第五話 皿を食らわば毒まで
食べる前に、鍵を開ける音がする。
町の外れ、古い民家を改装した共同食堂。鉄製の金庫が厨房の隅に据えられていた。中には、淡い黄緑の小瓶がぎっしりと並んでいる。
ラベルにはただ一文字、「K」。
料理人――いや、毒師は、その一本を選び、皿に数滴、慎重に垂らした。まるで儀式だった。
「これがないと、今日の晩飯はただの毒だ」
客の一人がそう冗談めかして笑ったが、誰も笑い返さなかった。
冗談では、ないのだ。
5年前――殺鼠剤の失敗のあと、政府の介入が途絶えた県では、最後の対策が選ばれた。
“人間の食事そのものを、毒にする”。
それが、ワルファリン政策だった。
かつて牧場で、謎の出血死が相次いだ牛の解剖から発見されたこの薬剤は、毒として申し分なかった。体内の血液凝固を止め、わずかな傷からでも全身出血を引き起こし、死に至らせる。
当然、人間にとっても致死的だ。
だが――
ワルファリンには、解毒剤がある。ビタミンKだ。
人々は、日常の食事そのものを毒にし、そこにビタミンKを加えることで無毒化するという逆転の発想にすがるようになった。
以降、県内のすべてのゴミは毒物と化した。
熊がそれを口にすると、48時間以内に死ぬ。
最初は親子連れの一頭が、翌週には三頭が、
やがて出没する熊の三割が全身から血を吹いて倒れるようになった。
「今度こそ勝った」
そう人々は思った。
しかし、代償はあまりにも大きかった。
料理人は、“毒師”と呼ばれるようになった。
料理をするには、K免許が必要になった。
町ごとに管理されたK倉庫は、厚さ20センチの鋼鉄製の金庫で施錠され、開錠には登録指紋と番号認証が必要だった。
誰でも勝手にビタミンKに触れることはできない。
一度でも、分量を誤れば――死ぬ。
実際、今年に入ってからだけでも、毒師のミスにより誤死者は14名を数えていた。
毒師はやがて、特権階級となった。
一食の調理に求められる技術、責任、そして“命”という報酬の重み――
彼らはその重みに見合う報酬を求めた。法外な料金を取り、専属契約を結ばねばまともな食事にありつけなくなった。
市民の多くは、食事にすら**“課税されている”**と感じていた。
なにより、料理が命懸けとなったことで、人々は食べること自体を恐れるようになっていった。
「これが文明かよ……?」
県境から逃れた青年が、他県の保護センターでそう呟いた。
亡命者は月に百人を超えた。
そのほとんどが、日々の不安と、毒師への不信、そして常に死を隣り合わせにする食卓に耐えきれなかった者たちだった。
テレビでは、自然保護団体が大規模なデモを起こしていた。
「殺鼠剤で熊を殺すな!」
「ワルファリン政策は生態系破壊だ!」
「人間が毒を口にするなんて狂気だ!」
一部の急進派は、レジスタンスを名乗り、K倉庫への放火、毒師への襲撃、町役場への銃撃を繰り返した。
だが、県内では「それでも毒の方がマシだ」と答える声も少なくなかった。
真壁涼介は、旧研究室の地下で一人、血の混じった糞を前に沈黙していた。
「これはもう、生態学じゃない。
社会が毒を受け入れてしまった……その帰結だ」
顕微鏡の下に、熊の胃の内容物が映っていた。
それは人間の夕食だった――冷えた焼き魚と、味噌汁の残り。
“毒の味を学んだ熊”たちは、その見分け方をすでに得つつある。
夕暮れ、町の一角で、ある主婦がつぶやいた。
「今日のご飯、毒師が来なかったのよ……でも、おなかすいてたから、食べちゃった」
そして彼女は、その夜、目を開けたまま倒れた。
唇から、薄く、血がにじんでいた。




