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薬院宮の毒草公主は平穏を望む  作者: 江本マシメサ
第三章 雪宮――美食妃の野望

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宴のごちそう

 よくよく見たら料理の数々は盛り付けが華やかなだけで、鮑や海鼠などの高級食材は使われていないようだった。

 どれから食べていいものか戸惑っていたら麗明妃が料理について教えてくれた。


「これは燙干糸タンガンスー。細く切った押し豆腐を湯通ししたものに、刻んだ生姜、干しエビ、香菜こうさいを載せたものをごま油と醤油で和えた料理だ」


 通常、朝食で食べるもののようだが、食が細い女性達のために毎回用意しているのだという。


「庶民が町の飯店でよく口にする料理だが、さっぱりしていておいしいんだ。山茶花公主も食べてみるといい」


 土鍋ごとぐつぐつ煮込み、温かいうちに食べるのが麗明妃は大好きなのだという。


「温かいうちに食べてくれ」

「はい、いただきます」


 毒が含まれた料理ばかり食べる山茶花の舌は、正直他の者達とはずれている。普通の人々がおいしいと感じる料理を同じように味わえるものか、と思いつつ食べた。


「あ――おいしい!」


 豆腐はぽろぽろと頼りない歯ごたえではなく、つるりとのど越しがよくて、絶妙に和えられた汁とよく合う。干しエビのサクサクとした食感もよく、生姜と香菜の風味もすばらしい。

 食事の始まりに相応しい一品だと山茶花は評した。


「お気に召していただけたようで何よりだ」


 続いて目玉となる料理が運ばれてくる。

 鱗みたいな切り目を入れた一匹丸ごとの魚だったが、女官が何やら上からかける。

 すると魚はもくもくと煙を漂わせた。


「まあ……!」

「料理長自慢の一品〝清蒸鮮魚チンジョンシェンユイ〟という料理だ」


 女官がかけたのは熱したごま油らしい。

 山茶花は初めて食べる料理だったが、魚の身は口の中でほろりと解れ、ごま油が豊かに香る。

 自慢というのも納得の料理だった。


 それ以外にも蒸し鶏や豚足煮込み、白身魚のあんかけ、豚肉団子、家鴨の炙り焼きなど、これまで口にしたことがないようなおいしい料理の数々を食べた。

 普段、小食であったはずの山茶花だったが、ここの料理はパクパク食べることができたのである。


「驚きました。わたくし、普段はこんなに食べませんの」

「ここにやってくる女性達はみんなそう言うんだよ」


 なんでも後宮で作られるような定番料理は、女性の美しさを際立たせるための品目が多いらしい。


「肌のために油を控えて、健康のために味付けを薄くして、体重が増えないように野菜中心で――そんな料理のどこがおいしいのか、と憤りさえ覚える」


 ここで提供されるような料理は体が資本となる武官や、街であくせく働く庶民のために作られるような物だと麗明妃は語る。


「過酷な労働を乗り切るには、食事の時間が楽しみでないといけない。そのため、このように栄養たっぷりでおいしい料理が作られているんだよ」

「そういうわけでしたのね」


 普段、料理は南天が作っており、それらは宮廷料理と分類される上品な品目ばかりであった。食が進まないのは毒が含まれる食材が使われているからだと思っていたものの、品目自体にも問題があったようだ。


「麗明妃は鶏ガラのように細い。もっと食べたほうがいい」

「鶏ガラですか」

「ああ、そうだ」


 残った料理は持ち帰って薬院宮で食べるといい、と言って包んでくれた。


「それはそうと、山茶花公主はどこの男と結婚したんだ? 結婚後も後宮の敷地内で暮らせるなんて、かなり特殊な状況だと思うが」

「そう、ですわね」


 後宮内は基本的に、皇族出身者か去勢した宦官しか入れない。

 夕星と山茶花の結婚については込み入った話となるが、麗明妃もいろいろと自らの事情を打ち明けてくれたので、自らも話さなければと思う。


「夫は天帝の眷属で、後宮内の調査をするうえで不審に思われないように、契約的な結婚をしましたの」

「天帝の眷属? なんだそれは?」

「天帝のお世話をする仙人のような存在だとお聞きしましたけれど」

「聞いたことがない」


 山茶花は幼少期から天帝の話を母烈華や南天から聞いていたので、なんら不思議に思わなかった。天帝の話は子ども達の寝物語として広く伝わっているのである。


「麗明妃は母君が異国出身者ですので、ご存じなかったのかもしれません」

「言われてみればそうだったな。ただ、天帝の眷属とやらについて、これまで一度も耳にしたことなどなかったのだが」

「それはたしかに」


 兄狼灰と顔がそっくりだったこと、毒が効かなかったことなどから、素直に信じてしまったのだ。


「皇太子殿下と顔がそっくりなのか。さらに毒を無効化する能力がある、と」

「いえ、一応、毒に中ったら苦しんでいるようで」

「天帝の眷属なのに、完全に防ぐわけではないのか?」

「はい」

「その男、怪しくないか?」


 こうして麗明妃に話してみたら、夕星について怪しく感じてしまう。


「山茶花公主よ、もしや彼はただの人で、嘘を吐いているのではないのか?」

「ただの人、ですか?」

「ああ、そうだ。毒に耐性があるのは、山茶花公主と同じように幼少期から慣らされている可能性がある」

「お兄様にそっくりなのは?」

「双子なのでは?」

「あ――!」


 そういえば先ほど、雪宮の女官泰から皇室に生まれる双子についての話を聞いたばかりだった。

 彼は天帝の眷属であるにもかかわらず、兄狼灰に従うような物言いをしていた。

 本物の天帝の眷属であれば、人間相手に従うような態度など見せないだろう。


「皇室に生まれた双子はあとから生まれたほうが殺される。けれどもこっそり生かし、天帝の眷属として、また皇太子の替え玉として生かされているということもありうるだろう」


 その話を聞いて山茶花は思い出す。

 夕星が薬院宮にやってきたとき、兄狼灰を名乗っていたことを。


「山茶花公主、その男の眷属としての特殊な能力とか目にしたことはあるのか?」

「いいえ、ありませんわ」

「だったら、何かがおかしいと疑ったほうがいい」

「そう、ですわね」


 考えれば考えるほど、心がヒリヒリしてしまう。

 麗明妃の言うとおり、夕星が天帝の眷属だと信じられることが何一つなかったのだ。

 どうしてこれまで疑いもせず、天帝の眷属であると信じていたのか。山茶花は不思議に思ってしまった。


「毒草園にやってきた初めての他人でしたので、信じてしまったのかもしれません」

「皆が恐れている猛毒妃が拠点としていた薬院宮に入りがたる者なんて、いないだろうからな」


 この先、どうすればいいのかわからなくなってしまう。そんな山茶花の迷いを察したのか、麗明妃は助言してくれた。


「一度、その夫を試してみるといい」

「試す、ですか?」

「ああ、そうだ。天帝の眷属であるのならば不老不死のはずだ。耐性がない、珍しい毒を飲ませて反応を見てみるんだ」


 もしも死んでしまったら、それは山茶花を騙そうとした裏切り者である。

 気に病む必要などないと麗明妃は言う。


「嘘を吐く男なんて、絶対に許してはいけない。山茶花公主を利用するためだけに近づいた愚か者だろうから」

「……」


 結局、山茶花は自分のことばかり話してしまい、情報を聞き出すことはできなかった。

 まだまだ調査したかったものの、今日はこれくらいにしようと思って帰ることにした。 

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