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薬院宮の毒草公主は平穏を望む  作者: 江本マシメサ
序章 不思議な出会い
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想定外の毒

 見目麗しい青年夕星は惨めったらしく山茶花に抱きついて食い下がる。


「頼むよ! 君だけが頼りなんだ!」

「知ったことではありませんわ! お母様のことなんて、覚えていませんし!」


 そう口にすると、山茶花の頭がズキンと痛む。

 まるでこの件を無視するな、と体が訴えているようだった。


「問題が解決するまで、私は山茶花のお兄さんに睨まれるんだ!」

「別に堂々としていたらいいのでは? もともとはあなたに命じられたものではなくて、お兄様がすべき仕事だったのでしょう?」

「そうなんだけれど、一回引き受けた以上はきちんと遂行するように、とか怒りそうで」

「あなたが無責任に仕事を引き受けるからではありませんか!」

「そうなんだけれど~~~~!」


 山茶花が夕星の体を押して離れるように促すと、大げさに転ぶ振りをした。


「うう、押しのけるなんて酷い」

「転倒するほど力は入れておりませんでした」

「またまたご謙遜を!」


 気を引こうとしても無駄である。山茶花はそう宣言し、踵を返した。

 相手にしていたら彼の言葉に惑わされてしまう。そう判断した山茶花はこの場に彼を置いていくことに決めた。

 スタスタと歩いていたら、背後から夕星の嬉しそうな声が聞こえる。


「見て、山茶花! こんなところに橙色のきれいな羽根が落ちてる! 君の黒い髪に挿したら似合いそ――うぐ!!」


 言い終える間に夕星はその場に倒れる。振り返った山茶花はギョッとした。

 口から血を流し倒れた彼が手にしていたのは、山茶花の愛鳥の羽根だったから。


「あ、あなた――!」

「公主様、薬院宮にお運びしましょう」


 山茶花は南天の言葉に頷くことしかできなかった。

 ひとまず、彼の手から橙色の羽根を引き抜く。


「どうしてこれがここに?」

「もしかしたら出入りをしたさいに風に流され、ここまで飛んできてしまったのかもしれませんね」


 背が高く思いのほか筋肉量がありそうな夕星だったが、南天が軽々と抱き上げる。

 そのまま薬院宮に運ばれた。

 薬院宮は毒草園に囲まれるようにひっそりと佇む。皇后だった母烈華が皇帝におねだりして建てられた場所だが、建物の規模は小さくささやかだった。

 南天は玄関を抜けた先にある調合部屋の一角に夕星を下ろした。

 夕星は気を失っており、ときおりビクビクと痙攣していた。

 その様子を見て南天が彼の口元の血を布で拭おうとしたものの、山茶花は待ったをかける。


「わたくしがしますわ」

「しかし」

「あなたは〝ちん〟の毒に耐性がないでしょう?」

「それはそうですけれど」


 南天が持っていた手巾を奪うように手に取ると、山茶花は彼の口元を丁寧に拭う。

 彼が侵された毒の正体は、鴆という最強の神経毒を持つ毒鳥だった。

 もともと天猽に生息している鳥ではなく、異国の地からわざわざ取り寄せたものだ。

 南天曰く、山茶花の二十歳の誕生日に烈華が買い付けて送った鳥だという。

 羽根一枚でも人を殺せるほど強力な毒を持っているため、管理は厳重にしていた。

 抜けた羽根は箱に保管し、鴆自体は鳥かごに布を被せ、餌を与えるときだけ外すようにしていたのだ。

 それなのに、羽根が外に流れて夕星の手に渡ってしまった。これに関しては山茶花の過失だろう。

 普通の人であれば羽根を触れた皮膚はただれ、強い痺れに苦しむことになる。

 けれども羽根に触れた夕星の指先はほんのり赤くなるばかりで、痙攣もだんだん治まってきた。

 汗も引き落ち着いたようで、顔色に赤みが戻ってくる。


「うう……」


 夕星は苦しげな声をあげて体を捩る。瞼をうっすら開いたので山茶花は声をかけた。


「こちらを飲まれてください」

「また水責め?」

「違います」


 鴆の解毒に有効な獣の角を煎じ、湯に溶かしたものだと説明する。


「獣の角? 鹿とか?」

犀角さいかくです」

「わあ、知らない獣だあ」


 夕星は南天に背中を支えられながら起き上がると、犀角を解いた湯を飲み干す。


「うーん、まずい! でも、なんだか痺れがなくなったような。もう一杯!」

「一杯だけで充分効果は発揮しますので」

「そっか」


 薬を与えずとも、すっかり元気である。彼が人でないたしかな証明となった。


「それにしてもさすが、天帝の眷属ですわね。この薬は長い期間飲み続けなければ効果は発揮しない、と聞いた覚えがあるのですが」

「そうだったんだー」


 あっけらかんとした夕星の態度に、山茶花はがっくりとうな垂れてしまう。

 とても猛毒で倒れた者の反応ではなかった。


「いったい何の毒だったの?」

「鴆――いいえ、なんでも」

「鴆!!」


 小声でボソリと言った程度だったのに、夕星はきちんと聞き取ったらしい。


「鴆って、強力な毒を持つ余り、全羽駆除されたっていう伝説の毒鳥!? だったらさっき拾った羽根自体が毒だったんだ」

「まあ、その、そうですわね」


 なぜか毒の説明をし始めた途端、夕星は活き活きし始める。

 どうしてそのような反応をするのか、山茶花には理解できない。


「もしかしてその毒鳥って飼育しているの?」

「ええ」

「どこにいるの?」

「わたくしの寝室におります」

「わあ、寝室だったら見せてって言えないなあ」


 たった今、苦しんだ元凶とも言える存在に興味を示すなど、どうかしている。山茶花はそう思ったものの、本音は喉に止めてそのまま呑み込んだ。


「それにしても、二回も毒にあたってしまうなんて、酷い目に遭ったな~」

「こんなところにやってくるからです」

「でも、毒鳥のほうは君の管理不足だよねえ」


 突然、夕星がにこやかな表情から真顔になり、痛いところを的確に突いてきた。


「たしかにその通りです。申し訳ありませんでした」


 山茶花は床に手を突き、頭を深く下げる。南天も同じように平伏の格好を取って謝罪の意を示す。


「君のせいで死にかけたなんてことが天帝の耳に届いたら、この国はどうなるかな?」

「はい?」

「私は天帝のお気に入りだから、国ごと滅ぼしてしまうかもしれない」

「な、なんてことを――!」


 もしも今回の件で怒りを買ったのならば、山茶花のみを処罰すればよい。

 それなのに国単位で咎を受けるなどやり過ぎだろう。

 ただ相手は天帝の眷属。

 人の常識なんて通用しないのかもしれない。


 夕星は山茶花の前に膝を突くと、顎を掴んで顔を上げさせる。

 にっこり微笑みかけた彼は、ある契約を持ちかけた。


「君は責任を取って私と結婚し、調査に協力してくれるよね?」


 それは脅しにも近い言葉である。

 山茶花が崖っぷちに立たされた瞬間でもあった。 

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