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薬院宮の毒草公主は平穏を望む  作者: 江本マシメサ
第一章 風宮――美容妃の憂鬱
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風宮への再訪

 夜――山茶花は寝室に戻り、卓の蝋燭を点した。

 一日中鳥かごに閉じ込めている毒鳥、鴆も外に出してやる。

 狭い部屋だが、何もしないよりはマシだろう。そんな思いで少しだけ自由にさせてあげるのだ。


「ダイダイ、おいで」


 山茶花は鴆にダイダイと名付けてかわいがっていた。

 黒い頭に胸から鮮やかな橙色の羽毛が生えているので、ダイダイと名付けたのだ。

 ダイダイ、と名を呼ぶと山茶花のもとへやってきて、手を差し伸べるとちょこんと着地する。

 愛らしい見た目であるが、その正体は美しい羽根や表皮に強力な神経毒を持っているのだ。

 ただこの鳥自体が毒を生み出すわけでなく、毒虫を餌とするため、毒を吸収してしまい、危険な鳥と化してしまうという。

 母烈華はダイダイの餌にと毒虫の飼育もしていたが、山茶花はダイダイの毒を必要としないため庭で捕獲した虫を与えている。

 毒草園育ちの虫なので毒はあるだろうが、烈華が育てていた毒虫に比べたらかわいいものだろう。

 昼間捕まえた虫を箸で掴んでダイダイに与える。するとダイダイははぐはぐとおいしそうに虫を平らげていた。

 これまでこれが山茶花の息抜きで、癒やしの時間だった。

 今は――そう考えると夕星の顔が思い浮かぶ。

 天真爛漫な彼の様子に癒やされていることは、山茶花も否定できなかった。

 そんな彼とは同衾どうきんしていない。夜、一人で考え事をする時間が欲しかったこともあるが、偽装夫婦なのでそこまでする必要はないだろうと断ったのだ。

 夕星は山茶花と一緒に眠るつもりだったようで、しょんぼりしていた。可哀想なことをしたかもしれないと思いつつも、ダイダイを遊ばせる時間もあるので、これだけは了承するわけにはいかなかったのだ。

