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04 どんとこい


 ***


 翌朝。レティシアが目を開けると、柔らかな朝の陽射しがカーテン越しに差し込み、部屋全体を優しく照らしていた。


「うん、よく眠れました!」


 彼女は大きく伸びをしながら、ふかふかのベッドに体を預けて再び沈み込む。身体の芯までぐっすりと休まっていた。


 昨日の緊張と移動の疲れが嘘のように取れていて、レティシアは目を細めながらベッドの寝心地の良さにうっとりとする。


 リネンはすべすべで、枕は雲のように柔らかい。そしてベッドは、彼女がこれまでに寝たどの寝具よりも広く、暖かく、安心感に満ちていた。


(これは……冷遇というより、むしろもてなされているような気がしなくもなく……いえ、普通のことなのかしら?)


 そんな贅沢な疑念が頭をよぎるが、すぐに自分をたしなめる。油断してはいけない。ここは“政略結婚の舞台”であり、“お飾りの妻の新居”なのだから。


 そして、レティシアは残念ながら貴族の妻としての普通が分からなかった。


 とはいえ――。


(さて、どう振る舞えばいいのでしょう?)


 ふんわりと体を起こし、寝間着のまま部屋を見渡してみる。豪奢なインテリア、きらびやかな鏡台、そしてクローゼットの扉に見える精緻な彫刻。

 これまでの暮らしとのあまりの違いに、まだどこか夢の中のようだ。


 そこへ、控えめなノックの音とともに、扉が静かに開いた。


「お目覚めになられましたか、奥様」


 現れたのは、整った制服を着た数人の侍女たち。その手にはタオルや朝食のメニューが乗ったトレイがあり、まるで迎えの舞台裏のような手際のよさで動いている。


「すぐに朝食の……いえ、軽食のご用意をいたします。お体に重くないものをご希望でしたら、フルーツやパンケーキをお持ちいたしますが、どのようなものがよろしいですか?」


「え、ええ……パンケーキですか?」


「はい。フワフワしたものと、しっかりと焼き上げたもの、どちらもございます」


 レティシアは戸惑いながらも、ふと、記憶を辿った。硬いパンに冷めたスープ。それがレティシアの全てだった。


(もしかしたら、かつての侍女が作ってくれたあれがそうだったのかしら)


 うっすらとした記憶がある気がするが、定かではない。


「……どちらも、食べたことはないかもしれません」

 

 素直にそう口にすると、侍女たちは一瞬驚いたように目を見開いた。


 年嵩の侍女がすぐに顔を引き締め、静かにうなずくと、他の侍女たちに小さな声で何かを伝え、蜘蛛の子を散らすように動き出す。


「本日はお天気も良うございますので、庭園にご用意させていただいてもよろしいですか?」


「……はい」


(庭園……お茶会……虫……)


 一抹の不安が胸をよぎる。姉たちとの庭園でのお茶会といえば、冷たいお茶に薄着のドレス、椅子に置かれた虫のおもてなし――レティシアにとっては、まさにサバイバルの記憶である。


(多少の警戒はしつつ、穏やかに臨みましょう)


 最初に庭園を指定してくるあたり、そういう狙いがあるのかもしれない。なるほどなるほど。


「はい。では着替えておきます」


 汚れてもいいように、持ってきた二着のドレスのうちの一着を着よう。

 そう思ってベッドを降りると、侍女はクローゼットに向かおうとしたレティシアの前に立ちはだかり、台の上の大きな箱を指し示した。


「奥様、お召し替えはこちらにございます」


「……ありがとう。でも、お着替えはひとりでできます。エントランスに向かいますので、そこからどなたかに案内をお願いできますか?」


 屋敷の構造はまったく分からないが、エントランスからなら出入りを管理している誰かがいるだろうと、レティシアは推測していた。


 少し驚いたように侍女が目を見張るが、すぐに何かを堪えるようにしてうなずいた。


「……はい、かしこまりました」


(なんだか、こちらが恐縮してしまいますね)


 侍女が退室した後、残された箱の蓋を開けて、思わずレティシアは息を呑んだ。


 そこに入っていたのは、淡い黄色のサテンに繊細なレースを重ねた美しいドレス。肌に触れる生地は柔らかく、襟のカットや袖の長さまで、見事なほどに彼女の好みに合っている。


「肌ざわりもよくて……サイズもぴったり」


 合わせてみると、まるでずっと前から準備されていたかのようだった。


 思わず鏡の中の自分を見つめる。艶やかな白金の髪、軽やかなドレス、そしてほんの少し――目元が明るく見えるような気がした。


 そして庭園へ。


 青空の下、揺れる花々の中に用意されたテーブルには、フルーツやパンケーキが美しく盛り付けられていた。

 薄めのものと、厚めのものが二種類ある。あれがしっかりとフワフワなのだろう。


 紅茶はちょうど良い温度で香り高く、風が吹けば年嵩の侍女が迷わずストールを掛けてくれる。


 一口食べれば、これまで知らなかった優しい甘さと、素材の味が口の中にふわりと広がる。


(これは……これは、しあわせです……!)


 気がつけば、小鳥のさえずりと紅茶の香りに包まれて、レティシアは頬を緩ませていた。


(……隣国の冷遇は、なかなか手が込んでいますね……!?)


 本国では考えられないようなもてなしを前に、レティシアは再び結論を導き出す。


 『愛するつもりはない』とは言われているが、こんな理想的な冷遇生活ならいくらでもどんと来いだ、と。

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