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薬院宮の毒草公主は平穏を望む  作者: 江本マシメサ
第四章 月宮――野菜妃の悲劇
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それから……

 なぜ、今回の件に天帝が介入したのか。その謎が明らかとなる。


「見て見て、ここ!」


 雪花に刺された烈華が倒れた場所には、大判の絨毯が広げられていた。そこは床に血が染みついていて、取れなかったのだという。そのため南天が烈華の血を隠すように絨毯を敷いていたのである。

 一年経ち、その血はほとんど消えてなくなっている。山茶花のためを思って南天が一年かけて掃除していたのだ。

 けれども落ちなかった血もある。それは血で不思議な文字が書かれていたのだ。


「これ、私を召喚する呪術なんだ」

「なっ――!?」


 山茶花の母烈華は死に際に、自らの命と引き換えに天帝を召喚し、ある願いをかけたという。


「ありとあらゆる災いから山茶花を守ってほしい、って」

「お母様がそんなことをされていたなんて」

「びっくりだよね」


 烈華は山茶花の究極毒で命を落としたわけではなかったのだ。


「でもどうして母は天帝を召喚する呪術なんか知っていましたの?」

「なんでも皇帝にねだって、皇族に伝わる古代語で書かれた禁書を読み漁っているときに発見したらしいよ」

「それ、皇后でも読んではいけないものでは?」

「そうなんだろうけれど、古代語を読める皇族がいなくなったから、管理がずさんになっていたんだろうねえ」


 奇しくも博識な母烈華のおかげで夕星に出会えたわけである。


「でもあの人めちゃくちゃでさー。龍である私に人の姿になってほしいって願ってきてね」


 そのほうが山茶花が受け入れやすいだろうから、と注文を付けたという。

 夕星は頑張って変化しようとしたようだが、泥の塊のような姿になってしまったらしい。


「それから人の姿になるまで一年もかかってねえ」


 泥の塊のような姿になっていた夕星を拾ったのは狼灰だったという。夕星は彼から人の形を学び、後宮を見て回るうちに人であるべき人格を学んだという。


「あなたが麗明妃と感じが似ているのは、その影響ですのね」

「そうかも! でも、山茶花や南天のことも見ていたんだよ」


 烈華の頼みで地上に下り立った夕星だったが、薬院宮で健気に寂しく暮らす山茶花と南天も気になるようになっていったのだとか。


「山茶花の助けになりたい、南天の力にもなりたい。そう思えるようになったのは、契約とか関係ないことだから」

「あなた……」


 ずっと傍にいるから。そんな夕星の言葉に山茶花は頷いて応えたのだった。


 ◇◇◇


 何もかも落ち着いたあと、後宮の者達が集まって青香妃の葬儀を行った。

 しめやかに執り行われる中、送れて誰かがやってくる。


「あのー、どなたか亡くなったんですかー?」


 葬儀の場に相応しくない、明るい声だった。十代後半くらいの少女で、背中にたくさんの野菜が入ったかごを背負っている。

 思思妃がその少女に直接注意する。


「ちょっとあなた、今日はお葬式をしているの! もっと相応しい格好でやってきなさいな!」

「わあ、ごめんなさい! 実家から帰ってきたばかりで知らなくって」


 山茶花はちらりと賑やかな少女のほうを見る。

 後宮にいる者にしては珍しい、天真爛漫な娘だと思った。

 そんな山茶花の隣で、麗明妃がギョッとする。


「なっ、せ、青香妃じゃないか!!!!」


 葬儀場全体に響き渡るような声であった。翡翠妃も確認したあと同じように驚いていた。


「麗明妃だ! 翡翠妃もいる! お久しぶりです! 青香、実家から出戻ってきましたー!」


 しーーーーーん、と静まり返る中、青香妃を名乗る少女の声が響き渡った。


「えっ、山茶花、彼女が青香妃?」


 夕星が聞いてくるも、山茶花は本人に会ったことはなどないので答えることなどできない。


「あの、どなたのお葬式なんですか~?」

「青香妃、君の葬儀なんだ!」

「えええ~~~~~~~!?」


 その場にいた全員が愕然とする。どうやら青香妃は生きていたようだ。

 調べたところ、月宮で亡くなっていたのは青香妃の替え玉だったらしい。

 一年前、烈華が亡くなったのを知った青香妃が精神不安定となり、雪花が実家に帰るといいと勧めてくれた。

 後宮の妃が出戻るなどありえない。けれども雪花は特別に皇帝の許可を出したという。

 そのとき、体調不良もあったため、青香妃はその言葉に甘えて後宮をあとにした。

 実際は雪花は皇帝に許可など取っておらず、青香妃が実家に帰ったことなどは誰にも知らせなかった。

 さらに青香妃に仕えていた女官をすべて解雇し、新しい女官を仕事に就かせる。

 青香妃の代わりに年齢と見た目がそっくりな者を探し出して替え玉とし、青香妃を装ってもらっていたようだ。

