第七話 No K Liberty
その市場は、地図に載っていなかった。
旧道沿いの廃工場。その奥、空調もなく埃の匂いが染みついた鉄骨の間に、数十人の影が集っていた。
灯りは裸電球が一つ。テーブルに並ぶのは、小さな紙箱、乾燥食品、粉末調味料、そして一枚の認証証。
「Kフリー。今夜の分だ」
そう言って箱を手渡す男の声は低かった。
箱の中には、ワルファリンを含まない食料――つまり、毒を混ぜられていない、**“自然な食事”**が入っていた。
この闇市を取り仕切るのが、反政府市民連合――**NKL(No K Liberty)**だった。
「ワルファリンを入れられてまで食いたいと思うか?
あんなもん、“生きる”んじゃなくて“延命”だ」
そう言って吐き捨てる男の名は、鷹野蒼一。
元は県庁の衛生技師だったが、政策に異を唱えたことで免職された。
その後、密かに同志を集め、「毒なしの自由食」を配る地下流通網を作り上げた。
彼らの主張はシンプルだった。
「人は毒を口にすべきではない。
食卓に解毒剤が必要な社会は、病んでいる。
ワルファリンを拒否すること、それは生きる権利の回復だ」
だが、NKLの存在は、単なる市民運動にとどまらなかった。
彼らは秘密裏に、“ビタミンK”の売買ネットワークを形成していた。
農村部で自家栽培された葉菜から抽出したKサプリ、他県との密輸による製薬用K液、
さらには、盗まれたK倉庫の在庫までが、地下市場を通じて流通していた。
その中で育った子どもたちは、Kの意味を知らない。
彼らにとって、「毒のないご飯」は、奪われた故郷の象徴だった。
真壁涼介は、その情報を聞きつけ、NKLの幹部と接触した。
「君たちの行為は、合法ではない」
「知ってるさ」鷹野は笑った。
「でも、毒入りの飯を“合法”と言い張るあんたらより、ずっとましだと思ってる」
真壁は沈黙した。
K体制を支えてきた科学者として、
毒を無毒化する技術を支えた張本人として、
彼はこの男の言葉を、否定することができなかった。
その夜、警備隊の突入があった。
密告だった。
廃工場は燃え、紙箱は踏み潰され、
数十人が連行されたが、鷹野だけが逃げ延びた。
数日後、山中の放送塔に、焼け焦げた金属板が掲げられていた。
その裏には、赤いペンでこう書かれていた。
「Kに支配されるな」
「自由な飯を取り戻せ」
「No K, Know Liberty.」
それは、今やひとつのスローガンになりつつあった。
“毒のある社会”の中で生きるか、
“毒のない自由”を求めて死ぬか。
熊よりも、毒よりも、
人間同士の戦いが始まっていた。




