山茶花の想い
今すぐにでも行きたい気持ちはあったものの、山茶花は酔いが抜けておらず、まともに歩けそうにない。
南天が生薬を煎じて作った酔い覚ましを飲んで少し休んでいたらよくなったものの、起き上がれるようになったのは夜も更けるような時間帯だった。
南天と夕星は囲炉裏を囲み、芋粥を食べていたらしい。
山茶花もほんの少しだけ食べることにした。
毒鍋事件以来、烈華は芋粥を作ることを強く禁じたようだ。その影響で南天は数十年ぶりに芋粥を食べたという。
「お母様ったら、信じられないくらい頑固でしたのね」
「ええ。頑固という言葉が擬人化したようなお方でしたわ」
烈華に関する記憶はどの程度戻ってきたかはわからない。
けれども烈華は山茶花を正しく在るように育て、持ちうる知識のすべてを与えながら生きてきたということはわかる。
「母に関する記憶が空っぽのときは、後宮の騒動はもしかしたら母の仕業かもしれない、とほんの少しですが思う瞬間があったんです」
けれども夕星と共に後宮内を調査し、記憶を取り戻す中で、烈華の暗躍だけはありえないと思うようになっていた。
いったい誰が烈華のせいだと触れ回っていたのか。そして、烈華が所持していたとされる究極毒を手に入れ、山茶花の追放を目論んでいたのは誰だったのか。
その点についてはいまだわからない。
「はっきり言えるのは、今回の騒動に母が関わっていないとだけ」
「それは確実かと思います」
「私もそう思うよ」
南天だけでなく、夕星も山茶花の意見に同意してくれた。これ以上、嬉しいことはないだろうと山茶花は思う。
ここで南天が土鍋を洗ってくるといっていなくなる。
部屋には山茶花と夕星だけが残された。
二人きりになると、つい夕星を意識してしまう。
彼について考えないようにしていたのに、目の前にいるとつい思考の波に飲み込まれてしまうのだ。
麗明妃からの言葉を受け、山茶花は夕星に対する疑念が生まれた。
けれども今となってはどうでもいいことなのではないか、と思う。
こうして皆で食事を囲み、楽しく語り合うだけで幸せである。
亡き母もこういう未来を望んでいるように思えてならなかった。
「ときおり、薬院宮にこもって、外部からの情報を遮断したい、と思うときがありますの」
何も知らないのであれば、心を痛めずにただただ平穏な毎日を過ごすことができる。
「人との出会いは刺激があって、いい影響を引き出すときもありますが、普段、人と関わらないわたくしにとって毒のように思える瞬間もありまして……」
「山茶花、わかるよ」
ここで夕星の共感が得られるとは思わず驚いてしまう。
「あなたは人が大好きで、人と出会って会話すればするほど元気になるお方だと思っていました」
「これまではそうだったんだけれど、山茶花に出会って、山茶花がさまざまなことを知って、心を痛める様子を見ると辛くてね。そんな顔をさせてしまうくらいだったら、薬院宮に一緒に引きこもって、楽しく暮らすほうがマシだな、って感じるときがあったんだよ」
「そう、でしたのね」
ただ究極毒の入手と山茶花の追放命令は出ていなくとも、夕星は後宮の問題を解決するようにという任務を担っている。
山茶花も妃らと知り合った上に、皇后と会話を重ねるようになった以上、見て見ぬ振りなどできないと思うようになっていた。
「きっと明日には、麗明妃の問題も解決できるでしょう」
残りは月宮にいる青香妃の体調不良の原因が判明したら、役目から解放される。
母烈華の名誉も守れるので、最後まで任を果たすつもりであった。
「そのあとは、皇帝陛下に頼んで新婚旅行に行く?」
「はい?」
「後宮の問題を解決したら、それくらいご褒美として許されると思うのだけれど」
我が耳を疑うような発言だったので、山茶花は聞き返す。
「あの、新婚旅行というのは?」
「どこにいきたい?」
「まさか、わたくしとあなたの新婚旅行だというのですか?」
「そうだよ~。他に誰がいるの?」
山茶花は眉間に刻まれた皺を指先で解し、呼吸を整えてから問いかける。
「あなたはこの問題が解決したあとも、わたくしの夫で在り続けるおつもりですの?」
「そうだけれど」
屈託のない笑みを返される。
山茶花のことを実の妹だと把握しているようには思えなかった。
もうこうなったら直接本人に聞いてやる。山茶花は半ば自棄になりながら、以前より胸の中でくすぶっていた疑問をぶつけた。
「あの、あなたは本当に天帝の眷属ですの?」
「えー、今更それを聞くの?」
「怪しさしかありませんので!」
「酷い! 天帝の眷属でなければなんなんだよ~」
「お兄様の双子の弟ではないのですか?」
聞いた、聞いてしまった。
山茶花はどくどくと激しく脈打つ胸を押さえ、まっすぐ夕星を見つめる。
彼は意表を突かれたかのように目を丸くしていた。
「それ、もしかして誰かから聞いたの?」
「単なる憶測ですわ」
兄狼灰と顔がそっくりなこと、初めて出会って日、狼灰の替え玉のような振る舞いをしたこと、さらに皇室は双子の存在を忌み、通常であれば殺してしまうことなど、怪しいと思う点が多々あったのだ。
「毒のことだってそうです。天帝の眷属であれば、完全に防いでいてもおかしくないと思うのですが」
「まあ~、それはこの体が人間の姿だから、人間の体の機能に引きずられるんだよ」
もっともらしい理由を言ってくれる。山茶花は腕組みし、尋問を続ける。
「では、天帝の眷属らしい能力の一つでも見せていただけますか?」
「天帝の眷属が人化しただけでも、すごいと思わない?」
「通常はどのような姿をなさっているのですか?」
「かわいい龍の姿だよ」
「お見せいただけます?」
「いや、戻ったら千年は人の姿になれないから、無理だよ~」
山茶花の夫であり続けるのならば人の姿がいい! と夕星は主張する。
「何を聞いてももっともらしいことしかおっしゃいませんのね!」
「だって事実なんだもん!」
はーーーー、とこの世の深淵にまで届いてしまいそうなため息を零してしまう。
夕星を尋問しても、彼が天帝の眷属でない証拠は見つかりそうになかった。
「狼灰の双子でないことは否定するよ。私と山茶花は兄妹ではない。絶対に」
夕星は山茶花の手を握り、まっすぐな瞳を向けながら言ってくれる。
不思議と嘘を言っているようには思えなかった。
「山茶花、これからも私の妻でいてくれるね?」
どこの誰か証拠もないような男を前にしながら、山茶花はこっくりと頷いてしまった。




