毒草団子の正体
夕星と手を繋いで毒草園を歩く中で、本日の毒草団子に使った素材を発見した。
彼に知識を叩き込むため教えてみる。
「今日、毒草団子に使ったのはこちらです」
「えっ、これってヨモギじゃないの!?」
「たしかに、見た目はヨモギそっくりですが」
ちょうど近くに自生していたヨモギがあったので摘んで見せる。
「こちらがヨモギです」
「一緒じゃないか!」
「違いますわ」
毒草団子に使ったのは〝烏頭〟と呼ばれる毒草である。
秋は花期なのでその違いはわかりやすいものの、春先になったらヨモギとの区別が付きにくくなるのだ。
「見た目がよく似ているので判別は難しいように感じるかもしれませんが、葉をひっくり返したら一目瞭然でしてよ」
ヨモギと烏頭の葉を一枚ずつ摘んで同時にひっくり返すと、夕星は「あ!!」と声をあげる。
ヨモギの葉の裏には白い産毛のようなものが生えているのだ。こうして並べてみればすぐに違いは明らかになる。
「なるほど~、ここで見分けるんだ」
「あとは香りですわね。ヨモギは青々とした爽やかな匂いがしますが、烏頭は特にわかりやすい匂いなどはありません」
ヨモギはむくみを押さえて腸内環境を整える薬効があるが、烏頭は全身が痺れて呼吸困難に陥る。最悪、死に至る危険な毒草なのだ。
「そんな危険な毒草を食べても平気なんだ」
「慣れと言いますか……。烏頭は代表的な毒殺方法ですので、幼少期より優先的に慣らされていたのかもしれません」
山茶花は物心つく前から日常的に毒を口にしているため、烏頭毒に耐性があるのだ。
そんなことを説明すると、どうしてそんなことをしていたのか、という疑問を投げかけられる。
「記憶がないのでわかりませんが、母は猛毒妃として名をはせていたので、暗殺の手がわたくしにも行き渡るのではないか、と思ったのかもしれません」
「なるほど。母の愛だ~」
娘を一生毒草園から出せないようにするのは果たして愛なのか。考えるも到底理解できるものではなかった。
「もしかしてこの烏頭も、薬になるの?」
「ええ。少量を用いれば、強心剤や興奮剤を作ることができますわ」
烏頭を薬として使うためには減毒加工を行って毒の成分を減らす作業が必要となる。
「水洗いをし、乾燥させ、塩水に晒し、他の薬剤と混ぜ合わせると、ようやく毒の成分を減らすことができるのです」
「毒をすべて取り除くわけではないんだ」
「ええ。毒も致死量になるほど大量に摂らなければ、薬になりうる可能性を秘めているのです」
ただ烏頭は大変危険な猛毒で、実験を行っていた医師の死亡例があるほどである。安易に薬を手作りしていい素材ではないのだ。
「お医者さんですら死んでいるんだ」
「ええ」
山茶花が摘んだヨモギを地面に落とすと、夕星がもったいないと言う。
「ヨモギ団子の材料になるでしょう?」
「なるものですか」
「どうして?」
「ここに自生する植物は、すべて毒の土に汚染されています。何かしらの毒を含んでいる状態ですので、口にするのは危険ですわよ」
今朝、草団子に使ったのは、外から持ち込まれた乾燥ヨモギである。
「わあ~~。だったらあそこにある柿の実も、李の実も、柑橘類だって食べられないってこと?」
山茶花が頷くと夕星は頭を抱えながら嘆く。
「食べるのを楽しみにしていたのに!」
「果物は外からでも運ばれてくるでしょうに」
「採れたての果物を食べたかったんだよ~~」
まさかここまで残念がるとは思っていなかったので、山茶花は見ていて気の毒になってしまう。
ここでふと、果物がありそうな場所を思い出した。
「帝都の郊外にある山なら、栗や李の樹があったような気がします」
「だったら抜け出して採りにいこうよ!」
「今は遊んでいる場合ではありませんわ。事件について調査しませんと」
「あー、そうだった」
いったいなんのためにやってきて、結婚までしたのか。
夕星の気楽な様子に、本当に解決する気があるのかと疑ってしまう。
「本日は午後から思思妃のいる風宮を訪問する予定です」
「やだなー、怖いなー」
「その問題を持ち込んできたのはあなたなのですが」
「わあ、そうだった!」
率先して解決まで導いてほしいのに、この様子だとまったく期待できない。
なんとしてでも早い段階で謎を解明し、彼との夫婦関係を解消してやる、と心の中で山茶花は決意した。
その後も毒草の説明をしつつ、薬院宮のほうへと戻ってくる。
洗濯をしている南天が迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、公主様、若旦那様」
「ただいまー!」
一緒にやってきた山茶花と夕星を見て、南天は思いがけないことを言う。
「突然若旦那様が走って出て行ったので、どうしたのかと思っていたら、公主様を迎えにいっていたからだったのですね!」
夕星は明後日の方向を見ながら、棒読みで「ソウナンダヨー」と言葉を返していた。
南天の膝枕から逃げていたとは、口が裂けても言えないのだろう。
「手を繋いで、仲良しなんですね」
ここで山茶花は夕星と手を繋いだままだということに気付く。力を振り絞って手を振りほどくと、夕星は雨の日に捨てられた子犬のような目で見つめてきた。
「そんな顔でわたくしを見ないでくださいませ」
「だって、汚物に触れたように手を払うから~」
「公主様は恥ずかしがり屋さんなのですよ」
南天はそんな話をしつつ、にこにこしながら洗った洗濯物を絞っていた。
一気に水を切る様子を見た夕星が驚く。
「うわあ、一回でこんなに水を絞れるんだ。女官達は水を切るために棍棒で何回も叩いているのに」
南天の脱水能力は高く、洗濯物は曇りでもよく乾く。
「よくこんなに上手くできるものだねえ。練習したの?」
「いえ、以前までは人間の腕を捻って……いえ、なんでもありませんわ」
あまりにも夕星が褒めるので南天は頬を染めながら話していたが、内容は極めて物騒なものだった。
夕星は山茶花を振り返り、「あの人何者!? 前職は何!?」とぱくぱく口を動かしていたが、無視して部屋に入った。
竹製の巻物を広げ、皇后から聞いた四夫人の症状を記録していく。
「……」
何度繰り返し読んでも、何らかの毒の影響があるとしか思えなかった。