山茶花の女官!?
山茶花の叫びを聞いて、女官が駆けつける。
「公主様、どうかなさったのです――きゃあ!!」
「わあ!!」
やってきた女官と同じくらいの熱量で、夕星も驚いてしまう。
なぜならば、やってきた女官が武官と見まがうくらいの筋骨隆々とした女装の大男だったから。
「え、君、何者?」
女官は夕星の持つ常人では持ち得ない雰囲気からただの侵入者ではないと察したのだろう。すぐにその場に膝を突いて名乗る。
「あたくしめは公主様の筆頭女官であります。周南天と申します」
「武官じゃなくて、女官?」
「はい、女官でございます」
声も体格も挙動も、何もかもが男なので夕星は戸惑っている様子だった。助けを求めるように山茶花を見つめる。
薬院宮にいる女官は南天のみ。彼も毒に耐性があるので、ここでの暮らしが成立しているのだ。
「彼は――元より母の武官として皇帝陛下の宮廷にやってきた者だったんです」
「後宮に入れるってことは、去勢しているってこと?」
「ええ」
傍若無人だった母、烈華の代わりに母のように、姉のように山茶花を育ててくれたのが南天だったのだ。
「皇太子殿下、あたくしめは誠心誠意、公主様にお仕えしている身でございます」
「南天、彼はお兄様ではありませんわ」
「そ、そうなのですか!?」
南天はこれまで夕星を皇太子だと思っていたらしい。それも無理はない。夕星と皇太子は驚くほどそっくりだから。
「彼は天帝の眷属で、夕星というそうです」
「夕星様、ですか」
「よろしくね!」
そう言って夕星は手を差し伸べたものの、南天は一歩下がり、深く頭を下げるばかりだった。
そんな夕星の手には皇太子から届いた巻物を突き返しておく。
「母の作った究極毒を提出するように、とのことですが、わたくしには難しいように思います。なぜかと言えば、わたくしには母の記憶がないからです」
「それはどうして?」
「……」
母烈火華について深く考えようとすると、山茶花の頭がズキズキと痛み、胸が苦しくなる。
原因については今もわからないまま。
山茶花の代わりに南天が答えた。
「公主様は烈華妃の死を目の当たりにし、大きな衝撃を受けたようで、その影響で記憶をなくしてしまったのではないか、と後宮を出入りしているお医者様が言っておりました」
「そう、だったんだ」
烈華の死に様は壮絶だった。
目や鼻、口、耳などありとあらゆる穴から血を噴き、もがき苦しむように死んだのだ。
「死因についても謎に包まれておりまして……」
烈華の遺体は調合室に横たわっていた。
死因に繋がるような酷い外傷はなかったものの、苦しみのあまり喉を爪で掻き毟っていたような痕が目立っていたようだ。
毒ではないかと囁かれていたものの、烈華は専属薬師だった時代に皇帝の毒見係を務めており、誰よりも毒に耐性がある者として有名だった。
「不治の病か、誰かが呪い殺したのか……今でもわかっておりません」
そんな烈華妃の死は原因不明のまま、変死として片付けられてしまった。
「烈華妃が所有していた究極毒で自害した、という可能性は?」
夕星の仮説に、南天は悲痛な表情を浮かべながら言葉を返す。
「烈華妃が自ら死を選ぶなんて、天と地がひっくり返ってもないことです! あのお方は誰よりも生きることに貪欲でしたから!」
――この世の敵が全員息絶えるまで生き続けてやる!
生前、烈華がよく口にしていた言葉らしい。
そんな彼女が自害を選ぶなんて、ありえないことだと南天は訴える。
「そっか、そうだったんだ」
山茶花はくらくらと目眩を覚えていたものの、大丈夫かと夕星が肩に触れてきたのできつく睨み付けた。
「わたくしに、触れないでくださいませ!」
「え、どうして」
「それは……」
――あなたは誰にも触れさせることは許してはいけないの。私の唯一の宝物だから。
誰か、女性の声が脳裏に響いたものの、山茶花はぶんぶんを頭を振ってかき消す。
「公主であるわたくしに触れていいのは、夫たる者のみですから」
「そっか、そっか! だったら結婚する?」
夕飯の品目を決めるかのように、夕星は気軽に結婚を提案した。
「どうして、ですの!?」
地を這うような低い声で問いかける。
「え、だって一緒に調査するんだったら、公主の夫としてあったほうがいろいろ動きやすいでしょう?」
「別に、お兄様の代理でやってきた臣下その一、でいいのではなくって?」
「そうなんだけれど、利害関係がわからない男女がいろいろ嗅ぎ回るよりも、夫婦だったほうが後宮の人達が安心するかなって思ったんだ」
たしかに夕星の言い分は理にかなっている。
けれどもそれを了承するわけがなかった。
「そもそも、わたくしはお兄様の調査に協力するつもりはありませんの」
「え、どうして!?」
夕星は瞳がこぼれ落ちそうなくらい目を見開く。
「ここを追放されてもいいの!?」
「追放されて困るのはわたくしではなく、お兄様達かと思われます。ここの毒は脅威ですので」
薬院宮は高い塀があるものの、毒を持つ蔦が壁を這って外に出る可能性はゼロとは言えない。山茶花は日々、ここの毒草が外に広がらないよう世話をしているのだ。
「お兄様が追放を命じても武官が立ち入ることなどできませんし、土まで汚染された毒草園をなくすことは無理かと思われます。さらに薬院宮を燃やしたとしても毒を含んだ煙を吸った者は死んでしまうでしょう」
薬院宮に引きこもってさえいれば、外部からの脅威に晒されずに済むのだ。
「でも、食料とかなくなったら困るんじゃない?」
「薬院宮には地下道が通っていまして、そこから城下町へ行くこともできますので」
わざわざ山茶花が後宮の外へ食料を貰いにいっていたのは、薬院宮に住む者達が不気味だと思われないためだという。
「そっか、そっか。ここは誰も立ち入ることができない、最強の毒要塞なんだ」
「ええ。そういうわけですから、調査には協力できません」
「そんなー!」
今度は夕星の叫びが薬草園に響き渡った。