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薬院宮の毒草公主は平穏を望む  作者: 江本マシメサ
第一章 風宮――美容妃の憂鬱
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生きるために

「椿がどうしたのよ?」

「風宮の庭に植えられているのを見せていただきましたの」

「え? そうなの?」

「はい」


 ここで女官長が遠慮がちな様子で、島から持ってきていた椿だと告げる。


「知らなかったわ」

「花が美しく咲いてから、お教えしようと思っていたんです。ですが、ここに運ぶまでの間に弱っていたようで」

「見たいわ。案内しなさい」

「はい」


 庭に戻ると、女官長が椿を植えた場所まで案内する。

 枯れかけた椿の状態を見て、思思妃は衝撃を受けているようだった。


「これは――!?」

「申し訳ありません。このような状態にしてしまい」

「でも、どうしてこんなふうになってしまったの? 島に伝わる椿は長距離を運んでもへこたれない強さがあるって聞いていたのに」

「それについてですが、おそらく椿が帝都に〝適応〟できなかったのだと思われます」

「適応?」

「ええ。椿だけではなく、思思妃、あなたも」

「わ、私も!?」


 もちろん女官長もだ、と山茶花は自らの推測を伝える。


「椿について思い出したのですが、異国から伝わった花で、原産地は〝軟水〟と呼ばれる水のある国なんです」


 その一方、帝都周辺の地域は〝硬水〟と呼ばれる水が流れている。


「思思妃の島も、おそらく軟水が主流だったのでしょう。それゆえ、軟水で育った椿は島で適応できた」


 硬水は灰分かいぶんをたっぷり含んだ水であり、人によってはくせと苦みを感じる。

 一方、軟水は灰分成分が少なく、口当たりはなめらか。


「おそらく硬水で作ったお茶やお菓子、料理は軟水で作っていたものとは異なる風味がしていたことでしょう」

「そうだわ! 燦の淹れるお茶や作るお菓子が、まずくなったと思っていたの!」

「水の性質のせいだったのですね」

「おそらくそうなのだと思います」


 味覚がおかしくなったように感じたのも、硬水のせいだろうと山茶花は指摘する。


「思思妃の肌や髪に悪影響を及ぼしたのも、硬水が原因だと思われます」


 軟水に比べて硬水は肌への刺激が強く、乾燥を誘発させ、毛穴を詰まらせてしまう可能性があるのだ。


「硬水に多く含まれる灰分を完全に流すことが難しいので、髪が荒れたように感じたのかもしれません」


 井戸に使われた鉄の錆びに関する疑問も、水に含まれる物質の影響が大きいと考えられるのだ。


「硬水には金属の腐食を防ぐ皮膜のようなものが付着するので、錆びにくいのだと思います」


 その一方で、軟水にはそのような働きがないので金属は腐食しやすい。

 結果、赤錆ができてしまうのだろう。


「やっぱり何もかも水のせいだったのね!」


 思思妃は生まれたときから軟水の地で育ち、美容にも特別に力を入れていたため、すぐに影響が出てしまったのだろう、と山茶花は考える。


「でも、これからどうすればいいの? 私は皇帝陛下の妃としてここで暮らしていかなければならないのに……」

「皇帝陛下にお願いして、軟水を取り寄せていただいたらいかが?」

「そんなのできる?」

「天下の皇帝陛下にできないことなどないでしょう」

「そうね……。わかったわ。お願いしてみる」


 しばらくは化粧水を綿などに浸して行う、拭き取り洗顔をすればいい、と山茶花は勧めた。


「試してみるわ。ありがとう」


 思思妃の肌や髪に悪影響を及ぼしていたのは、毒でも猛毒妃烈華の呪いでもなかったのだ。


「その、猛毒妃のせいだとか疑ってしまって悪かったわね」

「いいえ、お気になさらず」


 ひとまず山茶花の肩の荷が一つ下りる。残り三つの問題があるものの、今は深く考えずに解決できたことを喜ぼう、と思った。


 ひとまず皇后に報告しなければ、と思ったのと同時に夕星が戻ってくる。


「山茶花、草むしり終わった~?」


 箒を片手に頭には三角巾を被り、前掛けをかけた姿で登場する。

 その様子を見た思思妃が、ボソリと尋ねてきた。


「あれがあなたの夫なの?」

「ええ、そうみたいです」

「なんで他人事なのよ」

「結婚したばかりですので、あまり実感がなくて」


 ひとまず夕星に思思妃を紹介する。女官の背後に隠れていたので姿を現すと、敷布を頭から被った思思妃の姿を見た夕星は「やっぱり幽霊がいる!」と叫んで怖がる。


「よく見てくださいませ! 敷布を被っているだけの人ですわ!」

「あ、本当だ」


 夕星はどうもどうもと挨拶をするも、思思妃は軽く会釈を返すばかりだった。


「思思妃の体調不良の原因については突き止めることができました」

「えっ、もう!? いったいなんだったの?」

「この地の水質と相性が悪かったようで」

「ああ、なるほど。島は海と山が近くて傾斜があるから、水質がやわらかいって聞いたことがある」


 一方、帝都周辺は海まで遠く傾斜が緩やかなため、雨水などが時間をかけて浸透し、地下の灰分などをたっぷり含んだ水質になるのだ。


「そっかー、水だったのかー」


 山茶花や夕星は生まれたときからごくごく当たり前のように硬水を飲んでいるので、違和感に気づけなかったのだ。


「それにしても、よく硬水が原因だって気づいたね」

「昔、母から話を聞いていたんです」


 黄禁城に招いた異国の使者が腹を壊し、寝込んでしまったことを。


「薬師時代の母が原因を探ったところ、そのお方は軟水の国の出身でして」


 硬水を飲むのを止めただけで、あっさり症状が治まったのだ。


「普段から飲み慣れた水というのは、生きる上で欠かせないものなのでしょう」

「みたいだね」


 夕星からもなるべく早く軟水を取り寄せるよう、皇帝に伝えておくと言っていた。

 それを聞いた女官長は安堵の表情を浮かべる。


「公主様、夕星様、本当にありがとうございました」


 女官長は深々と頭を下げ、感謝の気持ちを伝えてくれた。


「私は何もしていないけれど」

「風宮はきれいになったのでしょう?」

「うん、頑張ったよ」


 新しい女官についてもどうにかしてもらうよう、皇后に伝えなければと山茶花は思う。

 何はともあれ、問題は解決した。

 帰り道は晴れやかな気持ちで薬院宮まで歩いたのだった。 

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