真実
烈華は自らの血で服を赤く染めながら、体を引きずって帰宅した。
それを目にした山茶花と南天は仰天する。
「お母様、なっ、どうして?」
「やられた」
「だ、誰に? もしや雪花妃にですか?」
「ああ、奴しかいないだろうが」
南天は烈華の体を支え、山茶花に布を持ってくるように叫ぶ。
烈華は顔面蒼白となり、唇は紫色に染まってガタガタ震え出す。
南天は上着を脱いで烈華の体にかけ、その身を抱きしめて温める。
「ああ、南天、お前には迷惑をかけたな……」
「烈華様、何をおっしゃっているのですか! これからも私を困らせてください!」
「そんなことを言う男は、お前が初めてだ」
烈華は「ははは」と笑ったものの、傷が痛むのか顔を顰める。
山茶花は南天に布を託し、傷口を縫うために裁縫道具を持ってくると言ったものの、待つように言われてしまった。
「山茶花、待て。ここに……傍に……来てくれ。頼みがあるんだ」
「お母様!?」
烈華がこのように山茶花に頼み事をするなど初めてである。
南天は山茶花の顔を見てこくりと頷いた。
もう長くないのかもしれない。そんなことを察し、山茶花は烈華の傍に侍る。
「ずっと、ずっと山茶花に言えなかったことがあったんだ……。お前の本当の、父親について、だ」
「本当の? どういうことですの?」
「ああ、聞いて、驚くなよ。お前の本当の父親は……ここにいる、南天なんだ」
「なっ――!?」
思わず南天の顔を見る。すると南天は申し訳なさそうに目を伏せた。
「驚いただろう? この男は去勢する前に……一度だけ寝所を共にしたんだ。それで、お前が生まれた」
「そんな、わたくしのお父様が、南天だったなんて」
「嬉しい……だろう?」
山茶花は烈華の問いに答える代わりに涙を零す。
これまで何度も烈華と南天が並ぶ様子を見て、似合いの夫婦みたいだと思っていたのだ。
南天は女装をし女官としての振る舞いをしていたものの、山茶花にとっては兄のような父のような心から頼れる存在だったのである。
「わたくし、南天が本当の家族だったら、どんなによかったか、なんて思ったことは一度や二度ではありませんでした」
「ああ、そうか。それを聞いて……安心した」
そんな言葉と共に烈華は瞼を閉じる。
「お母様!?」
「烈華様!?」
二人同時に叫んだ瞬間、烈華は再度瞼を開く。
「なんだか……雪花妃に刺されて死ぬというのは……癪だ。どおれ……私が作った究極の毒、で、この世と別れよう……ではないか」
「究極の、毒?」
「ああ、そう。お前……山茶花だ」
「わたくし?」
「そうだ。私が長年……丹精込めて毒を仕込んだ……究極毒こそがお前、なんだ」
烈華は自らの腹に刺さっていた短剣を抜き取ると、その身を支えていた山茶花の手を切りつける。
ほんの少し、薄皮一枚くらいの傷ができて、そこから血がじわりと滲む。
烈華は傷口にそっと口づけた。
たったそれだけなのに、烈華は大量の血を吐く。
「がはっ!!」
「お母様!!」
烈華は血まみれの手で山茶花の頬に触れた。
「薬院宮にある毒が……毒草園が……父親である南天が……そしてお前自身の毒が……その身を守ってくれるだろう。誰にも……好きにはさせない」
――愛おしい娘山茶花、幸せにおなり。
そんな言葉を遺し、烈華は息絶える。
「ああああ、あああああ、ああああああああああ!!!!!」
信じがたい真実と母の壮絶な死を目の当たりにした山茶花は頭を抱え、慟哭する。そのまま倒れ、彼女はその日の出来事と母に関する記憶を失ってしまった。
そして今日に至る。
「あなたのせいで、お母様は死んだのですね」
「ふふ、私のせいじゃないわ。あの人が刺せって望んだのよ」
「そんな言い訳、まかり通るわけありませんわ!!」
「それが通るのよ。私は〝皇后〟だから」
山茶花は髪に挿していた花飾りを引き抜き、自らの手に刺そうとした。
この究極毒で皇后を殺してやる。そのあと自分も死んでやるのだ。
そんな覚悟を決めていたが、夕星が山茶花の手を取って制した。
「山茶花、こんな愚か者のために手を汚してはいけない」
「わたくしの手はきれいなものではありませんから!」
すでに山茶花の体内に流れる猛毒は烈華を手にかけているのだ。
二人に増えたとしても、なんてことない。
烈華の復讐を果てたらそれでいい。そう思っていたものの、夕星は首を横に振る。
「大丈夫、じきに助けがやってくるから」
「誰があなた達を助けるというの!? ここは後宮、皇后である私の命令を聞く者ばかりよ」
「はは、面白いことを言うねえ。君の世界は後宮しか存在しないのかな?」
「あなた、下っ端のくせに生意気を言って――!」
「下っ端? 天帝であるこの私が?」
「は? 何を言っているの?」
このとき、この瞬間ばかりは山茶花も皇后の言うことに同意してしまう。
夕星が天帝だなんてどういうことなのか。
疑問符が雨あられのように降り注ぐ。




