毒草園にて
マムシグサ――葉や茎、実、球茎など全草に毒を持つ植物である。マムシグサの汁液には長い針状の結晶があって、粘膜に触れると皮膚が炎症する。
「い、痛すぎる」
「こちらを飲んで、吐いてくださいませ!」
「うううう」
マムシグサの毒には水よりも牛乳のほうが効果的であるが高級品なため、皇后ならまだしも後ろ盾のない山茶花が入手できる代物ではない。
山茶花は青年の手を井戸のあるほうへ引いていき、水で口の中を濯ぐように促す。
「もう一杯!」
「お、溺れそう」
「そんなわけありものですか!」
三十分ほど繰り返していると、痛みが引いていったという。
「あ、痛くないかも!」
口内に刺さっていた針状の結晶を洗い流すことができたのだろう。
山茶花はひとまずホッと胸をなで下ろす。
「君、なんで毒の実なんかせっせと摘んでいたの?」
「食べるためですわ」
「え、こんなものを食べているの!?」
「実と球茎は食料です」
特に球茎は救荒食料として重宝されていた時代もあったと説明する。
「球茎には毒がないの?」
「あります。球茎には特に強い毒が」
マムシグサには針状の結晶の他に蕁麻疹を引き起こすものや、嘔吐や痙攣、呼吸障害を起こし、多量に摂取したら最悪死に至る毒が含まれている。
「なんでそんなもの食べていたの!?」
「毒抜きできるからですわ」
「あーーーー」
中央の特に毒性が強い部分は毒矢などに利用し、それ以外の部分は毒抜きをしたら食べられるようになる。
「ただ加工の段階で針状の結晶が肌に遠慮なく刺さる上に、完成したものは正直おいしいとは言えないものですので、あまりオススメはできないのですが」
「だから救荒食料なんだ」
それだけではなく、マムシグサは生薬にもなる。
「痙攣を鎮めたり、痰を取り除いたり、めまい、ひきつけなどを改善する作用もございます」
「まさか毒から薬を作れるなんて」
「毒と薬は表裏一体、というわけですわ」
毒から薬を煎じ、病に苦しみ人達に処方する――かつて、ここは薬院宮と呼ばれる場所だった。
「そっか。ここはそういう意味があった場所だったんだ」
「けれども今は……」
〝猛毒妃の毒草園〟と誰もが囁く。
そう呼ばれていた所以は、とてつもなく壮絶なものであった。
二十年以上も前、後宮には数百もの妃達が暮らしていた。
国中から集められた、琴棋書画を趣味とする家柄のいい美女ばかりである。
その頂点、皇帝の正妃として抜擢されたのが山茶花の母であり、猛毒妃と呼ばれた女性、桜烈華であった。
彼女はもともと後宮に召し上げられた女性ではなく、皇帝の専属薬師としてやってきた。
美貌の持ち主だったため皇后に選ばれたのだ。
ただ、彼女は皇后としての相応しい器の持ち主ではなかった。
皇帝の愛を独り占めしたいばかりに、後宮の女性達を薬学の知識を用いて殺していった。
数百人といた妃らは、二十年以上経った今、後宮には新しい皇后の他に四名しか残っていない。
「気に食わない者達は躊躇することなく、ここにある毒で殺してしまう皇后を恐れて、猛毒妃と呼んでいたそうです」
「わあ、そんないわれがあったんだ」
もともと皇后には大きな宮殿が与えられていたものの、猛毒妃烈華は薬を煎じる場所が欲しいと皇帝に訴え、この薬院宮が造られたのだ。
この薬院宮の敷地はかなり広いものの、住居部分は調合部屋に寝室、風呂場があるだけのささやかなものしかない。
もともとは調合するだけの場所として造られたので無理もなかった。
建設当時は猛毒妃裂華が籠城するように薬院宮に引きこもることなど、誰も予想できていなかったのだ。
「なるほど。ここは誰も立ち入ることができない、鉄壁の要塞みたいな場所なんだ」
「ええ」
一歩立ち入ったら毒に犯され、最悪死に至る。
常人であればのこのこやってくることはできない。
二十年以上もの間、猛毒妃烈華が囚われずに暗躍し続けられたのも、この毒草園があったからなのだ。
彼女の暴挙は妃が一人もいなくなるまで続くと思われていた。
「ただそれは叶いませんでした」
なぜならば、猛毒妃烈華は一年前に謎の変死を遂げたから。
ちょうど今日が喪が明ける日だったのだ。そのため、山茶花は久しぶりの黒以外の服に袖を通したのである。
「死因は?」
「それは――」
なぜ、そのようなことを聞いてくるのか。
山茶花は疑問に思う。
事件からもう一年も経ち、誰も気にしなくなった事件だというのに。
そもそも、彼は何者なのか。
皇太子である兄を名乗り、毒草園へ平然とやってきた男性。
人ならざる存在のようだが、正体不明のまま話し込んでしまった。
じっと見つめていると、紫水晶のような美しい瞳に吸い寄せられそうになる。
目と目が触れ合った瞬間、どくんと胸が高鳴った。
それは人が持たざる〝魔性〟だ、と山茶花は気付く。
視線が交わるうちに思考がかき乱され、くらくらしてきた。
そういえば、と山茶花は気付く。普段であればこのように他人にここの事情を話すことなんてないのに、すらすら喋ってしまった。
何か不思議な術中にでも嵌まっているのだろうか?
このままではいけない。そう思った山茶花はかごに入れていたマムシグサの実を掴むと、口の中に放り込む。
「えっ、ちょっと、何をしているの!?」
「――!!」
口内にチクチクズキズキという強い痛みを感じた。その瞬間、意識がはっきり透明となる。
危うく何もかも答えるところだったのだ。
山茶花は青年のジロリと睨み付けながら質問を投げつける。
「こちら側の事情は充分お話ししました。次はあなたのことを聞かせていただけますか?」
彼の紫水晶の瞳は困惑色に染まっているように見えた。