わしの毛を返せっ!
買い物袋を片手に、自宅のドアを開ける。
「ふぅ……。寒いな。」
スーパーからの帰り道、夜風が肌に染みる季節になっていた。
「さて、戻るか。」
テーブルに食料を置くと、俺は画面を開いた。
「ん? 何だこれ……?」
画面に映ったのは、静まり返る広間。
その中心には、何やら異様な空気を纏った男——王らしき人物が、無言で座っていた。
そして、
「……は?」
王の頭は、見事に禿げ上がっていた。
いやいや、どういうことだ?
セリアたちは王に会いに行っていたはず。俺がいない間に、一体何が——。
そんな俺の疑問をよそに、王はゆっくりと頭に手を添えた。
指がツルツルの肌をなぞる。
「………………。」
長い沈黙。
そして、
「なっ……!?」
王が自らの頭を見つめ、目を見開く。
「わしの……わしの髪がぁぁぁぁぁぁ!!!」
玉座の間に怒号が響き渡る。
衝撃と悲しみから、次第にその顔が紅潮し、
「貴様ぁぁぁ!!!」
王は指を突きつけ、セリアを怒鳴りつけた。
「あんなに優しそうだったのに……」
俺は呆然としながら画面を見つめる。
「本来ならば……貴様など、この場で打ち首にしてやるところだ!!」
「ひっ!?」
セリアが一歩後ずさる。
「だが……神獣様を害することはできぬ……!」
「ゴハン!」
「お前は黙ってろ!!」
セリアが叫んだ。
王は荒い息を吐きながら、玉座に腰を下ろす。
「……代わりに、命じる。」
王の目がギラリと光った。
「リューゲン王国から北の森の奥地に生える《ラグネルの薬草》を取ってこい!」
「ラグネルの薬草……?」
セリアが困惑したように呟く。
「そうだ! それは古の書に記された伝説の薬草! わしの毛を……この惨劇を救う唯一の手段なのだ……!」
「え、そんなに効果あるんですか?」
「うむ。伝説によれば、一夜にして豊かな髪が生えるという……!」
王は食い入るような目でセリアを見つめた。
「ならば仕方ない、取ってくるしか……」
しかし、王はその言葉を遮るように付け加える。
「だが、その森は魔王九魔人の一人、《黒樹のエルゴード》が支配している。」
「…………は?」
セリアは呆然とした。
「魔王幹部!? そんなやばい奴がいる場所に行けってことですか!?」
「そうだ! わしの髪のために!!」
「いや、やっぱり打ち首の方がよかったんじゃ……」
セリアの呟きは、誰にも聞こえなかった。




