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薬院宮の毒草公主は平穏を望む  作者: 江本マシメサ
第二章 花宮――画師妃の焦燥

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30/50

思いがけない毒

「翡翠妃、その金属は危険です。今すぐ別の部屋へいったほうがよいかと」

「どうして? 青金は化粧の材料にもなるくらい、安全な素材だって兄が言っていたわ」

「翡翠妃のお兄様が?」

「ええ。妊娠するたびに、兄は青金を使った化粧を贈ってくれたのよ」


 それを聞いてゾッとする。

 翡翠妃の子が生まれなかった原因は、鉛の摂取が原因だったようだ。


「とにかく外へ」

「え、ええ、わかったわ」


 突然工房から山茶花と翡翠妃が飛びだしてきたので、夕星は驚いていた。


「え、何? 何事!?」

「工房に毒がありましたの!」

「わあ、それは大変だ」


 夕星が「誰かきて!」と声をあげると、三つ子の女官が駆けつける。


「どうかしましたか?」

「翡翠妃!?」

「公主様も!」

「画材や絵などがない部屋はありますか?」


 あるにはあるが、それは女官達の休憩室らしい。そこでもいいから連れて行くように、と山茶花は頼み込む。


 そこは松厘、竹厘、梅厘専用の休憩室で、大きな卓に寝椅子が置かれた比較的広い部屋である。

 そこに翡翠妃を横にさせるように指示を出した。


「今日はそこまで具合は悪くないのに」

「いえ、しばしの療養が必要でしょう。翡翠妃、あなたはこの手巾が何色に染まっているように見えますか?」


 山茶花が取りだしたのは白い絹の手巾である。

 それを見た翡翠妃は迷うことなく答えた。


「黄色だわ」


 その答えを聞いた瞬間、部屋にいた者達は息を呑む。

 翡翠妃だけが意味がわからずに小首を傾げていた。


「翡翠妃、これは白い手巾ですわ」

「え――? そんなはずないわ、どこからどう見ても、黄色いハンカチじゃないの。ねえ、そうでしょう?」


 翡翠妃は松厘、竹厘、梅厘に確認を取るも、彼女らは口を揃えて「白い手巾です」と答えた。


「どうして、どうして私にだけ黄色く染まっているように見えるの!?」

「翡翠妃、あなたは〝黄視症おうししょう〟を患っているからです」


 それは画師の職業病とも言える病気だろう。

 翡翠妃が所有する白鑞を作る壺を見た瞬間、山茶花の記憶が突然蘇った。

 それは彼女が幼少期に、母烈華が毒を使った絵画を異国から取り寄せた頃の話である。


「美しい色彩を作り出す顔料の中には、人体に悪影響を及ぼす物が多々あるようで、鉛が含まれた白鑞もその一つなんです」


 烈華は画師の命を削って完成させた肖像画だと自慢していたのだ。

 そこに描かれていた人物の肌が黄色く塗られており、幼い山茶花には恐ろしく見えてしまったのだ。それを素直に言うと烈華は教えてくれた。


「黄視症という病気は目にするものすべてが黄色がかったように見えてしまい、色彩感覚がずれてしまうものだ、と母は説明しておりました」

「なっ――!?」


 黄視症の原因の一つとして、鉛が視覚と色覚に影響を及ぼしていると考えられるという。


「鉛中毒の中で瞳に異常が出るという症状は極めて稀なようですが、異国の地では画師の職業病として存在するようです」

「そんな……!」


 翡翠妃が鉛中毒と黄視症を患っているのであれば、初期に報告されためまいや骨や関節の痛み、耳が聞こえにくくなる症状なども納得できる。


「おそらく流産したのも、鉛が原因です。翡翠妃の兄君から受け取った化粧品にも、おそらく鉛が含まれていたのでしょう」


 それを聞いた瞬間、翡翠妃は血の気が引いたような顔色となる。

 三つ子の女官はそんな翡翠妃の傍に集まり、優しく支えていた。


「兄は、わかっていてやったのかしら?」

「どうでしょう?」


 鉛が含まれた化粧品については、知らない者のほうが多い。

 ただ翡翠妃の兄の場合は化粧品に加えて鉛を使う顔料の作り方を伝授したのだ。

 確信犯の可能性は高い。


「きっと、兄は私が憎らしかったのでしょうね」


 絵が皇帝に認められ、皇帝の妃という立場も手に入れた。

 一方、その兄は黄禁城から追放され、画師としての輝かしい未来は閉ざされてしまったのだ。

 光の中にいる妹に対する羨ましいという気持ちが、憎らしいという悪感情に変わっていくのも無理はないのだろう、と山茶花は思った。


「兄を、徹底的に調査してほしいの」

「もちろん、そのつもりですわ」

「すぐにでも皇帝陛下に報告して、武官に捕らえるようにお願いするから」


 翡翠妃の眦には涙が浮かび、静かに流れる。

 失ってしまった命は取り戻せない。その無念な気持ちは晴れることはないだろうが、強く生きてほしいと山茶花は願う。


 花宮での騒動も、山茶花の母烈華が犯人でなかったことが明らかとなった。

 その後、月花について調査していた南天が調査結果を報告してくれた。

 なんでも月花が部屋で行っていたのは、夕星の絵を描くことだったらしい。

 捨ててあった絵を持ってきたようだが、ミミズが這ったような絵だった。

 それらの絵を部屋に飾り、月花は夕星を慕うひとときを楽しんでいたという。


「夕星様への気持ちはなんといいますか、異性へ感じる愛というよりは、憧れのようなものが強いようだ、と女官達が話しておりました」

「そうだったのですね」


 また、山茶花への強い憎しみのようなものもないのではないか、と南天は言う。


「きっと仲よくされたいのかもしれません」

「どこがですの!?」


 ひとまず、月花は翡翠妃の命など狙っていないし、山茶花への脅迫めいた命令を出した張本人ではないだろう、と結論づけた。


 事件がまた一つ解決した山茶花だったが、疲労も積み重なる。

 あと二つも暴かないといけないことを考えただけで、嫌気が差してしまった。

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