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助けた猫がイケメンになって恩返しに来たけれど、なぜか性格が犬すぎる

作者: 宵闇 柊

 雨の日。

 傘をさして足早に家へ向かって歩いていた。

 これ以上強くなる前に家へ帰らなければ、そう思って急いでいたのだけれど、私は隣の家に置かれている段ボールを見つけてしまった。


 それだけならばただの置き配か何かかなと思ったのだろうけれど、その中から弱々しい鳴き声と何かを引っ掻くような音が聞こえてきたからこの中に何かがいるということがわかった。

 そもそも玄関ではなく駐車場に置かれている時点で置き配のはずがない。

 急いで段ボールを開くとその中には1匹の少し小柄な猫がいた。

 子猫というほどではないけれど、まだ大人になりきっていないのか、それともちゃんと栄養を与えられなかったのか、よく見かける猫に比べると小さくて細いと思った。


 何か書かれているわけではないからもしかしたら捨て猫じゃないかもしれない。

 でも、こんな雨の中段ボールに閉じ込められている猫が優しい飼い主さんに可愛がられているとは思えなかった。

 これからのことはこれから考えればいい。

 そうやって自分を納得させて家に連れて帰った。


 クッションの上にそっと下ろしたのだけれど、すぐに立ち上がって私の方へ歩いてきた。

 あんなところにいたのにずいぶんと生命力が高い猫だなと思う。

 足にまとわりついてくるから振り払うこともできず、とりあえず温めたミルクをあげた。

 すごい勢いで舐め始める。

 よっぽどお腹が空いていたのだろう。


 撫でてやると、少しも 嫌がらずに、むしろすり寄ってきた。

 そのまま撫でていると疲れて寝てしまったようだ。

 クッションの上に戻してレポートを書くために机に向かった。



 そろそろ夕飯にしようかと思い立ち上がって、猫がいないことに気づいた。

 私は一度集中すると一定時間は集中力を切らずに何かに取り組むことができる。

 なんなら集中しすぎて周りの声が聞こえなくなることもある。

 だから猫が動いたくらいで気づくことはなくてもおかしくはない。


 でも、だからと言って猫がいないことの説明にはならないのだ。

 扉はきちんとしまっているし、大した 広さもないこの一人暮らし用のアパートには隠れられる場所など大してないなのに、どんなに探しても見つからない。


 外へ探しに行こうかとも思ったが、扉の鍵も窓の鍵も全てしまっていたためさすがにこの家から出ていることはないだろう。

 ため息をついて初めて自分がお腹を空かせていることに気づき、とりあえず 夕飯を取ることにした。

 空腹を実感してしまった今、これ以上考えても大した考えは思いつかないだろう。

 だったらちゃんと栄養を取ってからもう1回探すべきだ。

 少なくともあの猫が死にかけるようなヘマをしているとは考えられないし。


 あの子を見ていたのは1時間にも満たない間だが、なんとなく見ていればわかるのだ。

 あの子は多分とても賢い。

 別にひいき目とかではなく、本当にそう感じたのだ。

 私のそういう勘はよく当たる。

 だからとりあえず自分を信じてみることにした。


 夕飯を食べてなんとなくの流れで洗い物をしていると玄関のチャイムが鳴った。

 友達のいない私に、ましてやこんな時間に訪ねてくる人なんていないだろうけど、もしかしたら郵便とかかもしれない。


 そう思って出ると、そこにはイケメンがいた。

 誰だこいつ。

 一番最初に思い浮かんだのがそれだ。

 基本的に、イケメンには見向きもされない人生を送ってきたのでキラキラした目でこちらを見つめてくるこの男には不信感しか感じない。


 誰、という問いかけが無意識に口から漏れた。

 そんな言葉にイケメン君は嫌悪感も不快感も出さずに、猫です、と答えた。

 一瞬ピンと立った耳と激しく振られるしっぽが見えるような錯覚に陥ったほど、明るくて元気のいい声だった。

 ついでに声も良かった。


 猫ってどういうこと?


 そう聞くと、6時間23分48秒前にあなたに助けていただいた猫です!と帰ってくる 。

 やけに時間が細かいのは気になるが 一応は納得した、なんて 、なるわけない。

 初対面の男性に猫と言われても意味が分からないだけだ。


 高校生くらいの見た目のイケメンであるおかげで怪しさは薄れているが、私にはもちろんこんな知り合いはいない。


 「あー、本当にわかんないから順を追って説明して」


 「はい。僕はもともと良家出身の猫なのです。猫の社会にはそれこそ 一昔前の人間のような厳しい階級がありまして。

 まあ、あれです。僕の家は大納言くらいには偉いと思います。なので、人間の姿と猫の姿 両方を持ち合わせているのです。

 ある程度の身分がある猫 ならばみんなそうです。受け継がれている血だけでなく得意不得意や努力次第では人の姿を保てる時間は変わってきますが、まあ僕は優秀なので半永久的にこの姿で生活できますね!

