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薬院宮の毒草公主は平穏を望む  作者: 江本マシメサ
第二章 花宮――画師妃の焦燥

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月花の目論み

 南天は今日も張り切って縄で扉が閉まらないようにしていた。

 力強い「ふん!」、「はあ!」という声を聞いた夕星は戦々恐々とする。


「山茶花、これ、私でも開けることができないかもしれない」

「心配せずとも、あれを解くことができるのは南天だけでしょうから」

「それを聞いて安心したよ」


 本日、皆が揃って向かうのは鳳凰宮である。ただ一家総出で行くわけにもいかないため、南天は庭の毒草摘みをしてから出かけるようだ。


「裏庭のほうにドクセリが大量に生えておりまして、これ以上広がらないうちに刈っておこうかと思いまして。よろしいでしょうか?」

「ええ、お願いします」


 先行して山茶花と夕星が出かけることとなった。

 二人きりになると、突然夕星が謝罪する。


「山茶花、昨日、南天に余計なことを聞いたみたいでごめん」

「なんでわたくしに謝りますの?」

「いやだって、それを聞いたあとの山茶花、顔が引きつっていたから」

「そんなふうに顔に出ていたなんて、気付いておりませんでした」


 山茶花は無意識のうちに、南天という人物が生きてきた核たる部分に触れないようにしていたのだろう。


「わたくし、これまであまり南天のことを深く知ろうとしていなくて」

「どうして?」

「もしもあれこれ聞いてしまったら、南天がわたくしのもとから去っていきそうで……」「怖かったんだ」


 呑み込んだ言葉を、夕星がズバリと口にする。


「大丈夫だよ、南天はいなくならないから」

「でも、南天は何か隠しているように思えて、それを知ってしまったら彼はきっとわたくしのもとから去ってしまう気がしていますの」

「南天の秘密かー、なんだろうねえ」

「わかりません」


 しんみりとした会話を交わしているうちに鳳凰宮に到着した。

 外で待ち構えていた女官が中へと案内してくれる。

 通されたのは客間ではなく、食堂だった。


「わあ」

「これは……」


 そこには宴のごちそうが並べられていた。

 燕窩えんかの汁物に鮑の甘辛煮、海鼠の酢締め、熊の手の蜂蜜煮、かにの魚油炒め、蒸し貝などなど、めったにお目にかかれない料理の数々だった。

 ここで月花が登場する。華やかな深紅の服に身を包み、金の簪をこれてもかとシャラシャラ鳴らしてやってきたのだ。


「待たせたな!!」


 いつにもなくきらびやかな装いに、山茶花と夕星は揃って目が眩みそうになる。


「あの、月花、この料理はいったいなんですの?」

「翡翠妃に贈った食材が気になったのであろう? 特別に用意させたぞ」


 続いて懇意にしているという商人もやってくる。


「この者は楊李心よう・りしん。長年世話になっている商人だ」


 年の頃は四十前後だろうか。高価であろう立派な眼鏡をかけた知的な印象のある女商人である。


「はじめてお目にかかります、先ほど紹介がありました、楊李心と申します」


 なんでも聞いていいというので、どうやって品物を仕入れているのか聞いてみた。


「これらの品は皇室に献上する目的で船を出し、漁をしたのちに帝都に運ばれ、毒見を経て皇帝陛下や皇后陛下、公主様や四夫人達のもとへお届けするようになっております」


 信用を第一に商売しているようで、毒に関しては用心に用心を重ねていることを強く主張していた。


「こちらの貝の産地をお聞きしてもよろしくって?」

「ああ、そちらは生け簀での独自に育てた貝になります」


 なんでも五年前に貝毒騒動があったため、黄禁城に入れる貝はすべて養殖だという。


こいの養殖は聞いたことがあるのですが、二枚貝もありますのね」

「ええ。安全な食をお届けできるように、ある漁師の一族が成功させたようで」


 貝が海で育ったものではないとしたら、翡翠妃は貝毒が原因で伏しているわけではないのか。同じような麻痺毒は他の魚も持っているものの、翡翠妃は魚料理を好んでいないようで口にしていなかったのだ。


 貝毒ではないとしたら、なぜ、翡翠妃はあのように具合を悪くしているのか。

 毒ではない、病でもないのであれば、流産や月花からの中傷などが原因による心的外傷だったのか。

 調査は出発点に戻ってしまった。

  その後、食事もあまり喉を通らず、月花が喋るばかりの宴の席で山茶花は考え込む。

 何か見落としているのではないか、と。


「山茶花、今日は珍しく大人しいな」

「考え事をしておりました」

「ほう? わらわが用意した食事の席で、考え事をしていたなど、ずいぶんと余裕があるようだな。どれ、余興として琴でも弾いてみないか?」

「お断りしますわ」

「自信がないのか?」

「いえ、もしかしたら爪に毒が付着しているかもしれないので、弦を弾いたら飛び散ってしまいそうで」


 それでもよければ弾くが、と尋ねると月花は顔を真っ赤にさせながら「必要ない!」と激しく拒否していた。


「まったく、何を考えておったのだ?」

「いえ、翡翠妃がこれまで月花に酷い言葉をぶつけられていたのに、最近優しくなったという話を聞きまして。どうしてそのようなことをしたのか、と考え込んでいましたの」

「なっ、それは――」


 おそらく月花は翡翠妃に毒を盛ったわけではない、と山茶花は推測していた。けれども彼女の言動は怪しさしかなかったので、いい機会だと思って聞いてみたのだ。


 月花の顔がどんどん赤く染まっていく。


「わたくし、月花が翡翠妃に毒を盛ったのではないか、と疑っていましたの」

「そんなわけない!! わらわは翡翠妃に夕星様の絵を描いてもらうよう、頼みたかっただけだ!!」


 しーーーん、と静まり返る。

 それから月花はぽつりぽつりと目論みについて打ち明けた。


 なんでも以前まで翡翠妃を誹謗中傷していたのは、彼女が次の皇后になるという噂が流れていたかららしい。

 けれども月花の母が皇后となったあと、翡翠妃の絵の腕前を知って、夕星の肖像画を描いてもらいたいという野望を抱くようになったのだ。


「それで、翡翠妃にあれこれ贈り物をして、ご機嫌取りをしていたわけですのね」

「まあ……そうだ」


 夕星は他人事のように話を聞いて、食事を平らげていた。月花がしようとしていたことに関して、一切の感心がないようだった。おそらく月花にとっては夕星に好意を伝える最大の言動だったのだろう。興味がまったくない、とばかりの様子を目の当たりにした月花は、がっかりした表情を浮かべていたのだった。

 

 その後、鳳凰宮を辞し、家路へ就こうとしていた山茶花と夕星だったが、一度貝毒と月花の目論みについての報告をするために花宮へ向かうことにした。

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