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薬院宮の毒草公主は平穏を望む  作者: 江本マシメサ
第一章 風宮――美容妃の憂鬱
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椿

 なんでも女官長の実家は椿農家らしく、さらに思思妃が愛用している洗髪剤や化粧品は兄夫妻が製造しているものらしい。


「もしもこれらの品々が原因で思思妃を苦しめていたら、と考えると夜も眠れない日々を過ごしておりまして」


 彼女が憔悴しょうすいしきっている理由は、思思妃の愛用していた品の栽培や製造に家族が関わっていたからだったのだろう。山茶花は話を聞いているうちに女官長が気の毒に思ってしまう。


「思思妃は香水や香油などは使っていますか?」

「いいえ。思思妃は強い匂いが苦手なため、そういった類の品は使っておりません」

「そう、でしたか……」


 椿は花の芳香が薄くほぼ無臭だ。思思妃はそんな椿を気に入り、長年愛用していたという。

 原因を特定できずにいたら、女官長がしょんぼりと落ち込んだ様子を見せる。

 山茶花は話題を別の方向に変えた。


「それはそうと、島中に咲く椿というのは、さぞかし美しいのでしょうね」

「そうなんです! 公主様にもお見せしたいくらいで」


 椿の季節になれば、さまざまな地域から観光客がやってきて花見をしているらしい。

 そして帰り際に観光客らは椿油を使った品々を購入して帰るようだ。


「ああ、そうだ。島から椿の苗を持ってきて、風宮の庭に植えているんです。見ていかれますか?」


 山茶花と夕星が頷くと、女官長は嬉しそうに庭へ案内してくれた。


「全部で十株ほど運んできまして、庭師に世話を頼んでいたのですが」

「あ――」


 今の季節、蕾が膨らんでいてもおかしくないのだが、開花に至る前に地面に落ちていた。

 それだけでなく葉は枯れ、今にもしおれてしまいそうな雰囲気である。


「一ヶ月間の長旅のせいか、このようになってしまいまして」


 女官長は開花前に落ちてしまった蕾の一つを拾い上げ、憂鬱ゆううつそうに息を吐く。


「申し訳ありません。公主様が椿を見たいとおっしゃったのを聞いて、少し浮かれておりました。このような椿をお見せするべきではないのに」

「そんなことはありませんわ」


  一枚、葉を貰っていいかと尋ねると女官長は不思議そうな表情を浮かべつつも頷く。


「公主様、その葉で何をなさるのですか?」

「椿の葉は擦り傷などに効く薬になるのです」


 山茶花は朝、毒草摘みをするさいに手を切っていたのだ。放っていたらじきに治ると思っていたのだが、ずっとヒリヒリしていたので椿の葉を使って治療することに決めた。


「女官長のおかげで、傷が早く治りそうです」

「それはようございました」


 隣にいた夕星が「ん?」と首を傾げつつ声を上げる。


「あなた、どうかなさったのですか?」

「いや、さっき渡り廊下のほうから人影が見えたような気がして……もしかしてお化け?」

「まさか」

「きっと思思妃です。庭が賑やかだったので、覗きにやってきたのでしょう」


 声をかけてくると言って女官長はいなくなる。

 山茶花は先ほどしまった椿の葉を取りだし、匂いを確かめたり、ちぎって汁を肌に付着させたりして状態を調べる。


「山茶花、毒は含まれてそう」

「いいえ、何も。ごくごく普通の椿と変わりないかと」


 毒草園に自生する無毒の植物のように、汚染された土で育った植物も時として人間に害を及ぼす。その可能性があるかもしれないと調べたものの、そうではなかった。


「いったい何が、思思妃を苦しめているのか……」


 山茶花は庭にある草木を調べることにした。

 その場にしゃがみ込み、じっと眺める。


「山茶花、何をしているの?」

「肌や髪に悪影響を及ぼす毒草がないか探っているのです」


 直接触れていなくとも、風に流れて毒を吸引するかもしれないからだ。

 軽く見て回ったものの、毒のある植物は発見できなかった。


「いったい何が、思思妃を苦しめているのか……」


 見目に影響が出るくらい肌や髪が荒れていると聞いて、原因は肌に直接付着させる物の何かだと思っていた。



「肌に直接かー。だったら服や布団の可能性があるかも?」

「ああ、たしかに、そうかもしれませんわね」


 植物性の毒だと決めつけていたが、それ以外の物が体に悪影響を及ぼしているかもしれないのだ。

 ちょうど女官長が戻ってきたので、話を聞いてみることにした。


「公主様、申し訳ありません。思思妃は誰とも会いたくないようで」

「残念ですが、今日のところは諦めます」

「申し訳ありません」

「いえいえ。代わりといってはなんですが、思思妃が身につけている服や寝具などを見てもよろしいでしょうか?」

「はあ、問題ありませんが、それからも何かわかるのですか?」

「ええ。洗髪剤や化粧品同様に、肌や髪に直接触れる物ばかりですので」

「ああ、なるほど。そういうわけでしたか」


 女官長は快く服や寝具を保管している部屋まで案内してくれた。


「こちらです」


 普段、思思妃が身につけているのは皇帝から贈られた一級品の品ばかりだという。

 衣服だけでなく、寝具もすべて絹で揃えられていた。


「うわあ、こんなつるつるすべすべの布だけで暮らすの、耐えられそうにないよ」

「思思妃は大喜びされておりました」


 絹は保湿効果があって肌や髪の乾燥を防ぐため、思思妃も普段から愛用していたようだ。


「山茶花、絹に毒はないの?」

「ございません。それどころか不純物を排出する力があるんです」


 きめ細やかな絹は皮膚の油脂や汚れを吸着させ、体の外へ出してくれる。そんな働きがあるのだ。


 もしかしたら絹が虫食い状態になっていて、その影響かもしれないと山茶花は思ったものの、絹に問題はないようだった。


 肌や髪に悪影響が出そうな染色などはされていないようで、その辺の心配もない。


「布物も問題はない、ということでよろしいでしょうか?」

「そう、ですわね」


 これ以上、調査を続けたら女官長の負担にもなるだろう。山茶花はそう判断し、今日のところか帰ることに決めた。

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