〝彼〟の目的
「君、毒は?」
「平気ですわ。わたくしは幼い頃から口にしておりましたから」
この毒草園に適応させるために、山茶花は母や女官から与えられた毒を少量ずつ口にしていた。そのため、この毒草園にある毒に耐性があるのだ。
「わたくしのことはいいとして、まずはお名前をお聞かせいただけますか?」
「そうだね。私は夕星――皇太子殿下の使いっ走りだ」
「お兄様の?」
「そうだよ」
「毒が効かない理由はなんですの? お兄様と面差しがそっくりなわけは?」
「それは、私が天帝の遣いとして存在する眷属だからなんだよ」
「天帝の、眷属……?」
彼、夕星の言う天帝というのはこの〝天猽〟と呼ばれる大国を創世し、皇族を造り出した絶対的な存在である。
天帝は銀龍の姿をしており、見るものすべてをその美しさは見る者すべてを魅了するようだ。
「眷属という存在は初めて耳にしたのですが」
「まあ、そうだね。普段は天帝の傍から離れないから、たとえ皇族であっても会うことはないだろうし」
「ではあなたはなぜ、天帝から離れてここにやってきたのですか?」
「私は好奇心旺盛なところがあってね」
なんでももともとは皇后が皇太子に調査を依頼したのがはじまりだったという。
「猛毒妃の死から一年経っているのにもかかわらず、猛毒妃の毒が後宮で脅威をふるっているらしい」
「まさか! ありえませんわ! 死人がどうやって毒を後宮に振りまいているというのですか?」
「まあまあ、落ち着いて」
後宮では妃らが謎の体調不良を訴えているらしい。
医者が診ても異常はなし。正体不明の不調に悩まされているという。
薬も療養も、薬膳も効果はない。
しだいに不気味がって、猛毒妃の呪いなのではないか、と囁かれるようになったのだとか。
「それで、皇后が皇太子に調査を依頼したみたいなんだけれど、彼、仕事が山積みで死にそうになっていたから代わりに調査してあげようか? って提案して引き受けたわけ!」
顔がそっくりな理由は夕星は天帝の眷属で、皇族は天帝が造り出した存在で天帝を祖としているから。
「なんて言えばいいのかな。ああ、原材料が同じだからそっくりなのかも!」
「はあ」
わかるようなわからないような、曖昧な説明であった。
「それよりも君、山茶花は狼灰とぜんぜん似ていないねえ」
「わたくし達は腹違いの兄妹ですから」
皇帝の皇后はこれまで三名いる。
一人目の皇后は皇太子狼灰の母燦珠璃。真珠妃と名高い美しい皇后だったが、産褥熱で若くして亡くなっている。
二人目の皇后は山茶花の母桜烈華。猛毒妃の名をほしいままにしていたものの、謎の変死を遂げた。
三人目の皇后は一年前に即位した黎雪花。後宮の四夫人の一人だったが、新たな皇后に抜擢された。雪花の娘月花は公主となり、他国への嫁入りの支度が始まっているという噂も流れている。
「母をよく知る女官からは、生き写しのようにそっくりだと言われたことがあります」
「そうだったんだね」
兄である狼灰は父親に似ているともっぱらの噂だった。
「妹さんのほうは?」
「月花は現在の皇后にそっくりだと思います」
これまで山茶花は食料などを確保するために外に出ることがあったのだが、月花は顔を合わせるたびに絡んできたのである。
「敵対視されているというか、なんと言いますか」
母親が皇后に即位すると、その態度もきつくなっていったという。
「もともと猛毒妃の娘であるから気に食わなかったようですが、それに加えてわたくしが公主であり続けているというのも面白くないようで」
公主というのは皇帝の娘のみが名乗れる特別な身分である。
通常であれば母親が皇后時代に生まれた山茶花のみが正統な公主と呼ばれるのだが、皇后雪花は娘を公主とすることと引き換えに即位したのだ。
「へえ、そうなんだ。妹さんとはどれくらいの頻度で顔を合わせているの?」
「それは――」
答えようとした瞬間、山茶花はハッと我に返る。
夕星から話を聞き出そうとしていたのに、いつの間にか自分が話していたのだ。
油断していたら、どんどん情報を引き出されてしまう。
再度山茶花はキッと夕星を睨み、わかりやすく目的を話すように訴えた。
「それで、あなたはここを探りにまいりましたの?」
「まあ、そうなんだけれど、一人では無理そうだから、君が協力してくれないかな、と思ってね」
夕星はそう言って、笑顔で巻物を差し出してくる。
それは貴重な紙を使ったものだった。嫌な予感しかしない。
絹を編んで作った紐を解くと、そこには信じがたい言葉が書かれていた。
「桜山茶花へ命ずる、猛毒妃が所有する〝究極毒〟の提出とともに、後宮の妃らを苦しめる猛毒を取り除くように。もしも叶えられなければ、薬院宮から追放する――ですって!?」
山茶花の手から巻物がするりと落ちていく。
空になった両手で頭を抱え叫んだ。
「わたくし、お母様の究極毒なんて知りませんわ!!」
その叫びは毒草園に広く響き渡った。