皇后の助け
やっと話がわかる人がやってきた。
山茶花はすぐさま起き上がって皇后に助けを求める。
「皇后陛下! 助けてくださいませ!」
ただ月宮を訪問しただけなのに青香妃殺害の罪をなすりつけられたのだ。
「ええ、ええ。わかっているわ。大変だったわね」
その言葉を聞いて安堵が押し寄せる。
けれどもそんな山茶花の背後で、夕星が腕を取って距離を取るよう引いたのだ。
「あなた?」
夕星はこれまで見せたことがないくらいの強い眼差しを皇后に向けていた。
いったいなぜ? そう問いかけるよりも前に皇后が話しかけてくる。
「安心して。すぐにここから出してあげるから」
「皇后陛下……!」
よかった、と安堵の気持ちが押し寄せる。ここの管轄は皇后であるが、よく調べもしないて山茶花を拘束した兵士達は処罰の対象にしてほしい、とあとで訴えよう。
そんなことを考えていた山茶花だったが、皇后は想定外のことを言ってきた。
「でも、あなたがここから出るには、ある条件を受け入れてもらわなければならないの」
「条件、ですの?」
「ええ。月花の代わりに、異国へ嫁ぐのよ」
「なっ――!?」
山茶花は言葉を失う。青香妃を殺していないのに、どうしてその条件を受け入れなければならないのか。
「皇后陛下、わたくしは、青香妃を手にかけておりません」
「ええ、ええ、わかっているわ。でも、証拠がないのよ」
なんでも青香妃は朝から具合が悪いと言って女官を全員、別東にある宿舎へ帰したらしい。
「青香妃は何かあったときのために、兵士達を配備させていたようなの」
寝所のすぐ近くに兵士達の待機部屋があったという。
「寝所から物音が聞こえて、駆けつけたときには青香妃はすでに亡くなっていた、と報告にあったわ」
「そんな……!」
現場を調べたところ、青香妃の枕元に曼珠沙華の花びらが発見されたらしい。
曼珠沙華には強い毒が含まれており、口にすると嘔吐、呼吸困難、痙攣、幻覚などの作用が見られる。
「摘んだばかりの花を贈るふりをして、青香妃に飲ませたのではなくって?」
なんでも曼珠沙華は青香妃が後宮入りする前から月宮を彩る花の一つらしい。
「あなたが花を摘んで、犯行に使ったのでしょう?」
「違います! そのようなこと、しておりません!」
皇后は兵士からの報告を聞き、そのまま鵜呑みにしているのだろう、と山茶花は思う。
「そもそも、曼珠沙華の毒に中ったならば吐血ではなく、嘔吐しているはずですわ! 幻覚の作用も現れて、暴れているはずです!」
着衣に乱れなどなく、静かに眠るように息を引き取っていたのだ。曼珠沙華の毒の効果で亡くなったとは思えないと山茶花は訴える。
「ねえ、異国に嫁ぐだけで罪がなくなるのよ。早く受け入れてしまいなさいな」
「どうして、私がそのようなことを?」
「それしか助かる手段はないの」
「助かる?」
「ええ。もしも異国へ嫁ぐ道を選ばなければ、あなたは青香妃の殺人犯として処刑されるのよ?」
「なっ――!?」
くらり、とめまいを覚えるも、夕星が体を支えてくれた。
「皇帝陛下はあなたをかわいい娘だと思っていて、殺人犯にはしたくないとおっしゃっているわ」
「わたくしは、殺人なんて犯していないと言っているのに?」
「だって証拠がないんだもの」
もしも異国へ嫁ぐと約束したら、別に殺人犯を仕立てて事件を解決してくれるという。
そんなありえない交換条件を皇后は提示し続けた。
山茶花は当然ながらそのような犯罪の加担になる行為など受け入れるわけがない。
「わたくしは本当に何もしていないのです! そんな工作に加担するくらいだったら、死んだほうがましですわ!」
山茶花の必死の訴えを聞いた皇后はあろうことか高笑いする。
目つきが普通の状態でなく、瞳孔が開き、正気を失っているように見えた。
笑い方も普通ではなくなる。だんだんと金切り声のような叫びをあげ始めた。
ここで引いてはいけない。山茶花は自らを鼓舞しながら皇后に問いかける。
「何がおかしいと言うのですか?」
「だってあなた達、親子揃って同じことを言うんだもの」
「お母様が?」
「ええ。あれは一年前の話だったかしら。あるお願いがあって、あなた達が暮らす薬院宮に向かったのよ」
それを聞いた瞬間、失っていたはずの記憶の一部が蘇った。
一年前、それは秋なのに酷く冷え込み、季節外れの雪がちらつくような日の話だった。
烈華は薬院宮の外で慣らされた鐘の音を聞いて「雪花妃がやってきた」と言って一人で薬院宮の外に向かったのだ。
南天が同行すると言っても、秘密の話だからと言って許さなかったのである。
来客はかなり珍しいが、ああして南天を置いて一人で行動する烈華も珍しい。
後ろ姿を見送りながら不思議に思っていたのを思い出す。
皇后が烈華に、一人でやってくるように頼んでいたようだ。彼女はそれを律儀に守ったわけである。
「お願いというのは娘に異国の王への嫁入り話が舞い込んできたんだけれど、蛮族の長に嫁がせるなんてもったいないから、山茶花、あなたに代わりに嫁いでもらえないか、あの人に頼みにいったのよ」
その願いを烈華は聞き入れることはなかった。
「あの女、私がせっかくお願いしたのに、馬鹿げたことを言うな、お断りだって怒って、ぜんぜん聞き入れてくれなかったのよ」
皇后は懐に隠していた短刀を持ちだして烈華を脅したという。
「毒を塗った刃物を見せたら怖がって、娘を嫁がせると言うと思ったの。けれども違ったわ。そんな毒では殺せないって言ったのよ」
どんな毒ならば殺せるのか、そんな質問を投げかけたところ、唯一烈華を殺すことができる究極毒を所持していると言ったという。
皇后はそこで究極毒の存在を知ったのだとか。
「あの人は死ぬことなんて怖くない。娘を差しだすくらいだったら、自分が死んだほうがましだって叫んだのよ」
奇しくも、山茶花と烈華は同じ言葉を皇后にぶつけていたようだ。
「あの人があまりにも刺せ、刺せって煽るものだから、本当に刺してしまったのよ!」
皇后が手にしていた短刀は烈華の腹部に深く突き刺さる。
曼珠沙華のような毒々しい血が辺りに散ったという。
「それを見てさすがの私も我に返って、そのまま逃げたわ」
彼女はすぐさま皇帝に向かって、烈華が短刀で自ら命を絶ったと報告したという。
「ふふ、皇帝陛下は私の言葉を信じてしまったの」
皇后が自死するなど外聞が悪いと判断され、烈華は変死扱いとなった。
「私の言うことを聞かないからそんなことになったの! 山茶花、あなたもよ!」
「わたくし、わたくしは――!」
割れるような頭痛を覚え、山茶花は蹲る。
「ああ、ああ、なんていう……!!」
あの日の記憶のすべてを山茶花は取り戻す。
烈華の最期は壮絶なものだった。




