第六話 熊友団
最初にその名が噂になったのは、山あいの廃村にひっそりと立てられた、銀色のドーム施設の存在からだった。
夜になると、不自然なほど白く輝き、町の子どもたちはそれを「UFOの巣」とからかい合った。
だが、そこに出入りする人々の数は、月を追うごとに増えていった。
白い服、無言の行進、熊のマスク。
彼らは自らを「熊友団」と名乗った。
彼らはこう主張した。
「熊は敵ではない。共に生きるべき“同胞”である」
「人間が毒を撒き、銃を構えたから、熊は群れ、牙をむいた」
「殺すべきは熊ではなく、“人間の恐怖”だ」
「熊にワルファリンを与えるのは、神に逆らう所業である」
しかし、それだけではなかった。
熊友団は科学を持っていた。
彼らは、独自に設立した研究所で遺伝子スクリーニング、遠隔フェロモン制御、電磁気感知トラッカーなどの技術を駆使し、熊の行動を“読んでいる”と主張した。
そして一部では――熊と“会話ができる”者がいるとも。
「彼ら、熊にビタミンKを与えてるらしいよ」
その噂が広まったのは、ドーム設立の半年後だった。
「熊を殺すのは野蛮だ。だったら解毒してやればいいじゃないか。
共に生きるんだよ。人間も熊も、同じ地に住む隣人なんだから」
そう語る熊友団の幹部、白咲イサナは、元バイオ医薬企業の研究主任だったという。
白衣の上に熊のマントを羽織り、両目は灰色のコンタクトで濁らせていた。
「あなた方は“毒に勝つ”と言ったが、我々は“毒から救う”と言う。
どちらが熊を理解しているかは、すぐにわかります」
実際、熊友団が熊に接近しても、襲われることはなかった。
それどころか、野山に設置された供物台からは、熊が一匹ずつやって来て、整然と食事をしているという記録映像までがSNSに拡散された。
人々は震えながらも、見入った。
――まるで、熊が“しつけられている”かのようだった。
やがて、信者たちは白いバンに乗って町に降りてくるようになった。
「ビタミンKを、熊に」
「毒をやめろ。恐怖をやめろ」
「熊とともに食卓を囲める未来を」
彼らのパンフレットには、熊と人が肩を並べるイラストが描かれていた。
住民たちは嘲笑した。
だが――内心、怯えていた。
「あれだけの熊の行動を把握できるって、本当なのか」
「白咲は元科学者だったって……あの人だけが“鍵”を知ってるんじゃないか?」
行政は、熊友団を「準テロ組織」と認定し、
K倉庫への接近を禁じ、町への立ち入りを制限しようとした。
しかし熊友団はそれを“弾圧”と捉え、逆に県外へその映像を配信した。
自然保護団体の一部はこれに同調し、熊友団レジスタンス支部を立ち上げる。
熊を殺す人間。
熊と共に生きようとする人間。
毒と救済。
科学と信仰。
この国の最果ての地で、世界はゆっくりと、分裂しはじめていた。
ある夜、山奥で見張りに立っていた町警備の男が、
樹林の中に立つ一頭の熊と、白い服を着た人間が見つめ合っているのを見た。
風もないのに、木々が揺れていた。
熊は、ただ、黙ってその人間の前に座っていた。
それは、祈りのようにすら見えた。




