、腸内細菌叢に遺伝子組み換え型プラスミドが定着していた。
真壁は震えた。
「やつらは納豆を学んだ。
熊がKを体内で合成できるなら……
ワルファリンは、もう効かない」




