プロローグ
「ねえ、アレン……散々私を弄んでおいて、逃げられると思った♡?」
リナの声は甘く、艶やかな響きを帯びていた。しかし、その瞳には狂気が渦巻いている。彼女は肩を軽く上下させながら息を整えているようだった。行為の余韻を残すその姿は、妙に色っぽい。
ツヤのある長い黒髪が乱れ、肩や背中にしなやかに絡みついている。ゆるく着くずれた服からは、豊満な胸のラインがはっきりとあらわになり、汗ばむ肌が月明かりに艶やかに輝いていた。体にぴったりと張り付く布地が、引き締まった腰やしなやかな脚を余すところなく映し出している。
――だが、この状況はそんな甘いものではない。
リナの手には赤いリボンが絡みついたナイフが握られ、まるでそれが新たな契約の象徴であるかのように見えた。先ほどまでの愛しさを囁く行為とは真逆の冷たい光景に、アレンの脳は現実感を失っていく。
「心も、体も……何もかも奪っておいて、どうして私を置いていこうなんて思えるの♡?」
リナは微笑みながら、ナイフの背でアレンの頬を優しく撫でた。その動作の一つ一つが異様に艶めかしく、逆に恐怖を煽る。
「ねえ、アレン……選んでよ♡ 結婚する? それとも、このままあの世で永遠に一緒になる♡?」
耳元で囁くその声は、まるで愛の告白をするかのように柔らかだった。しかし、その言葉の裏に隠された狂気と執念が、アレンの背筋を凍らせる。
「リ、リナ……頼むから、そ、そんな怖い顔やめてくれよ……はは、冗談だろ?」
アレンはヘラヘラと笑みを浮かべながら、後ずさる。だが、その声には震えが滲み、彼自身が追い詰められているのは明らかだった。
リナはその様子を見て、さらに柔らかく微笑む。だが、その笑顔は余計に恐ろしく見える。
「冗談だと思うなら……試してみる?♡」
ナイフを持つ手が一瞬動き、アレンは反射的に息を呑んだ。
「落ち着けるわけないでしょ♡……だって、アレンのすべてをこの手で手に入れるって決めたんだから♡。」
ナイフの刃先が彼の喉元に触れたその瞬間、アレンは動けなくなった。足は震え、全身が汗でびっしょりと濡れている。目の前のリナを見つめながら、心の中で絶望の声が響く。
「どうして……どうしてこうなったんだ……?」
その言葉を聞いたリナは、まるで愛おしいものを慈しむかのように微笑み、可愛らしい声で言った。
「もうずっと一緒だよ♡ ね、アレン♡?」