 雪花の目的は山茶花が命令を達成できずに追放となり、助けるふりをして月花の代わりに異国へ嫁がせることである。

 もしも山茶花が騒動を解決できたときの保険として、青香妃の替え玉を用意していたようだ。

 山茶花は四夫人のうち三名の体調不良の原因を解き明かし、最後の一人となった。

 仕方がないと思った雪花は青香妃の替え玉を闇に葬り、山茶花に罪をなすりつけようとしていたわけである。


「うわあ、私がいない間にそんなことがあったなんてー!」


 こうして青香妃が戻ってこなければ、謎は闇の中だった。


「青香妃、もう、体調不良はよろしいのですか?」

「おかげさまで! でも、どうしてあんなに眠かったんだろう?」

「それは月宮にあった畑の作物が原因ですわ」


 事件のあと、山茶花は月宮を調査した。その結果、青香妃が毒のある曼陀羅華が生えていた場所に畑を作っていたことが明らかとなる。


「曼陀羅華は全草に毒がありまして、根っこごと引き抜いても土が毒に汚染されている状態なんです。そんな状態で新しい作物を作ったら――」

「毒を吸い取った野菜ができるんだ!」

「そうです」


 そんなわけで、青香妃の体調不良は曼陀羅華の毒が原因だったのである。


「知らなかったら、またあの畑で野菜を作っていたかも!」

「調査が無駄にならなくてよかったですわ」

「山茶花公主、ありがとうございました!」


 青香妃は人なつっこく、人付き合いが得意でない山茶花の懐にも上手く飛び込んできた。

 元皇后の雪花がかわいがるわけだ、としみじみ思う。


 これにて、本当の意味ですべての騒動は解決となった。

 次なる皇后の座には翡翠妃がなるという。反対する者は一人もいなかった。

 皆が祝福する中で、新しい皇后が誕生したのだった。


 ◇◇◇


 山茶花は今日も毒草園に立って毒草を摘む。そんな彼女の近くには、麦わら帽子を被った夫夕星の姿があった。


「山茶花、見て見て、きれいな薄紅色の花が咲いているよ」

「それは夾竹桃きょうちくとうですわ」


 触れただけでも皮膚が炎症してしまうという毒を持つ花である。


「燃やした枝から出た煙を吸っても毒に中ってしまう危険な植物ですのよ」

「うわあ。炊事とかにうっかり枝を使ったら大変なことになるやつだ」

「ええ、気をつけませんと」


 相変わらず夕星に毒の耐性はなく、一日に一回はうっかり毒に触れて彼の悲鳴が響き渡る毎日であった。

 そんな日々が、山茶花にとっては日常になりつつある。

 彼が天帝だと聞いたとき、山茶花はとても驚いた。

 けれども人間の姿を取っている彼に特別な能力があるわけでなく、今のところ強いて言えば怪力な部分くらいか。

 なんでも元皇后雪花と会話をする中で、目覚めた能力らしい。

 夕星は人化するさい、能力のほとんどを失った状態でいるという。

 すべて取り戻すためには千年ほどかかるようだ。

 龍に戻ったら取り戻せるようだが、彼は人の姿であることを選んだ。

 山茶花と一緒に生きるためだ。


「あのさ、山茶花はずっと、私の妻でいてくれるの?」

「今更どうしてですか?」

「だって、永遠にも等しい命を手に入れてしまうんだよ」

「それに関しては、まあ、都合がよかったと言えばいいと思っていますの」

「都合がいい?」

「ええ。永遠の命があれば、この毒草園をずっとずっと守っていけますから」


 薬院宮は毒に汚染されていて、取り壊すことは不可能に等しい。

 毒を慣らした者に託すのも悪いような気がしていたから。


「薬院宮は母がわたくしを守るために作った楽園――わたくしの宝物ですわ。ですので、この地を維持できるのならば、永遠の命も悪くないのかもしれません」


 そんな山茶花の言葉を聞いた夕星は、思いっきり抱きついてくる。


「きゃあ!」

「山茶花、ありがとう!」


 夕星は最高の妻だ、と言って喜ぶ。

 そんな彼の顔を見て、山茶花は優しく微笑んだのだった。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

本日、新連載がスタートします。

タイトルは『嫁して3年、子なしは去れ!と言われたので、元婚家の政敵の屋敷でお世話になります!』

◇あらすじ◇

夫から離縁を叩きつけられ、メクレンブルク大公家を追いだされたギーゼラは、政敵だったオルデンブルク大公に拾われ、秘書官を務めることとなった。ギーゼラは元婚家の内情を武器に、オルデンブルク大公と手を組んでメクレンブルク大公家を追い詰めていたが、ある問題が浮上し……?

敵対する聖教会と魔導会を統べる一族の争いと、王宮のいざこざ、それから甘い初恋と、さまざまな問題に巻き込まれるギーゼラの、どたばた奮闘記!?

◇◇◇

どうぞよろしくお願いいたします!

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