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薬院宮の毒草公主は平穏を望む  作者: 江本マシメサ
第三章 雪宮――美食妃の野望

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麗明妃

「麗明妃の私室でございます」

「こ、こちらが?」


 両開きの大きな扉が山茶花を迎える。それは食堂や大広間などがありそうな雰囲気であった。

 控えていた女官が扉を開くと、そこには広い空間が広がっていた。

 異国風の洗練された細長い卓があり、天井からは水晶の灯りがぶら下がっていた。

 卓上には食べきれないくらいの料理が並べられている。


「山茶花公主、よくぞやってきてくれた!」


 明るく大きな声と共にやってきたのは、金色の美しい髪に宝石のような青い瞳を持つ、の大柄な美女であった。

 異国の血を引いた外見であるのが見てわかる。すらりと伸びた背は夕星よりも高いように思えた。

 それだけでも意表を突かれたのだが、麗明妃の髪は肩の高さよりも短く切り揃えられていた。さらに天猽国ではあまり見かけない宝飾品の数々で身を飾っていたのである。

 服装もよくよく見たらこの辺りでは見かけない布地や装飾が使われていた。

 あまりまじまじと見つめたら失礼になると思い、山茶花は自らを名乗る。


「初めてお目にかかります、桜山茶花と申します」

「胡麗明だ」


 手を差し伸べられて戸惑ってしまう。おそらく挨拶の一つなのだろう、と山茶花は察するが初めて目にするものであった。

 天猽国での貴人同士の挨拶は、胸の前で両手を重ね、膝を曲げて軽く会釈をするというものである。


「ああ、すまない。これは普通の人はしないんだったな。握手と言って、手を握る異国の挨拶なんだ」


 言われてみれば、山茶花の母烈華が蒐集していた異国の絵画で、そのような構図を見た覚えがあることを思い出す。


「まあこれは男性同士の挨拶なんだがな。女性の挨拶は体がりそうで」

「まあ、気持ちは分からなくもないのですが」

「そうだろう?」


 山茶花が遠慮がちに手を差し伸べると、麗明妃は嬉しそうに握り返してくれた。

 大きくて温かな手で驚く。

 人なつっこい犬みたいな女性ひとだと思った。


「山茶花公主はなんて愛らしいお方なんだ!」

「そのようなこと、初めて言われましたわ」

「なんということだ! 世の人々は見る目がない!」


 にっこり微笑みかけられ、山茶花は戸惑ってしまう。猛毒妃の娘なので、嫌われて当たり前だと考えていたのに、麗明妃は友好的だったからだ。


「どうかしたのか?」

「いえ、その、わたくしは先代皇后烈華の娘ですので、後宮の妃から好かれていないものだと考えていたんです」

「まあ、山茶花公主に関しては公の場に姿を現さなかったからな。皆、きに噂を流していたのだろう」

「そう、なのかもしれないですわね」


 ひとまず麗明妃は嫌っていない様子だったので、山茶花は安堵する。


「本来であれば夫も一緒にやってくる予定だったのですが、体調を崩してしまい」

「ああ、別に構わない。そもそもここは皇帝陛下以外の男は立ち入り禁止だからな」

「まあ、そうなのですか?」

「皇帝陛下以外の男は信用していないからな!」


 過去に何かあったのか、麗明妃の瞳には怒りが滲んでいるように思えた。

 聞いていいものか迷ったものの、調査をするには麗明妃と親しくなっていたほうがいい。そのためには一歩踏み込まなければならないのだろう。

 こういうとき、思思妃や翡翠妃であればこの場で聞かずに日を置いてから話を聞いたほうがいい。一方、麗明妃の場合は自らの気持ちを隠さない人なので、聞いても問題ないだろう。そう判断し、山茶花は言葉を返す。 


「何かありましたの?」

「ああ、これまで関わったり、話を聞いたりする男共が最低な奴らばかりだったんだ」

「ま、まあ……」


 麗明妃の母は異国から観光にやってきたご令嬢だったらしい。それを見初めたのが麗明妃の父だったという。


「けれどもあの男には正妻がいて、母はただの情人だったのだ」


 麗明妃の母はそれでもいいからと言って、異国の地に一人で残ったという。


「母の実家は太く、毎月のように宝石や金が届いていたようなんだ」


 その支援は麗明妃の父の嘘により成り立っていたのである。


「父は母の両親に、母が正妻だと伝えていたんだ」


 長年嘘を突き通し、金銀財宝の類いを受け取っていたようだ。


「それを知った母は父のもとから去ろうとした。しかし、父はそれを許さなかった」


 麗明妃の父は賭博に興じ、財産のほとんどを失っていたという。


「母の実家からの支援がなければ、暮らしていけないほどの困窮っぷりだったんだ」


 そんな麗明妃の母は病気でこの世を去ったという。治療代も払えず、苦しむ姿を目にしたのが最後だったようだ。


「母の死後、父は私を金蔓として扱うようになったんだ」


 麗明妃の結婚はすぐに決まったらしい。相手は祖父母よりも年上の豪族だった。


「父の思い通りになるものか、と思って長い髪を切ってやったんだ」


 用意された婚礼衣装も切り裂いて、突然押し入った男に襲われたと主張した。


「生娘がよかったらしい豪族は私との結婚を諦めてくれたんだ」


 麗明妃の父は顔に泥を塗ってくれたな! と激高していたようだが、復讐は成功したのである。

 あとは適当な男に嫁いでこの家と別れよう。

 なんて思っていたら、想像もしていなかった状況へ転がっていったという。


「父は異国の奴隷商に私を売り飛ばしたんだ」

「なっ――」


 壮絶過ぎる過去に、山茶花は言葉を失ってしまった。

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