 ということでお姉さんに恩返しさせてもらいます!」


 やっぱりしっぽが揺れてるような錯覚に陥る。

 まるで犬が褒めてとばかりに飼い主を見つめているようだ。


 「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。

 聞いてないから、そんなの。猫 拾っただけでそんなことなるはずないでしょ。

 怪しい勧誘ならお断りだから」


 「いや勧誘って、だったらこんな怪しい方法 取りません!恩返しがしたいのです!」


 「怪しいって言う自覚はあったのね。

 でも、恩返し、ねぇ。具体的には何をしてくれるの?」


 「基本的には何でも、お姉さんが望む通りに。

 家事炊事はバッチリですし、猫らしく毛繕いとかもできますよ!」


 「毛繕ろいはやってもらう側でしょ!

 そもそも髪って言うのよこれ。一介の猫さんにはわからないかもだけれど?」


 「むう、さすがにそれくらいは分かってます!

 というかそこら辺の人間よりも頭がいいと自負してますから!

 で、お姉さん、どうします?ちなみに夜だからっていかがわしいサービスは 恩返し に含みませんからね!」


 「しないわよそんなお願い。考えただけで虫唾が走るから。

 恩返しがしたいと言うならとりあえず帰ってくれる?」


 「それは、無理です...。そもそも 僕ここでちゃんと恩返ししないと罰が与えられるんです...」


 「って、はあ?何よそのペナルティ」


 「さあ...僕にもよくはわかりませんが、この前のご神託で僕が人間に恩返ししないと大変なことが起こるとかなんとか言われたので」


 「変な神様もいるもんねぇ。

 それともご神託が適当なのかしら?じゃあ帰って」


 「さっきと変わってないじゃないですか!何でそんなご神託が与えられたのかは分かりませんが、少なくとも猫の神様は理由がないことはしません!

 人間の神様は知りませんけど、猫の神様はすごいんですよ!」


 「そうなのね。じゃあ帰ってね」


 「だから変わってないじゃないですかぁ〜!

 僕には無理やりこの部屋に押し入って恩返しすることもできるんですからね!嫌なら大人しく入れてください!」


 「そう言われても...そもそも何で1回消えたのよ」

 

 「猫の姿から直接人間の姿になると服を着ていない状態なので...1回帰って着替えてきました!

 ていうか少しは僕の苦労も考えてくださいよ?

 返す恩が誰にもないせいでわざわざ雨の中段ボールにこもっていた僕の気持ちを!」


 「自分で入ったの?じゃあ私関係ないじゃない。

 助けなければよかった」


 「まあまあ、そんなこと言わずに。

 とりあえずこの洗い物終わらせとけばいいですか?」


 「じゃあそれやって。それが恩返しってことにすればもう帰れるでしょ?」


 「その、残念ながら...」


 「は?まだ何かあるの?」


 「何かというか...恩返しのレベルが足りないのです。

 ほら、このメーター見てください。これが恩返しを測れる機械なんですけど、これを満タンにするまでには帰ってくるなって言われたんです...なのでしばらくは無理です...」


 「もしかしてこれって、私が家に泊めてあげるっていうのも恩にならないかしら?

 だとしたら一生終わらないと思うのだけど」


 「...確かに...それもそうですね。じゃあ寝るのは公園にします。

 食事は適当に 調達してくるのでお気になさらず」


 「待って待って!さすがにそこまでしなくていいから!

