閑話 グランチェスターの王女たち
「もう、退屈だわ」
豪奢な馬車の窓辺で、グランチェスター王国の第一王女アンナは唇を尖らせた。
「アンナお姉様。私たち、どこまで行くのだっけ?」
向かいの席で、第二王女エリザがあくびを噛み殺しながら問う。
「グランチェスターの北、なんとかという田舎のお屋敷ですって。お父様ったら、わたくしたちを目障りに思われたみたいで」
「ひどいわよね。たかだか他家のご子息にちょっと声をかけたくらいで、あんなに騒ぎ立てるなんて」
「あちらが先に勘違いしたのよ。わたくしたちのような美貌の王女が興味を持ってくれた、なんてね」
「お父様、あの女がいなくなってからおかしいわよね」
「お母様もすっかりふさぎ込んじゃって……なんだか嫌な感じだわ」
姉妹が顔を見合わせ、揃ってため息をつく。あの女とはマルシアーナのことだ。彼女がいなくなれば王の関心は自らに向くと考えていた王妃だったが、そうはならなかった。そのことに心を病んでしまったらしい。
馬車の前後には、護衛と侍女、それから新しく雇い入れたばかりの見目麗しい従者たちが、長い列をなして続いていた。グランチェスター王は「最低限の人数で」と命じたはずだが、姉妹は気にもせず、大所帯を編成して出立したのだ。誰も逆らえる者はいなかった。
「ねぇ、エリザ」
ふと、アンナがぱちりと目を瞬かせる。
「このまま、ヴァルデンシュタインに行ってみない?」
「えっ?」
「だって退屈じゃない。田舎の屋敷に閉じ込められるなんて、考えただけで気が滅入るわ。それにジークフリート様も、いつでも遊びにいらっしゃいって仰っていたじゃない」
「あ、確かにそう言っていたわね」
サミットの後に誘ったお茶会で、確かにあのヴァルデンシュタインの王太子は姉妹に対してそう言っていた。だから問題はない、そう結論づける。
「歓迎してくださるに決まってるわ。あの方、ああ見えてとてもお優しかったもの。どうしてお父様たちはあんなに隣国を敵視していたのかしら」
エリザの目が輝き始める。アンナはさらに身を乗り出した。
「ねえエリザ。ついでにレティシアの様子も見て帰りましょうよ。あの子、リューベルク公爵に冷遇されているでしょうし。見てみたいわ」
「公爵様もお気の毒よねぇ。あんな地味な子と結婚させられるなんて」
「考えてみればね、エリザ」
アンナが、しばし考えるような顔をする。扇の縁を指でなぞりながら、何かを思いついた者特有の光が、その瞳にちらりと宿った。
「もともとリューベルク公爵閣下って、わたくしが結婚すべき相手だったのよ。レティシアより先に生まれてるんだから」
「確かにそうね」
向かいの席で、エリザが大きく頷く。姉の言葉に同意するのは、姉妹の暗黙の了解だった。
「国内の貴族子息なんかで手を打とうとしたのが、そもそも間違いだったのよ。わたくしほどの女に釣り合うのは、それなりの地位のある殿方でないと」
アンナがくいと顎を持ち上げ、自分自身に酔ったように瞳を細める。
「だから、レティシアにはグランチェスターに戻ってもらって、わたくしが公爵夫人になるべきじゃない?」
言いながら、アンナは扇を広げて口元を隠し、ふふっと笑い声を漏らす。その瞳にはもう、自分が公爵夫人として華やかに振る舞う未来が、はっきりと見えているらしい。
「すばらしいお考えだわ、お姉さま! わたくしたちに結婚させないために、隣国の王太子や公爵に問題があるってお母様たちに吹き込んだ者たちを罰したいくらいよ」
エリザが身を乗り出し、頬をぱっと赤くする。彼女もまた、姉の閃きに乗じて、自分の鬱憤を晴らす機会を見出したらしかった。
「ふふ、決まりね。じゃあ、まずヴァルデンシュタイン王宮でジークフリート様にご挨拶。それからレティシアに会いに行きましょう」
アンナは満足げに微笑むと、扇でとんと座席を叩いた。それは決定を告げる合図のようだった。
姉妹が指示をする。逆らえる者は誰もおらず、馬車の進路はヴァルデンシュタインの方角へと向きを変えていた。
「あの子の顔が歪むところが見たいわ、退屈しのぎになりそう」
「本当に。最近つまらなかったから楽しみね、お姉様」
意気揚々と隣国に向かう二人は、自分たちがこれから踏み込もうとしている場が、いったいどういう場なのかこれっぽっちも分かってはいなかった。
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