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薬院宮の毒草公主は平穏を望む  作者: 江本マシメサ
第一章 風宮――美容妃の憂鬱
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風宮へ

 午後から山茶花は夕星と共に風宮を目指す。

 通常であれば馬車で移動するような距離を、二人は一時間かけて歩く。


「後宮って広いんだねえ。知らなかったよ」

「皇帝陛下の権力を象徴するような場所ですので」

「それにしても、途中から馬車のお迎えがあってもよくない!?」

「仕方ありませんわ。わたくし達は騒動の元凶とされる側の人間ですから」


 調査のために訪問を許されただけでもよしとしなければならないのだろう。


「思思妃とは会ったことはあるの?」

「いいえ。彼女は後宮にやってきたばかりの妃で、会うのは今日が初めてですわ」


 皇后雪花はもともと風宮の妃だったが即位後鳳凰宮に移ったので、新たな妃として思思妃が立てられたのだ。


「たしか、一ヶ月ほど前からやってきたと聞いております」

「えっ、そんな最近なんだ」


 皇帝側が選り好みしていたわけではなく、妃候補側が難色を示していたようだ。

 それも無理はない。猛毒妃烈華の暗躍は国中に知れ渡り、妃に抜擢されるのを年若く美しい娘達は恐れていたのだろう。

 それは烈華の死後も続いていたようで、新たな四夫人となるための打診を受け入れる者が長きにわたっていなかったのだ。


「なるほど。ようやく妃になってくれたのが思思妃だったわけか」

「ええ……」


 思思妃は遠く離れた島国出身で、後宮の悪い噂話をよく知らないまま連れてこられたのだろう。そんな話を薬院宮に食料を運んでくる宦官から話を聞いていた。


「皇帝陛下のお渡りがある前に、体調不良を訴えるようになったとかで」

「それはそれは、辛いだろうねえ」


 なんでも皇后ですら顔を合わせていないらしく、風宮に引きこもっているようだ。

 思思妃の姿を見た者は風宮で働く女官以外いないらしい。


「どうやら見目に影響が出る体調不良のようで、人目を避けているのかもしれません」

「それは辛いなあ」


 今回の訪問について皇后の名で打診したようだが、一度は断られた。

 続いて皇帝の命令でようやく調査が可能となったのだ。

 歓迎されないであろう、というのは目に見えている。

 山茶花は深く長いため息を吐き、到着した風宮を見上げた。

 門番を務める武官が訝しげな眼差しを向けている。山茶花と夕星がやってくることは知らされていないのだろう。

 一歩夕星が前に出ると、門番は剣の柄に手をかける。


「あー、そのー、私は怪しい者ではないんだ」


 怪しい、と彼の妻である山茶花ですら思ってしまった。武官は剣を引き抜き、夕星に向ける。


「お主、何者だ!」

「私は皇太子……あれ、皇后? 皇帝だっけ? そのー、誰かの命令で調査しにやってきた者なんだ」

「どこからきた!? 所属は?」

「薬院宮のほうからやってきたんだけれど、所属はなんだろう?」


 絵に描いたような不審者にしか見えないので、山茶花が代わりに説明した。

 頭から被っていた布を取り去ると武官はハッと息を呑む。


「夫が申し訳ありません。わたくしは桜山茶花――皇帝の娘ですの」


 ただその一言で武官は剣を納め、背筋をピンと伸ばす。


「皇帝陛下、皇后陛下、皇太子殿下の依頼で思思妃との面会にやってまいりました。どなたか呼んできていただけますか?」

「はっ!!」


 武官は深々と頭を下げたあと、風宮へ駆けていく。

 夕星はしょんぼりした様子で「最初から山茶花にしてもらえばよかった」とぼやいた。


「なんていうか、さっきの武官、山茶花に見とれていたよね!」

「気のせいでは?」

「そんなことないよ! 武官の反応を目の前で見ていたから!」


 そんな話をしていると、先ほどの武官が戻ってくる。彼のあとに五十代くらいの女官が続いてやってきた。頬は痩せこけ、目の下にはくまがくっきり残り、今にも倒れてしまいそうなくらい顔色が悪かった。

 そんな女官は深々と頭を下げ、山茶花や夕星を歓迎してくれた。


「公主様、夕星様、ようこそおいでくださいました。私は女官長のさんでございます。どうぞ中へ、ご案内いたします」


 訪問なんぞ聞いていない、と突き返されたらどうしようかと山茶花は危惧していたものの、思いのほかあっさり中へと通された。


 風宮は五年前に建て替えたばかりで、比較的新しい。けれども手入れが行き届いていないようで、廊下の端には埃が転がっていた。

 扉を開くと天井からパラパラと砂埃が落ちてくる。女官長はギョッとしたのちに謝罪した。


「申し訳ありません。私以外の女官がおらず、掃除も行き届いていない状態でして」


 妃同様、後宮で働く女官らも職を集っても応募がなかったらしい。


「私は思思妃の乳母でして……」


 故郷から唯一連れてきた女官だったようだ。それを聞いた山茶花は調査の対象を彼女に絞ることにした。


「思思妃と面会する前に、少しお話を聞いてもよろしいでしょうか?」

「私と、ですか?」

「ええ」


 もしかしたら思思妃は山茶花の調査に協力的ではない可能性がある。

 思思妃よりも、女官長の話を聞いたほうが有益な情報を聞き出せそうだと判断したのだ。


「承知いたしました。では、こちらへ……」


 案内されたのは客間だった。さすがに掃除はしてあるようできれいだった。

 夕星と並んで座っていると茶が運ばれてくる。


「先に私が毒見をしますね!」


 そう言って女官長は自ら淹れた茶を飲み干す。そのさい、眉間にぎゅっと皺が寄った。


「どうかしましたか?」

「あ、いえ、普段であればもっとおいしく淹れられたのですが」


 いつもより渋い茶になってしまった、と女官長は落胆した様子で告げる。


「淹れ直してきます」

「いいえ、こちらをいただきます。わたくし、渋い茶が好みですの」

「公主様にこのようなお茶を飲んでいただくなんて、申し訳ないのですが」


 女官長の淹れた茶を飲んでみたが、そこまで強い渋みは感じない、ごくごく普通の茶だった。


「とてもおいしいお茶です」

「よかったです」


 なんでも思思妃と女官長の故郷の茶らしい。皇帝にも献上されているようないい茶葉だったようだ。


「あの、茶菓子も持ってまいりますね」

「いえ、お気遣いなく」

「故郷のいいお菓子があるんです」


 そう言い残し女官長はいなくなった。

 夕星が小声で「毒、入っていなかった?」なんて聞いてきたので、山茶花は思いっきり頬を抓る。


「い、痛い!」

「痛いではありません! なんてことを聞いてくるのですか!」

「だってー、なんだか怪しかったから」

「怪しくありません!」


 夕星はしぶしぶといった感じで茶を飲んだが、普通においしかったらしく、穏やかな表情で飲み干していた。 

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