第1話 京都御苑 桜町
男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。
これは日記文学の先駆けとなった、『土佐日記』の冒頭。作者は平安時代のネカマなどという、非常に不名誉な渾名で呼ばれることも多い紀貫之。原因はもちろん土佐日記。
そんなネカm――紀貫之の邸宅跡が京都にあると、私が知ったのはつい先日。京都御苑の近くで所用があり、「ついでに御所を散歩しようかな~」なんて思いながら調べていたら偶々見つけた。
邸宅跡と言っても遺構が残っているわけじゃなく、木や草が生い茂った小さな脇道の傍らに木の看板が立っているらしい。
用事が終わったのは夕方というには少し早いくらいの時間。さっそく京都御苑に足を運んだ。
京都御苑は京都人には馴染みの散歩スポット。観光客だけでなくお年寄りや親子連れもチラホラと目にする。とはいうものの――
「流石に看板1つを見るためだけに散歩する変わり者は私くらいかも」
そう思うと、何処か可笑しく何故か楽しい。
京都市営地下鉄・丸太町駅から東、バスであれば裁判所前から西の堺町御門より中に入る。そこから大きな路にそって東へ進み、富小路広場へと続く小道へ。そして広場で野球をやっている人たちを右に見ながら北へ進むと左手側に……
「噓でしょ……」
真新しい看板にラミネートされた張り紙。
『お知らせ 桜町の駒札は修繕のため撤去しています。』
無慈悲なお知らせが、そこにありました。
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「……置いていない」
その後、休憩所へ向かったが、期待に反して休憩所の売店にはポストカードが置いていなかった。つくづくツイていない。
御所の写真を使った他のお土産はあるのに、よりによって一番単価が安そうなポストカードだけがない。木製の特殊なものは置いていたけれど、欲しいのはそれじゃなかった。イラストも御所関係ないし。
別の所で探そうと割り切って、近くの文房具屋や書店に入るがやっぱり置いていない。
厳密に言えば、金閣寺や嵐山なんかの絵葉書はあるんだけれど、肝心の京都御苑の絵葉書が見つからない。かといって舞妓さんはなんか違うのよね。
「仕方ない。これにしよ」
あちこち歩いて半ば心が折れていた私は1枚の絵葉書を手に取った。
誕生花の写真を使ったポストカードシリーズ。
誕生日は4月1日。桜の花。
そう、桜町とかけた、ただのダジャレだ。記載されている花言葉の『優れた美人』が心に刺さる。
表面に自宅の住所と名前を書き、その左のスペースに「差出人 同右」と書く。
そして空いたスペースに日付と『桜町(紀貫之邸跡)』と一言。
最後に左上に85円の切手を貼って、近くのポストに投函。
葉書の内容は後から書き足すことが可能だけれど、郵便局で押された消印は「その日付で郵便局が受け付けた」という紛れもない証拠。何せ裁判でも証拠として使えるというんだから驚きよね。
おそらく週明けごろに届くであろう葉書を思い描くと少し足が軽くなった。
また、明日も頑張ろう。
そんな思いを抱き、私は家路についたのだった。
郵便豆知識①
ハガキは一般的に住所を書いたり、切手を貼る方が『表』です。
こっちを裏だと思っている人意外と多いんじゃないでしょうか。