 今のは冗談よ。ちょっと泊めるだけで頼めば家事も炊事も全部やってくれるんなら多少時間はかかってもメーターもいっぱいになるでしょ」


 「分かりました、じゃあ、部屋の端っこ1畳分だけお借りしてもいいですか?」


 「そんなに狭くなくてもいいけど。

 まあいいわ。ところでゲームしない?対戦相手がいなくて悲しかったのよ」


 「分かりました。ゲーム くらいならこの僕にはお手の物です!」



 30分後、幼稚園生なみにコントローラーの操作が下手なイケメンもとい 猫がいた。

 一人でやるよりは面白いけど対戦相手としては最悪な気がする。

 まあ楽しいからいいやと思いそのままゲームを続けることにする。

 悔しそうな顔してたけど、その顔ですらイケメンなのはちょっとムカつく。


 気が済むまで遊んだら寝室へ行った。

 ちなみに本当に1畳分しか使わないつもりらしい。

 猫はちっちゃく丸まって寝ていた。

 得意分野なのかもしれないが、そこそこ偉いのならもうちょっと居丈高になれやって思う。



 朝起きるとバイキング 並みの品数があった。

 しかも全てが一口サイズだからお腹がいっぱいで食べたいものが食べれないという葛藤を覚えることがない。

 どうやらこの料理を全てあの猫が作ったらしい。

 普通に美味しかった、というか普通じゃなく五つ星かなって思う レベルで美味しかった。


 今日は日曜日で大学もないから部屋に困ってゴロゴロしていた。

 掃除や洗濯は猫がやってくれるし、こんなのんびりした休日はもはや小学生以来の気がする。


 コンコンと扉を叩く音がした。

 何?と答えるとサンドイッチを作りました、食べますか? という声が聞こえてくる。

 普段は日曜の昼はめんどくさくて食べないのだが、せっかく 用意してくれたのだし食べようと思って返事をした。

 すると、猫は部屋に入ってくる。


 「ありがとう」


 「いえいえ、恩返しですから!はい、あーん」


 「は?何するの!」


 「いえ、朝から思っていたのですが随分と可愛いらしい様子で食事をされるので、手づから食べさせたらさらに可愛いだろう、と!」


 「ちょっと待って、眼科行く?」


 「その必要はないです!猫の姿の時ならともかく人間の姿になったら視力2くらいはありますよ!」


 ドヤっていう顔が可愛い。

 じゃなくて、


 「え、じゃあ脳の方が問題なの?」


 「そうじゃありません!今まで周りに何を言われてきたか知りませんけれど、僕にとっては普通に可愛いです!はい、なので、あーん!」


 「少なくとも今のなのでの使い方は絶対違う」


 「別にいいじゃないですか、 細かいことは!

 でもそうやって毒舌なところも 可愛いですよね!」


 「悪いわね、これが 通常モードなのよ。こんなの 毒舌の範囲にも入らないわ」


 「そうですか。

 そうそう、よだれ垂れかけてますよ?このサンドイッチが気になるんでしょ?

 あーんしてくれないと食べさせてあげませんよ!僕のお腹へ入っちゃいます!」


 「ぐぬぬ。分かったわ、じゃあ食べさせて」


 「素直じゃないですね! あなたが猫みたいです!」


 恩返ししたいとか言ってた割に余分な行動だらけだけれど、とりあえず サンドイッチは美味しかった。

 お礼なんて言わないけれど。


 食べた後もゴロゴロ休暇に浸ろうと思っていたのだけれど、なぜか私たちはキッチンに立っていた。

 猫の作った料理を見て、こんな風に料理できたらいいのにとつぶやいたら、

 僕が教えてあげます!と言って料理をすることになってしまったのだ。


 それだけならまだいいけれど、この抱きしめるような姿勢で私の補助をするのはどうにかならないのだろうか?


 「包丁の握り方くらいわかるんだから、手を重ねてくる 必要ないでしょ」


 「でもこの方が僕が楽しいので!

 ...お姉さんもそうでしょ?」


 「私は楽しくないわ。これじゃ私からの恩貯めてるだけじゃない」


 「そうかもしれません。

 僕 、ずっとここにいたいので!

 それに、なんだかんだ言って優しいですよね!

 追い出すどころかちゃんと面倒見てくれるじゃないですか!」


 「あなたがあまりにもうざいからでしょ。

 あんまりにもふざけるんなら本気で追い出すからね」


 「ひどいです!

 僕はこんなにお姉さんのこと大好きなのに!お姉さんは僕のこと好きになってくれないんですか!?」


 この子の犬みたいな上目遣いに、いつかは私も絆されてしまうのだろうか?

 でも今はまだその時じゃないから。


 「うるさいわね!

 っていうか何、そのお姉さんって言うの」


 「じゃあ何て呼べばいいですか?」


 「才歌でいいわよ」


 「分かりました 、才歌さん!」


 「あーもう鬱陶しいわね。

 分かったから料理はやっちゃって。私はゴロゴロしたいの!」


 「もー、しょうがないですね、才歌さんは。

 分かりました、僕にお任せください!」


 私と猫の波乱万丈な生活は終わりそうにない、というかこれからが本番のようだった。

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