 ちなみに夕星は南天と一緒に仲よく眠っている。部屋がないので仕方がないのだ。

 南天が増築でもしようかと提案していたが、彼との結婚生活がいつまで続くかもわからないので断ったのである。

 別に彼はここを生活の拠点としなくてもいいのだが、なぜか住み着いてしまった。

 たった数日しかいないのに、本当の家族のように過ごしているのである。

 山茶花や南天は警戒心が強い。それなのに夕星は二人の懐に入りこんで、馴染んでしまったのだ。

 本当に不思議な男性ひとだ、と山茶花はしみじみと思ってしまった。

 ダイダイは満足したのか自ら鳥かごに戻っていく。山茶花は黒い布をそっと被せ、おやすみなさいと声をかけた。

 いつもだったらこのまま眠るのだが、今日はやらなければならないことがある。

 まず、紙の巻物に皇后宛の報告を書き綴っていった。

 ひとまず思思妃が愛用している洗髪剤や化粧品に問題はないこと。それ以外にも身につける服や寝具にも体調不良の原因になりそうな要素は見つけられなかった。

 なんの収穫もない報告書を前に、山茶花はため息を吐く。

 いったいどうして思思妃の髪や肌は荒れてしまったのだろうか。

 山茶花は最近発見した、母烈華の教えを記した巻物を開いた。

 幼少期の山茶花が記したと思われる拙い字で記録がなされており、こんなものを書いていたな、と広げながら記憶が蘇ってくる。

 そこに人が外部からの接触によって影響されることについて書かれてあった。

 なんでも人体が物を取り込むには飲食のように口から入る〝経口吸収〟、煙を吸い込んでしまう〝経気道吸収〟、最後に皮膚から取り込む〝経皮吸収〟があるという。

 思思妃の場合、経皮吸収に間違いないと山茶花は推測していたのだが、その当ては外れた。他の可能性についても考えなければならない。

 経気道吸収の代表的なものと言えば煙草である。後宮内で水煙草が流行っていた、なんて話を聞いた覚えがあった。

 また香なども疑ったほうがよさそうだ。

 ただ思思妃は強い臭いが苦手だと女官長が話していた。煙草や香を嗜んでいる可能性は低いだろう。

 残されたのは経口吸収。帝都にやってきてから口にした食材が髪や肌に悪影響を及ぼしている可能性があった。

 まだまだ調べられる点がありそうだ。


 翌日――山茶花と夕星は風宮を再訪した。女官長は笑みを浮かべて歓迎してくれる。


「まさか今日もいらっしゃるなんて。どうぞ中へ」

「お邪魔しまーす」


 元気よく玄関口を通り抜ける夕星のあとに山茶花も続いた。


「昨晩、思思妃に公主様や夕星様の話をしたのですが、面会はまだ難しいようでして」

「どうかお気になさらず。今日は別の調査にやってきましたので」


 山茶花が医者でない以上、思思妃と会って容態を確認しても得られるものはないだろう。

 そう判断し、思思妃には無理に会わないと決めていた。


「またいくつか質問してもよろしいでしょうか?」

「はい、私に協力できるものならばなんでもどうぞ」

「ありがとうございます」


 まずは煙草や香について尋ねることにした。


「煙草は大変嫌っておりました。肌に悪影響を及ぼす上に、髪が煙臭くなると」

「やはり、そうでしたか」


 香についても使用していないという。


「思思妃曰く、香をまとうというのは、美しい花に香りを後付けするものと同じで、意味のないことだ、とおっしゃっておりました」


 こちらも山茶花の想像通りである。

 風宮にやってきたときもいたる場所で香が焚かれ、かぐわしい香りを放っていたようだが、思思妃は「こんな香りなど必要ないわ!」と激怒し女官達に清掃させたのだとか。


「それで女官が何名か辞めているんです」

「こだわりがとてもお強いのですね」

「ええ、困ったことに」


 経気道吸収の可能性も消えた。残るは経口吸収である。


「食事についてもお聞かせください」


 なんでも帝都にやってきてからというもの、食欲がガクンと落ちたという。


「やってきた初日に後宮の女官が用意した食事は、ほとんど残されていました」


 ただ、島にいた頃から食は細かったらしい。


「翌日から肌や髪が荒れて、体調を崩されてからは余計に食べる量が減ってしまいまして」


 食事が原因ではないかと山茶花は思いかけたものの、食が細いことと体調不良が重なっているため判断は難しい状況であることに気付く。


「後宮に運ばれる食材が思思妃のお口に合わないのではないか、と思って島から食材を取り寄せて料理を作ったのですが……」


 結果は同じだったという。


「私は料理人ではないのですが、島にいたころはよく思思妃にお菓子や軽食を作っておりまして」


 その当時は職が細いながらもよく食べていたという。


「ただ、昨日作った栗子百果羹も、思思妃は一口食べてもういらない、と言われてしまって……」


 好物であっても思思妃は食べられなかったようだ。


「気のせいかもしれませんが、帝都にやってきてからというもの、私自身の舌がおかしくなっているように感じて」

「舌、ですか?」

「ええ」


 調理中、何度も味見をし調整するも味が決まらないという。


「異味症――でしょうか?」

「初めてお聞きします」


 異味症は本来の味とは異なるように感じてしまう、味覚障害の一つである。


「何か原因とかあるのでしょうか?」

「環境の変化や感冒かんぼう――風邪を引いたときなど、体の不調をきっかけに症状が現れることがあるそうで」


 思思妃と女官長は揃って一ヶ月以上の長旅を続けている。

 疲労から風邪を引き、その結果味覚障害が出てもなんら不思議ではない。

 医者の診断でも、その辺は聞き出せなかったのだろう。


「ただ、女官長は肌や髪の変化などは感じられますか?」


 女官長は肌や髪に触れて小首を傾げている。

 おそらく彼女は自らの手入れよりも思思妃の世話を優先させていたのだろう。それゆえ、変化に気付いていないようだ。


「……」


 単なる風邪や味覚障害の影響だとはっきり言えるような証拠は揃っていない。

 まだ〝何か〟がある、と山茶花は確信していた。

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