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薬院宮の毒草公主は平穏を望む  作者: 江本マシメサ
第二章 花宮――画師妃の焦燥
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冬の朝

 薬院宮の塀に沿うように植えられたイチョウの葉は散り、北風がヒュウヒュウすさぶ季節を迎えた。

 南天が用意した薬湯で体を温める毎日が恒例となる。

 冬は隙間風が聞こえるばかりの静かな季節だ。けれども今年は違った。


「さ、寒すぎる!!」


 寒がりな夕星の声が薬院宮に響き渡る。綿入りの上着を着ているようだが、それでも我慢できないような寒さらしい。

 山茶花と南天にとってはいつもの冬という感覚だったので、いくら寒いと訴えられてもピンとこなかったのだ。


「どうしてここってこんなに寒いの!? いいやそれよりもこれまで過ごしてきた〝龍殿りゅうでん〟はどうして寒くなかったんだろう?」

「天帝がお過ごしに龍殿には〝地炉ちろ〟があるからだと思います」

「ちろ?」

「床暖房です」


 建物の外部で火を焚き、床下へ熱が流れるような構造の装置である。

 貴人が住まう場所には、だいたい地炉が設置されているのだ。


「ここにはなんで地炉がないの?」

「火事を警戒しているからですわ」


 もしも火が毒草園に燃え移ったら、後宮中に毒の煙が広がって大量に人が亡くなってしまう。それらを危惧し、なるべく火は使わないようにしているのだ。


「どうしても我慢できないときは、南天に言って火鉢を用意してもらってくださいませ」

「いやいや、うっかり火事になったら責任取れないし」


 大丈夫、と言いかけた山茶花だったが、夕星のどじっぷりを何度も見ているので言葉に詰まる。


「山茶花が抱きしめてくれたら、ポカポカになるかも」

「何をおっしゃっているのですか!」


 山茶花は盛大なため息を吐くと、囲炉裏の炭で沸かしていた薬缶やかんを手に取って桶に注ぐ。そこに天井から吊して干していた薬草の茎をちぎって布に包み、湯に入れたものを夕星に差しだした。


「これは? 飲むの?」

「違います、薬湯ですわ。これに手と足を浸けていたら、少しは体が温かくなるかもしれません」

「へえ、なんの毒草?」

「毒草ではありませんわ。どうしてそう思ったのですの?」

「いや、山茶花の不興を買うことばかり言ってしまうから、息の根を止められるのではないかと思って」

「そんなわけありませんわ」


 それにいくら毒草を与えても夕星は死なない。やっても無駄なことはしない主義だと山茶花は主張しておく。

 そんなことはさておいて。薬湯についての説明をした。


「こちらは〝リュウノウギク〟という植物を入れた薬湯で、冷え性に効果があります」

「へえ、そうだったんだ!」


 先日、風宮に招待されたさい、庭で発見したので分けてもらったのだと説明する。


「てっきり毒草園に自生しているものだと思っていたよ」

「ここにあるのは毒が含まれているので、あなた相手には使いません。あなたが口にするものはすべて、外から持ち込んだ物になります」

「愛だ~~」


 果たして愛なのか、山茶花は疑問に思う。単純に毒に苦しむ夕星を見たくないだけなのだが、憐憫れんびんの感情が強いように思えた。


「どうかしたの?」

「いえ、この行為が愛かどうか考えていましたの」

「絶対に愛だよ~~。だって私がいないところでわざわざ薬草を摘んできてくれるとか、愛以外考えられないから~~」


 たしかに言われてみればそうだ、と山茶花は思ってしまう。

 これまで一人でいるとき他人について考えることなど皆無だったので、夕星は山茶花にとって特別な存在なのだろう。


「ああ、温か~い」


 夕星は体が温まったのか、青白い肌に赤みが差していく。

 それを見ながらよかった、と思った。その感情にも戸惑いを覚える。

 なぜならば家族以外の他人に対して温かな感情を抱くことなんて、初めてのことだったから。

 彼がやってきてからおかしな感情ばかり抱く。自分が自分でないように思えるのだ。

 そんな悩める山茶花をよそに、薬湯を手巾で拭った夕星が思いがけない行動に出る。


「山茶花、こんなに温かくなったよ」


 そう言って手を握ってくれたのだ。彼の温もりに触れた瞬間、山茶花は自らの手が酷く冷たかったことを自覚する。


「うわっ、山茶花の手、氷みたいだ。平気とか言いながら、実は寒かったんだねえ」


 温めてあげる、と言いつつ夕星は山茶花の両手を包み込むように触れた。

 じわじわと感じていた熱が、頬にも移っているような気がしてハッとなる。

 このままではいけないと思って慌てて手を引き抜こうとしたものの、夕星は山茶花の手をぎゅっと掴んで離さなかった。


「あなたの手が冷たくなってしまいます。せっかく薬湯で温かくなったのに」

「大丈夫。手はまた薬湯で温めたらいいだけだから」


 夕星はにっこり微笑んで、とんでもないことを言った。


「手は冷たくなったけれど、君とこうして触れ合っていると胸が温かくなるんだ」

「なっ――!」


 そんなのおかしい、病気ではないのか。

 などと山茶花は思いつつも、自らの胸も温かくなっていることに気付く。

 いったいこれはなんの病気なのか、と考えていたら夕星は心を読んでいたかのように答えた。


「これが〝愛〟なんだ」


 形がなく目に見えない存在ものが愛だという。

 そんなわけあるわけがない、と言い返したかったが、この気持ちはかつて母や南天に感じていたものに似ているようで少し違っていて……。

 初めて抱くものである。

 これが愛なのかもしれない、と認めざるを得なかったのだった。 

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