鳳凰宮にて
雪宮の問題も無事解決したので、皇后に報告にいった。
「そう、お母様の形見が麗明妃の体内で猛威を揮っていたのね」
「ええ」
鉱物に含まれる毒については理解が遅れていて、知らずに使っている者も少なくないという。
「五十年ほど前に後宮で流行ったとされる〝鶏冠石〟も、毒を含んだ鉱物だったようで」
ただ、その当時はその毒性が明らかにされておらず、使用していた妃らの死をもって流行は収束していったのだ。
その後、鶏冠石が使われた宝飾品などは皇后の宝物庫に保管されていたようだが、山茶花の母烈華が発見し、嬉々として薬院宮に持ち帰っていたのだ。
「まあ! 彼女は知っていて持ち帰ったというの?」
「はい。母は毒を含む珍しい品を蒐集しておりまして」
信じがたい、という目で見られる。薬院宮の地下はとてつもなく広く、そこに大量の毒や毒を含んだ珍品が保管されているのだ。
それについての情報を皇后が知ったら卒倒するかもしれない、と思って山茶花は黙っておく。
「鶏冠石にはどんな毒が含まれているの?」
「〝砒霜〟と呼ばれる強い毒がありまして、その毒性は〝猛き貔貅の如し〟と言われていたそうです」
貔貅というのは伝承などに登場する猛獣の名である。
この世の獣では例えきれないくらい強い毒が含まれている、という意味合いだったのだろう、と山茶花は考えていた。
「恐ろしい……。知らなかったら、結婚式に身につけていたかもしれないわ」
鉱物だけではない。毒は身近な場所にたくさんある。学ぶことはとても大事なのだ、と山茶花も今回の件で痛感した。
何はともあれ、雪宮の麗明妃が体調を崩していた原因は判明した。
詳しく調べてみたら、烈華の暗躍でもなんでもなかったわけである。
「解決できたと言いましても、わたくしの推測は大きく外れたわけですが」
「麗明妃の心に寄り添い、手を差し伸べたあなただからこそ、解決できたのよ」
「そのようにおっしゃっていただけると救われます」
まさか麗明妃と親しくならないと原因が判明しないとは、誰も気づけなかっただろう。
「皇帝陛下にさえ、麗明妃は胆礬を見せていなかったわけだから」
「そう、ですわね」
皇帝には心を許しているとはいっても、どこか一定の距離を置いていたのかもしれない。山茶花はそのように感じていた。
「次は最後ね」
「ええ」
月宮の青香妃――四夫人の中でもっとも若く、十八歳だという。
十四歳のときに後宮入りしたので、四年間の妃としての歴があるわけである。
「彼女はどのようなお方なのですか?」
「一言で表すのならば〝天真爛漫〟ね」
麗明妃とは違った明るさがあり、元気いっぱい暮らしていたという。
けれども烈華の死後、体調を崩すようになったのだとか。
「それまで一度も具合を悪くしたことがなかったの」
「倦怠感と眠気、でしたか?」
「そう……」
皇后は妊娠初期症状だと思って、医者に診察を命じたようだが、そのような兆しはないという。
念のため皇帝にも聞いたのだが、自分の娘と同じ年頃の少女と寝る気が起きず、これまで一度も手を出していないと言っていたのだとか。
「陛下は青香妃のもとへ通うさい、一緒に畑仕事をされていたようで」
「そ、そうだったのですね」
農作業を行う皇帝の姿が想像できず、山茶花は理解に苦しむ。
皇帝が気さくな人だということはない。おそらく青香妃の天真爛漫さが、皇帝をらしくなくさせているのだろうと思った。
「私のところにも、月宮の庭で育てた野菜を持ってきてくれていたの」
「はあ、そうだったのですね」
四年前、十四歳の頃に後宮入りした青香妃はまだ幼さを残す少女で、毎日のように家に帰りたいと泣いていたという。そんな青香妃を同じ年の娘を持つ皇后は励まし、支えていたという。
「育ててはいないのだけれど、他の妃よりも気にかけることが多かったから、娘のように思っているのよ」
「そうだったのですね」
心配し、見舞いにも足を運んだようだが、眠気が強いようでまともに話などできなかったという。
「これまでの妃のように、解決してくれることを祈っているわ」
山茶花も心の中でこれが最後だ、と思う。
青香妃の問題を解決して、これまで通り薬院宮で平穏な暮らしをするのだ、と心に誓った。
