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薬院宮の毒草公主は平穏を望む  作者: 江本マシメサ
第一章 風宮――美容妃の憂鬱
15/49

井戸

「女官長、何かお手伝いすることはある?」


 夕星の質問に女官長はキョトンとした表情を浮かべる。


「何か、というのは?」

「炊事洗濯、清掃に草むしりとか、なんでもできるよ!」


 山茶花もいったい何を言っているのかと思ったが、どうやら極限状態にある女官長の手伝いをしたいようだった。


「少し休まないと、倒れてしまうよ。女官長がいなくなったら、思思妃も大変でしょう?」

「それはそうなのですが、夕星様のような高貴はお方にお手伝いいただくわけにはいきません」

「いやいや、山茶花はともかくとして、私はそこまで高貴な存在じゃないんだ。猫の手でも借りると思って」

「わたくしもお手伝いしますわ」


 猛毒妃の娘は高貴な育ちではない、と言葉を付け足す。


「そ、そんな、困ります。ここでのお仕事は私だけで充分ですので!」

「またまたそんな強がりを言って~、腰がかなり辛いんじゃないの?」

「そ、それは……」

「当たりなんだ」

「うう」

「少しだけ私達に任せてよ」


 頑なに遠慮していた女官長だったものの、夕星ににっこりと微笑みかけられたら断れなくなったようだ。

 そんなわけで、山茶花と夕星は風宮の掃除に取りかかる。

 女官長は少しだけ横になってもらった。

 夕星は箒を握って廊下を掃くと宣言したあといなくなる。山茶花は庭に出て、伸び放題になっていた草を刈ることにした。

 途中、腰痛に効くスイカズラを発見したので、茎部分を残しておく。

 乾燥させた茎を煮出したものを風呂に入れたら、腰の痛みが引いていくのだ。

 よく南天が腰を悪くするので、山茶花は何回もスイカズラの入浴剤を作っていた。


 三時間くらい作業をすると、女官長が声をかけにやってきた。


「公主様ーー、お茶の時間にしましょう」


 女官長は三時間だけだったがぐっすり眠れたようで、先ほどよりも顔色がよくなっている。スイカズラの茎を渡すと喜んで受け取ってくれた。


「昨日、公主様がお菓子を褒めてくださったので、今日も張り切ってご用意したんです」

「楽しみですわ」


 そんな話をしていると、突然白い幽霊のような物体が目の前に飛び込んできた。


「ひい!」


 女官長は悲鳴をあげたものの、山茶花はその正体を見抜いた。

 目の辺りに穴が空いているので視線が交わる。


「思思妃、ですの?」

「あ、あなたは何者なの!? 昨日から勝手に私の風宮にのこのこ入ってきて、いろいろ嗅ぎ回って!」

「わたくしは桜山茶花――皇帝陛下の娘ですわ」


 女官長も白い物体が敷布を頭から被っただけの思思妃だと気づき、慌てた様子で話しかける。


「思思妃、公主様がいらっしゃったことは、報告していたでしょうに!」

「だって、かまを握って草刈りしている女が、公主だとは思わないでしょう!?」


 たしかに薄汚れた状態で草刈りしている女が公主だと気付かないだろうな、と山茶花は思う。


「そう! あなたに会って一言文句を言いたかった野よ!」

「わたくしに、ですか?」

「ええ! 私はあなたの母親せいで、こうなってしまったのよ!」


 思思妃は頭から被っていた敷布を取り去る。


「おぞましい、化け物のようでしょう?」


 彼女はそう言うが、肌が少し赤みが差し、吹き出物がいくつかできている程度だった。

 髪もそこまで酷く荒れているようには見えない。

 けれども山茶花の目でそう見えるだけで、思思妃本人からしたら酷い状態なのだろう。

 なんて言葉をかけていいものか迷っていたら、思思妃から指摘を受ける。


「あなた、よくよく見たら全身泥だらけじゃない。見苦しいわ」


 山茶花にとっては普段よりも身ぎれいなほうだと思っていたものの、美意識が高い思思妃にとっては目も向けられないくらい汚れているらしい。


「燦、井戸のほうへ案内してあげなさい」

「承知いたしました」


 井戸に向かう前に、山茶花は夫夕星がどこかにいることも告げた。


「な、なんで男を野放しにしているのよ!!」

「申し訳ありません。何かやりたいというやる気にみなぎっておりまして、掃除をすると言って聞かなかったものですから」

「変わり者だわ!」


 山茶花は否定する言葉が見つからず、最終的に頷いてしまった。

 夕星がいる中に残るのは嫌だと言って、思思妃は井戸に同行することとなった。

 移動を開始するさい思思妃は再度敷布を被って、地面をずるずる引きずりながら歩いている。


「それにしても、あなたがあの猛毒妃の娘なのね」

「ええ」

「驚いたわ。思っていたよりも普通の人なのね」


