表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

第十話 肉喰熊

山が、静かだった。


静かすぎた。


その日、救助隊が捜索に入った山間部の集落では、一家五人が姿を消していた。

残された住居の中には、割られた窓、土足の跡、流し台に投げ捨てられた炊飯器と、血のしみ込んだ床があった。


冷蔵庫は無事だった。

ワルファリン入りの食材も、未開封のままだった。


それが、何を意味するのか――

県警の捜査官は、言葉を失って立ち尽くしていた。


「人間を食ったんだ」

「熊が……」

「いや、“肉”を選んだんだ。毒を避けて」


かつて熊は雑食性だった。

ベリー、昆虫、木の実、魚、米、果実。


だが、毒が蔓延し、山の自然が枯れ、里に降りた先の食糧すらワルファリンまみれになった今、

熊が最終的にたどり着いた資源は、“人間”だった。


人間は大きく、動きが遅く、何より毒を含まない。

熊たちは、学んだ。

いや――選んだのかもしれない。


真壁涼介の研究室に運ばれてきたのは、捕獲された“肉食熊”の遺体だった。


胃の中には、人間の大腿部とみられる未消化の筋組織。

腸内はKに富み、ワルファリン投与実験にも反応なし。

さらに――

肝臓の細胞群から、CRISPR/Cas9の認識配列が検出された。


それは、自然進化ではありえない、あまりにも整った遺伝子編集の痕跡だった。


“CCAGG-NNNNNNGG”

“TTGTC-Cas9 scaffold-seq”

“anti-coagulant degradation module”

“muscle fiber preference toggle”


ファイルの隅に並んだ行が、真壁の顔色を変えた。


「これは……人間が組んだコードだ。

そして、これは“肉を選ぶ”ために設計された配列だ」


その認識配列は、熊友団の初期研究ノートと一致していた。


彼らが当初目指したのは、熊の「毒耐性」だった。

だが耐性だけでは足りなかった。熊は飢える。

ならば、選ばせるしかない――

“毒のない餌”を、“毒のある世界”から識別させるには、どうするべきか。


答えは一つ。肉食化。


白咲イサナ――熊友団の“預言者”と呼ばれた科学司祭は、ある講話でこう言っていたという。


「我々は毒を拒んだ。そして熊も毒を拒んだ。

だが、熊はただ拒むだけでは生きていけない。

熊は人を食べることで、毒から解放された。

我々が熊を導いたのではない――

熊が、人間を超えたのだ。」


県警はこの肉食熊の出現をもって、県内全域に**「人食熊出没警報」**を発令。

同時に熊友団の拠点を「生物兵器開発施設」として正式に認定、国家非常事態宣言の対象区域に申請した。


しかし遅すぎた。


熊はすでに数千頭に及び、その中で**“人肉を覚えた群れ”**が、別の熊たちを牽引するようになっていた。

まるで、知識が伝播しているかのように。


真壁は静かに言った。


「この熊たちは、ただ進化したんじゃない。

我々の手が、彼らを“人喰い”にしたんだ。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