「では、月宮に調査に行って参ります」
「よろしくね」
廊下で待っていた夕星と合流する。女装した姿を見られたくなくて、皇后のいる部屋に同行しなかったのだ。
さすがの夕星も知人に見られるのは嫌らしい。
「山茶花、私がいないこと、皇后は気にしてなかった?」
「ええ、まったく」
前回、夕星が毒に中っていなかったため、不在を不思議に思わなかったのだろう。
「うう、自業自得なんだけれど、なんだか存在感がないみたいで複雑~」
そんな会話をしていると、前方から月花がやってくる。
「山茶花ではないか!」
のしのしとやってきて、辺りをキョロキョロ見回す。
「ん、夕星様は一緒ではないのか?」
「ええ、まあ、なんと言えばいいのか」
「どうして連れてこないんだ!」
「そう言われましても」
どう返せばいいのかと山茶花が困惑しているところに、背後にいた夕星の存在に月花は気付く。
「そ、そこにおるのは、夕星様なのか!?」
「うわあ、ばれた!」
隠し通せると思っていたようだが、相手は夕星の熱心な支持者である。雰囲気や背丈などでわかってしまうのだろう。
「驚いた。女装がそのように似合う者を見たのは初めてだ!」
「いやー、見ないでー!」
「いやいや、美しい顔を隠すでない!」
夕星の女装姿は月花に好評だったようだ。二人は山茶花の周りでぐるぐると追いかけっこを始めたのだが、いい加減にしてほしいと止める。
「最後に夕星様の姿を見ることができて、よかった。まあ、女装だったが」
「最後?」
「ああ。もうすぐ妾は異国の地へ嫁入りするのだぞ」
そういえばそんな話を聞いていた。なんでもずっと急かされていたようだが、皇后が難色を示していたという。
「母君は少し待ったら嫁入りを免除されると言っておったのだが、難しいようで」
「免除、ですの?」
「ああ。代わりの者がいるかもしれないとか、なんとか」
公主の代わりなんていない。だが、過去に皇帝が養子を引き取って血縁関係にない娘を嫁入りさせたという話を耳にした覚えがあったため、替え玉といっては聞こえが悪いものの、月花に代わって嫁がせる者を探そうとしていたのかもしれない。
「お主とはケンカばかりだったな」
「ケンカ、と言っていいのかわかりませんが」
月花が一方的に絡むだけで、山茶花はまともに相手にしていなかったのだ。
「思えば、わらわはお主が羨ましかったのかもしれない」
「わたくしが、ですか?」
「ああ。薬院宮に引きこもって好きなことをして、結婚を命じられることもなく、のうのうと暮らしているように思っていたんだ」
「それは――」
ある意味間違いではない。もちろん苦しみなどない人生ではなかったとは言えないが、薬院宮の管理をするという役目が山茶花を公主の務めから守っていたのだ。
「ただそれも、先代皇后が遺した悪評を背負い、後宮の騒動を解決するために奔走するお主を見て、わらわの勘違いだったと気づけたのだ」
月宮は「すまなかった」と言って頭を下げる。
「謝るなんて、あなたらしくありませんわ」
「なんだ、せっかくわらわのほうから謝ってやっているというのに!」
「その調子です」
月花は月花らしく、どこでも偉そうに振る舞って生きてほしい。山茶花はそう願う。
「結婚祝いが欲しいのだが」
「なんですの?」
「先代皇后が遺したという〝究極毒〟だ」
「あなたどこでそれを?」
「女官らが話していたのだ」
いったいなんに使うのか。話を聞いただけで山茶花はくらくらとめまいを覚えてしまいそうだった。
「結婚相手が酷い男性だったときに、自ら命を絶とうとしているのではありませんよね?」
「まさか! 逆だ。相手の男がとんでもない男だった場合、究極毒で殺してやろうと思ったのだ」
「まあ!!」
心の奥底から呆れてしまう。
「究極毒は苦しまずに相手を殺すことができるのだろう? さらにその毒は誰にも見つけられず、証拠も残らない最高級の毒だと」
「知りませんわ、そんなこと!」
噂が一人歩きしていたのだろう、と山茶花は思う。
月花が殊勝な様子で謝罪したのも、究極毒を得るためだったのだ。
呆れて言葉がでない。
「それではごきげんよう」
「待て、山茶花!!」
月花が追いかけてきたものの、山茶花は全力疾走で鳳凰宮をあとにしたのだった。