 もっと毒々しい見た目をしているのかと思っていた、と言われる。


「ねえあなた、よくよく見たら肌がとってもきめ細かいわ! 何か特別なお手入れをしているの?」

「……」


 やっているとしたら毒の摂取である。ただそれを言ったら思思妃は試しそうなので言えるわけがない。


「あなた、とっておきの美容法を独り占めするつもりなの!?」

「いえいえ、何もしていないので、そのような質問を受けて驚いていただけですわ」

「嘘よ! 肌はツルツルで、指先は白魚のように――あら?」


 手入れをしておらず、ボロボロの指先に気付いた思思妃は言葉をなくしたようだ。


「この通り、肌の手入れに頓着していない女ですの」

「ど、どうして公主であるあなたがこんなに酷い手をしているの!?」

「毎日毒草を刈って、処理している影響でしょう」


 毒草を新たに植えているわけではないのに、毒草園の植物は元気いっぱい生え広がる。

 塀の外に出ていかないよう細心の注意を払い、毒を加工して保管しているのだ。


「毒の破棄というのは難しいもので、焼いても埋めても悪影響を及ぼすもので」


 猛毒妃烈華が遺した負の遺産の処理に忙しく、肌の手入れをする暇などないと言っておく。


「そう、だったの。猛毒妃の娘も大変なのね」

「そんなことありませんわ。わたくしにとってはこれが日常ですので」


 井戸に到着した途端、思思妃は感心し始める。


「あら、さすがは後宮の井戸ねえ。錆がぜんぜんきていないじゃない」


 井戸を地下から地上へくみ上げる装置には鉄が使われていた。

 なんでも思思妃の故郷にも鉄が使われている井戸があるようだが、錆が酷いらしい。


「もしかして、錆が井戸の中に落ちているから、こんなにきれいな状態なんじゃないの?」

「いえいえ、それはありえないかと」


 ただ井戸水に何か異変があったのではないか、という可能性について気付く。

 これまで水に問題があるというのは気づけなかった。

 昨日、ここの水で淹れた茶や菓子を口にしていたので、問題はないものだと思い込んでいたのだ。


「私の髪と肌が荒れたのは、もしかしてここの錆を飲んでしまったから?」

「それはないかと」

「どうしてよ!」


 鉄に付着している錆びは〝赤錆〟と呼ばれ、大量に摂取しない限り人体に悪影響はない。幼少期、母烈華から習った記憶が蘇ってくる。


「多少、摂取したとしても問題はありません」

「信じられないわ!」

「そもそも鉄は、人体に必要なものとされています」


 健康維持に欠かせないものの一つだと説明すると、信じがたいという目で見られる。


「もちろん、大量に摂取したら体に毒ですが」

「そうでしょう? だったら――」

「ですが、たった一日、ここの水を口にしただけでは影響などないでしょう」


 そのため錆自体が問題とは言いがたい。


「でも、どうしてここの井戸はこんなにきれいなの? おかしいわ」

「わたくしの知る井戸は、だいたいこのような状態なのですが」

「きれいなのが当たり前ってこと?」

「ええ」


 島にも一つだけ鉄製の汲み取り装置があるようだが、びっしりと赤錆が付着しているという。

 そもそもなぜ、鉄部分が錆びてしまうのか。

 原因については女官長が語る。


「井戸は使ったあと、清潔さを保つために洗うように言われておりました」


 水をかけたあと、丁寧に布で拭き取る。そんな作業をしていたらしい。


「でもそれはここでも毎回していたのですか?」

「ええ」

「だったらどうして、島の井戸だけ錆びてしまうの?」

「水が何か問題があることは確かかと思うのですが」


 井戸から水を汲んで口にしてみる。


「ちょっ、ちょっと、あなた、大丈夫なの!?」


 山茶花は口を拭ったあと言葉を返す。


「わたくしは猛毒妃の娘ですから、毒が入っていたとしても平気ですわ」


 ただ井戸は毒など何もない、ごくごく普通のものであった。


 何かこの地と島に違いがあるのだ。

 腕組みし考え込む山茶花だったが、先に声をあげたのは思思妃だった。


「わかったわ! 潮風の影響よ! 島は海が近いから、何か影響があるのかもしれないわ!」

「潮風……たしかにその可能性もあるでしょうけれど」


 なんだか引っかかる。山茶花の中でどうにも違和感があったのだ。


「島の井戸だけが錆びてしまったのには、もっと他の問題があるような気がしてなりません」


 錆が肌や髪が荒れた原因ではないだろうが、何か関連があるように思えてならないのだ。

 しばし考え、山茶花はハッとなる。


「椿――そう、椿ですわ!」


 何よりの証拠を、昨日、山茶花は目にしていたのだ。

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