まさかの事態
山茶花はすぐに呼びかけた。
「青香妃! 起きてください! 起きて!」
耳元で叫ぶも反応はなし。
続いて青香妃の口元に耳を近づけ、呼吸音が聞こえるか確認する。
「息、してる?」
「いいえ」
胸に手を当ててみたものの、心臓から鼓動は感じない。
最後に手首に指先を当てて脈を調べてみる。これも確認できなかった。
「あなた、青香妃は亡くなられています」
「なっ――!?」
病気か毒殺かはわからない。けれども女官が一人もいないという異常な状態で、青香妃が息絶えていることだけは確かである。
「あなた、どうします?」
「ひとまず皇后に報告をして――」
今後の対処について話し合う中、ドタバタと大きな足音が聞こえた。
「え、何?」
「女官が立ち入る物音でないことは確実かと」
「山茶花、冷静だね」
奥だ! 進め! という野太い怒号のような声も響いていた。
山茶花が青香妃の枕元から立ち上がると、夕星が守るように前に出てくれた。
それと同時に扉が勢いよく開かれる。
押しかけてきたように登場したのは、武装した兵士だった。
「女の悲鳴が聞こえてきたと思えば」
「何事だ!?」
山茶花はそこまで大きな悲鳴などあげていない。それなのにどこから声を聞き、駆けつけたというのか。山茶花は冷静な様子で兵士達を睨むように見つめる。
兵士の一人がどかどかやってきて、口から血を流した青香妃の状態に気付く。
「なっ、死んでる!?」
「お前、青香妃を殺したな!?」
「はい?」
いったい何を言っているのか。山茶花は問いかけるも、彼らは聞く耳なんぞ持っていないようだった。
「この者達を捕らえよ!!」
「はっ!!」
大勢の兵士達が押しかけてきた。
夕星が山茶花に手を伸ばすも、兵士の一人が頭を掴んで床に伏せられていた。
じたばたと抵抗していたようだが、頭を殴られて失神したようだ。
「乱暴なことはしないでくださいませ! どこにでも同行いたしますので!」
そう訴えると山茶花の腕に縄がぐるぐる巻きにされる。
まるで罪人のように、山茶花は連れて行かれたのだった。
脱出が難しいと思われた月宮から、連行という形で外に出ることとなった。
空には満月がぽっかり浮かぶ。
いつもならば美しいと思う月も、連行されている中ではどこか不気味に見える。
「よそ見しないで歩け!!」
「わかっておりますとも」
夕星は暴れると思われたからか、全身縄で巻かれていた。運ばれる様子を見ながら、まるでイモムシのようだと思う。
山茶花と夕星は縄で拘束された状態で馬車に乗せられ、運ばれていく。
そんな状況を山茶花は冷静に受け止めていた。
馬車には格子が填め込まれ、逃げられないような構造になっていた。
見張りの兵士はおらず、夕星と二人きりとなる。
「あなた、意識はあるのでしょう?」
「あ、バレた?」
「ええ。殴られた場所は大丈夫ですの?」
「うん、平気。私、石頭でさー。たぶんだけれど、殴ったほうが痛かったと思う」
その会話を最後に山茶花と夕星は押し黙る。互いにここで何を話しても無駄だと思ったからだ。
その後、馬車は後宮内にある罪人を収容する建物に到着した。
ここでは主に横領した女官や盗みを働いた宦官などが連行され、罰を受けているのだ。
公主や妃が捕らえられたという記録はこれまでなかっただろう。
貴人を収容するような場所はないようで、他の罪人らと同じように地下牢へと連れていかれた。
山茶花と夕星は二人仲よく一つの牢に入れられる。
そこは四つの牢がある空間だったが、他に収容されている者達はいないようだった。
「そこで反省してろ!!」
兵士はそんな言葉を吐き捨て、重く堅牢な扉をバタン! と大きな音を立てて閉ざした。
地下牢は灯りなんてあるわけもなく真っ暗である。ただ手を伸ばしたら夕星がいることだけはわかった。
「山茶花、ケガはない?」
「ええ、おかげさまで」
「よかった」
それから夕星は何も言わずに山茶花の手を握った。まるで大丈夫、と言ってくれるような気がして山茶花は励まされる。
どこで誰が話を聞いているかわからないのだ。余計なことは言わないほうがいい。それだけは互いに理解し合っていた。
いったい誰がこのような事件を画策したものか。犯人は山茶花が月宮へ行くと知っている者だろう。
不審な点と言えば女官達の不在である。どうして彼女達は一人もいなかったのか。
山茶花の訪問をもっとも早く知り、犯行の計画を可能とするのは女官だろう。
ただ、山茶花に殺人の罪を押しつけた意味が理解できない。
誰かの依頼だった? それとも罪を被らせるならば誰でもよかった?
わからない。
青香妃は十八歳で天真爛漫な性格だったと聞いている。
どんな人物なのか、山茶花も会って話してみたいと思っていたのだ。
それなのに青香妃は一言も言葉を交わさずに命を散らしていた。
いったい誰が犯人なのか。
今頃犯人は山茶花に罪をなすりつけ、どこかでほくそ笑んでいるに違いない。
「絶対に、許しませんわ!」
力強い声は牢に響き渡る。
夕星の山茶花の手をぎゅっと握って応えてくれた。




