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自動制御②

作者: 原田楓香

 ただ、ライブに行くだけだというのに、楽しみより先に、あれこれと各種不安を取りそろえていた私だ。

 仕事も段取りをつけてなんとか早めに出られたし、無事、会場最寄り駅まで、開演時間の1時間10分ほど前にたどり着いた。電車も駅のホームもめちゃくちゃ混んでいたが、駅からすぐの会場への道も、朝のラッシュ時のような混雑ぶりで、なかなか前へ進めない。


 ふと、会場内のトイレの長蛇の列を思い浮かべる。

 たとえ約2時間20分ほどであっても、今行っておかねば、この寒さでは最後までもつ気がしない。

 そこで、会場直結のショッピングモールのトイレに向かう。

 けっこう人が並んでいる。

 ふと見ると、左前方に本屋がある。

 そうだ。本屋に行ってるうちに、列が少し減るかも。

 よし。本屋だ。ここの本屋には入ったことがない。ぜひ入らねば。

  

 本屋にて、手近な棚を見る。

 伊与原 新さんの文庫本がいっぱい並ぶ。この人の本は、まだ3冊くらいしか読んでいないが、結構好きだ。

 家の近くの本屋にはない本が、種類も豊富に大量に平積みになっている。

 このうちの数冊ずつでもいいから、うちの近所の本屋さんにも回して欲しい。注文しても大手にばかり配本されて、田舎の小さい本屋にはなかなか入ってこないのだ。


 そんなことを思いながら棚を見る。

 欲しい本がいっぱいで、うっかり買ってしまいそうだ。

 が、これからライブに行くのに、荷物を増やしてどうする、自分。

 あかんな。これ以上ここにおったら、誘惑されまくりで、キケンだ。肝心のライブに遅れることになっては元も子もない。


 後ろ髪引かれつつ本屋を出て、先ほどのトイレに目をやる。

 トイレに並ぶ列はさらに伸びていた。本屋を覗いていた、わずか8分ほどの間に、取り返しのつかないくらい列は長くなっていた。

 あああ。あのとき並んでいれば。

 後悔先に立たず。並ぶ。

 どれほど待とうとも、ここで行かねば。

  

 ……待つ。時々前へ進む。

 ……待つ。時々進む。

 それを何度も繰り返して、やっとトイレの入り口が見えてくるまでに、20分。

 そこからさらに、待つ。

 

 やっとモールを出たときには、30分以上が過ぎていた。

 雪が降っている。吹雪いているような。

 冷たい雪の中、朝の満員電車並みの人混みを進む。

 

 会場入り口が近づく。

 カバンにスマホが入っていることを、私はここに来るまで、何度確認しただろう。

 充電に関しては、今日は朝からほぼほぼ使わないようにしていたから、満タンだ。

  

 昨日のうちにスマホに用意しておいた二次元コードを入り口で提示する。

 あっさり読み取ってくれて、チケットが発券される。やれやれ。

 第一関門突破。


 階段をたくさん登り、さらに転げ落ちそうな急斜面のような階段を下って、やっと座席にたどり着く。

 やった……! あと25分。

 さあ、ライトの設定だ。昨日、何度も説明を読んで手順を頭に入れた。が、とりあえず、画面の指示通りに進めばなんとかなるはず。

 慌ただしく、ライトを取り出し、チケットに載っている二次元コードをスマホで読み取り座席を登録し、さらにスマホとライトを近づけて、ペアリングさせる。

 OKの文字が画面にでる。やった……! 設定できた。

 よかった。なんとか間に合った。

 私の隣の席の若い女の子たちの一人が、設定がうまくいかない、とめちゃくちゃ焦っている。もう一人は、「なんとか設定できたけど。自分の好きな色ずっとつけてたいねんけどなぁ」とつぶやいている。

 ほんまそれ!

 心の中で激しく同意する。

 

 けれど、ひとまず、入場とペンライトの設定という自分にとっては大きな山場を乗り越えて、心はとっても穏やかだ。

 ライブはこれからだというのに、なんだかすべてやり終えたような、そんな気分だ。

 ああ、やれやれ。無事すんだ。

……ちがうって。本番はこれからやってば。

 

 そして。

 ライブはすごくすごく良かったし、自動制御のペンライトの演出もすごくきれいだった。

 制御された白い光が会場中に灯っているとき、眩しいダイヤの中に埋め込まれたルビーやサファイアのように、所々に違う色が光っているのも、すごくきれいだった。

 会場全体の統一された光の演出も素敵だけど、その中に違う色がちりばめられても……それもきれいだった。


 これもありかもしれない。

 自分の好きな色を灯し続けること。――大好きな推しへの想いを込めて。

 


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