巻物はどこにある?
鍵などない、ごくごく普通の棚だった。強い毒などは山茶花だけが場所を把握している地下収納に隠しているが、巻物に関してはそこまでする必要はないと思っていたのだ。
別の場所に入れたのか、と別の棚を探っていたら、洗濯物を干していた南天が戻ってくる。
「公主様、いかがなさったのですか?」
「命令が描かれた巻物がありませんの」
「あらまあ、どうしてでしょう?」
「わかりません」
南天に巻物が誰から送られてきたものかわからないものだったと打ち明けると、事情を察したのか表情が険しくなる。
「公主様、探しましょう」
「ええ」
山茶花と南天が揃って不在になる時間はいくらでもある。そのさい、玄関に鍵はかけずにいるのだ。
以前、夕星に不用心ではないのか、と山茶花は指摘されていたものの、毒草園に忍び込んでまで盗みを働く者などいないと信じて疑わなかったのだ。
南天が外にある納屋を調べている間、山茶花は地下収納も調べた。けれども巻物はなかったのである。どこを探しても見つけられなかったのだ。
戻ってきた南天から、まだ探していない場所があると言われる。
「どこですの?」
「夕星様の私物が入った包みの中です」
夕星はここにやってきたさい、風呂敷の包みを一つだけ持っていたのだ。
普段、その包みは部屋の片隅に置かれている。
「調べましょうか?」
「いいえ、必要ありませんわ」
彼を疑いたくない、というのが正直な気持ちである。それに巻物はもともと彼が持ってきた物だ。仮に持ち出していたとしてもなんら問題はない。
「本人に直接聞けばいいだけの話です」
「それもそうですね」
ひとまず夕星の帰りを待つこととなった。
それから二時間後、狼灰のところへ行っていた夕星が薬院宮に戻ってくる。
「ただいま!」
出迎えた山茶花に抱擁してこようとしたのだが、「お待ちください」と言って制する。
「え、何、どうしたの?」
夕星は背後に控える南天の様子から、不穏な空気を感じ取ったらしい。
「何かあったんだ」
「ええ」
遠回しに聞くのはまどろっこしいので、山茶花は理路整然と事実を述べた。
「帰宅後、究極毒の提出と後宮の事件解決についての命令が描かれた巻物を確認しようとしたのですが、仕舞っていた棚から紛失しておりまして。探したのですが見つからずに今に至ります」
「うわ、どうして!? 誰か盗みに入ったの!?」
「わかりません」
じっと夕星を見つめる。彼の瞳に嘘、偽りなどあるようには見えない。
山茶花は南天を振り返って確認すると、彼も同じように思っていたのか頷いた。
「あれ? もしかして私、巻物泥棒を疑われてる?」
夕星はあきらかにうろたえた様子を見せ、違う、自分ではないと訴えた。
「ここで服を全部脱いでもいいし、そこの包みを確認してもいいよ!」
「あなたのことは疑っておりません」
「本当!?」
「ええ、嘘は言いませんわ」
「よかった~~~~!」
山茶花は夕星の手を握り、探るようなことをして申し訳なかったと謝罪する。
「いや、ここの中で私が一番怪しいから、疑われるのも無理はないよ」
「あなたではないだろう、とは思っておりましたわ」
「本当?」
「ええ、ですが念のために、と探りを入れさせていただきました」
「ぜんぜん問題ないよ!」
探られて困るものは一つもない、と夕星は言い切る。
そんな彼の手は氷のように冷たかった。寒い中を歩いてきたからだろう。そう思って山茶花は大胆な行動に出てみる。
夕星の体を抱きしめてあげたのだ。
「え、何これ!?」
「体が冷え切っていたようなので」
「うわ~~~、夢かも~~」
「現実ですわ」
そう答えると、夕星が山茶花の体を抱き返す。
思っていた以上に密着する姿勢になったので、山茶花は内心うろたえていた。
けれどもこれは山茶花が始めたことである。探りを入れてしまった後ろめたさもあるので、彼が満足するまで密着することとなった。
この抱擁がいつまで続くものか、と思っていたのだが、途中で南天がゲホンゲホンと咳払いをする。それを聞いた夕星は慌てた様子で離れた。
「ごめん! ついつい嬉しくって」
「いいえ」
構いません、とはまだ言えなかった。
こうして同じ年頃の異性と接することなく育ったため、どうしても羞恥心が生まれてしまう。いずれ慣れるのだろうが、今は抱擁だけで精一杯だった。
「公主様、夕星様、お茶をご用意しました」
「ありがとう」
「やったー、喉カラカラだったんだー」
鳳凰宮から狼灰のところへ向かった夕星だったが、茶の一杯も出されないまま帰されたらしい。
「皇后様のところでたくさん飲んでいたらよかったよ」
南天が淹れてくれたのは、思思妃から貰った椿茶である。
事件を解決してくれた礼として、わざわざ故郷から取り寄せたものを贈ってくれたのだ。
「椿茶は体を温め、心を落ち着かせる効能があるそうですわ」
「だったら今の私にぴったりだ~。山茶花に触れて、胸の動悸が激しくなったんだよねえ」
そういうことは口に出さないでほしい。山茶花は心からそう思ったのだった。




