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02 政略の花嫁


 それから数日後。


 レティシアは、父王の使いから王宮中枢への呼び出しを受けていた。離宮から出るのは久しぶりのことで、心なしか使用人たちの目も冷たく感じる。だが、慣れっこだった。


 重厚な扉の向こう、玉座の間には国王カスパーと王妃グレイスの姿があった。


「来たか、レティシア。座れ」


 高位の椅子に座る父王は、相変わらずの鋭い目つきで彼女を見下ろしていた。


「はい、父上」


 静かに膝を折り、控えめに頭を下げる。空気が張り詰める中、王が口を開いた。


「お前を、隣国ヴァルデンシュタインのリューベルク公爵家に嫁がせることにした。半年後だ」


 一言一句、感情のこもらない声だった。


「……リューベルク公爵家に、ですか?」


「そうだ。相手は、アルベルト・フォン・リューベルク。歳はお前とほぼ変わらぬ若き当主だ。優秀な男だが、あちらも事情があってな。今回の縁談は、両国の安定に寄与する」


「……わかりました。光栄に存じます」


 淡々と答えるしかなかった。これが、王家に生まれた自分の運命。


「よいな。これは政略結婚だ。お前に求められるのは、忠誠と失態のなさだ」


 王の視線が鋭くなる。


「無論、華やかな立ち振る舞いや機転などは期待していない。だが、最低限の礼儀と気品は守れ」


「……はい、お父様」


 その横で、王妃がため息混じりに扇をぱたぱたと仰いだ。


「まあ、お手紙くらいは書けるのでしょうね? 学のない悪筆で公爵を困らせないように。せめて、美しい字を書く練習でもなさい」


「は、はい……」


 冷たい口調に心がざわめく。何も持たないレティシアが、見知らぬ公爵の心を掴めるわけも無いのに。無茶を言う。


 ただ、二人がこの婚姻自体に反対をしないということは、やはり隣国との繋がりはこの国にとって利益となるらしい。


 レティシアは国王と王妃を胡乱な顔で見つめ、それからハッとした。


(もしかしたら、公爵様にはほかに愛する人がいて、そのカモフラージュのためによそからの妻を用意する必要があるのではないでしょうか!?)


 どう見ても冷え切っている国王と第一妃の関係性を目の当たりにしたレティシアは、ようやくその可能性に行きついた。


 後ろ盾がある妻だと関係の悪化が国政に影響を与えるだろうから、その点レティシアなら安心だ。

 レティシアが冷遇されようとも、この国は痛くもかゆくもない。憤ることもない。


(きっとそうです。公爵さまはお父様と同じように愛する人を隠してしまうおつもりでしょう。そしてわたしは表向きの妻……!)


 謁見を終えたレティシアは、行き着いた答えに納得しながら寂しい離宮に戻って、ひとまず言いつけどおりに手紙をしたためる。


 嫌がらせの一環でレティシアには専属の侍女がいないので、炊事洗濯もお手のもの。自給自足もどんとこいだ。


「あちらで冷遇されたとしても、自由になってみせます……というか、むしろ冷遇された方がいいまでありますね。どちらかといえば、お母様みたいに監禁されることだけは避けたいですもの」


 レティシアの胸に浮かんだのは、ほんの少しの希望だった。この結婚がどう転ぶかは分からない。

 それでも、もうここでの暮らしはうんざりだ。


 助けてくれない父母も、かしましい姉たちも、母に向けたいであろう嫉妬と憎しみのこもった視線を向けてくる王妃も。


「ええと……“拝啓、アルベルト様――”」


 手紙には形式的な挨拶と、会える日を楽しみにしているなどという美辞麗句を並べる。


 文面は慎ましくも、未来の夫への誠実な思いを込めた。

 あとはこれを送ってもらえるように頼むだけ。


「アルベルト様、どんな方なのでしょうか……」


 果たして監禁なのか冷遇なのか――

 レティシアの中では偏った二択しかなかった。


 あと、おいしいごはんが食べられたらいいな。


 その願いが、まさかこの先、人生を変える鍵になるとは、この時のレティシアには知る由もなかった。



***


 その日の午後。


 レティシアから手紙を預かった侍女――アニエスは、小さく息を呑みながら中庭の影に身を潜めていた。

 目立たぬように郵便室へ向かうつもりだったが、内心は落ち着かない。こんな“こっそり”と何かを託されるのは初めての経験だ。


(レティシア様は……あんなに静かな方なのに。こんな風に頼まれるなんて、きっと大事なお手紙に違いないわ)


 そう思って、ひとまず離宮を出ようと裏口へ向かったところで——


「ア・ニ・エ・ス?」


 鳥肌が立つような声音が背後から投げかけられる。


 振り返れば、第一王女アンナと第二王女エリザが、庭園のアーチの向こうに立っていた。

 その目はすでに、アニエスの胸元に潜ませた手紙へと向いている。


「ねえ、それ……隣国の公爵様宛ての手紙ではなくて?」

「レティシアから頼まれたのでしょう?」


「……あの、これは、その……」


 咄嗟に言葉が出ない。アニエスの脳裏に、“レティシアが書いた手紙を受け取りに行け”と言った侍女仲間の言葉がよみがえる。つまり彼女たちは、最初からこれを狙っていた。


「ふうん? まあ、どちらにせよ。わたくしたちの妹が、隣国の公爵様に“どんなこと”を書いているのか、姉として把握しておく必要があるわよね?」


 アンナがひときわ優雅に微笑み、手を差し出す。


「貸しなさい、アニエス。……言うことを聞いてくれるわよね?」


「……はい」


 アニエスの手は震えていた。

 レティシアのためになりたいと思った。けれど、王族に逆らえば――自分の立場はどうなる?


 おそるおそる差し出した手紙は、無情にもエリザの手に渡る。そして、その封が破られる音がした。


 アニエスは、ただ俯くことしかできなかった。


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