まさかの提案
南天に気持ちを打ち明けた山茶花は妙にスッキリした気持ちで家に帰る。
そんな彼女を夕星は明るく出迎えた。
「お帰りなさい、山茶花! 今日は一人で寂しかったよ!」
抱きつきそうなくらいの勢いで出迎えてくれる。ここ最近は抱擁を許していたが、今日は回避してしまった。
「どうして避けるの!?」
「まだ病み上がりでしょう」
「そうだけれど! このとおりピンピンしているから!」
「まだ安静にしていてくださいませ」
「わかったよお」
こういう夕星の言動について、山茶花は妻への愛情表現だと感じていた。
けれどもそれは間違いで、妹への家族愛なのかもしれない。
そんなことを考えると、心がずきんと痛む。
これまで感じたことのない感情を覚えるのと同時に、こんな気持ちになるのならば最初から知らなければよかったとも思ってしまう。
南天に話したからもう大丈夫だ、なんて思っていたのにすぐこれである。山茶花は自らの在りように呆れつつ、話題を別のものに逸らした。
「麗明妃から食事をいただいてきました。夕食はそれにしましょう」
「やったー!」
一応、山茶花が毒見として一通り食べたが、毒が混入しているようには思えなかった。
安心して食べてほしいと伝えると、夕星は言葉を返す。
「だったら食事以外に原因があるってこと?」
「ええ、そうかもしれませんね」
今日、麗明妃の体調はよかったものの、あまり調査はできなかった。
明日、再度訪問しようか、なんて口にしていたら、夕星も同行するなどと言い出す。
「もうぜんぜん元気だし、明日は雪宮に行けるよ!」
「いえ、その」
「どうかしたの?」
「それが、雪宮は皇帝陛下以外の男性は出入り禁止のようで」
「なんで!?」
「麗明妃が大の男性嫌いでしたの」
「そうだったんだ! でも私は皇帝陛下の勅命があるから、雪宮への立ち入りは許されると思うんだけれど」
麗明妃は夕星について本物の天帝の眷属が疑っているようだった。会わせないほうがいいのではないか、と思ってしまう。
今日、調査を休んだからか、夕星はやる気を出している。
そんな彼になんと言って同行を断ろうか。
山茶花が言葉を探していたら、南天がまさかの提案をした。
「でしたら夕星様は女装をされて、女官として雪宮に行けばよいのでは?」
「えっ、女装?」
「ええ。もしも無理矢理押し入った結果、男性がやってきたと知った麗明妃の具合が悪くなるかもしれませんし」
「うーーーん、まあ、そうかもしれないけれど、女装かあ」
山茶花は心の中で南天の助言に感謝する。
夕星も女装をしてまで同行したいとは言わないだろう。
なんて思っていたが――。
「わかった! 自信はないけれど、女装してみよう」
「どうしてそうなりますの!?」
山茶花は心の奥底から叫んでしまった。
まさか女装を承諾するとは夢にも思っていなかったのである。
南天も同じことを考えていたようで、口元を押さえていた。
「ねえねえ南天、私、女装が似合うと思う?」
「え、ええ。そう、ですわね。夕星様は顔立ちが大変整っていらっしゃるので、お美しい姿になるかと」
「そう? よかったー。似合う自信がなかったんだよねえ。南天、よかったら女装を伝授してくれる?」
「えー、まあ、その、私でお役に立てるのならば」
「よかった、ありがとう!」
同行させないために提案した女装だったが、夕星はやる気を見せていた。
どうしてこんな状況になってしまったのか。山茶花は思わず天井を仰いでしまった。
翌日、南天は朝から夕星に女装を施す。
服は南天が使っていた女官用を夕星の寸法に合わせたものを仕立ててくれた。
化粧を施し、髪を結い、女官の服を纏った夕星は美しかった。
「山茶花、どう? 思っていたよりも似合っていて自分でも驚いたんだけれど」
「ええ、おきれいですわ」
顔や格好だけ見たら美貌の女官に見える。南天が仕立て直した服も着痩せして見えるように作っているのか、男性特有の体型も隠せているようだった。
けれども背丈が大きいので、女装している男性だとバレてしまうだろう。
「まあ、麗明妃より背は低いので、なんとか誤魔化せるかもしれませんが」
「なるべく膝を曲げて、小さく見えるように努めるよ!」
夕星は自らの女装に自信があるようだが、山茶花は不安しかなかった。
もしも男を連れ込んでいると露見したら、麗明妃からの信用を失ってしまうだろう。
心配しかなかったものの、もはや当たって砕けろの精神で出かけることにした。
「うわあ、女の人ってこんな窮屈な服を着ているんだねえ」
「わたくしにとってはこれが当たり前ですが」
「心から尊敬するよ~~~」
雪宮へ向かう中、山茶花は麗明妃について夕星に伝えておく。
「噂に聞いていましたとおり、とても明るく朗らかなお方でしたわ」
「その様子だと、山茶花にも友好的だったんだ」
「わかります?」
「うん、わかるよ」
それとなく底抜けに明るい部分が夕星に通じるところがあるものだと山茶花は思った。
「昨日お伝えしましたとおり男性嫌いですので、振る舞いなどはご注意を」
「もちろんわかっているよ!」
なるべくしおらしく過ごすから、なんて言っていたものの、麗明妃に会った瞬間に夕星は男性特有の低い声で「金髪に青い瞳のお妃様だー!」なんて声をあげていた。
声でバレるから喋るな、と口止めしていなかったと山茶花は気付く。
麗明妃は眉を顰めて問いかけてきた。
「その者は男だな?」




