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白の皇帝・黒の皇帝 ~side白の皇帝 世界創世期編~ 《火》族たちの爪

挿絵(By みてみん)

 湯浴みを終えた白の皇帝は、《()(がみ)が待つ寝宮に向かうため、ようやく気心知れるようになった女官たちを伴って歩いていた。

 以前はそのすべてが嫌で、嫌で、たまらず、白の皇帝は何度も逃げ出そうとし、わずかな距離ではあるが実際に脱兎したこともある。

 だがそれも、言葉が通じ、心の思いを伝えられるようになって、互いに理解できるようになってからは一変し、いまではこうして女官たちに囲まれることが当たり前になって、安心できるようになった。

 その道中……長い回廊を渡る末で、寝宮に近い一室から何かを「パチン、パチン」と鳴らしている音が聞こえた。

 白の皇帝の、ハイエルフ族特有に長く先端が尖っている耳が、ぴくり、と動く。空の色とも水の色ともとれる、まばらだが長い水色の髪。それに合わせた色の瞳は大きく、何にでも興味が向いてかがやいてしまう。

 音は規則正しく、何かを丁寧にあつかっているようにも聞こえる。

 これには聞き覚えはあるが、でも、どこで?

 白の皇帝は、う~ん、と考えてしまう。


 ――何だろう?


 そう思い、手をつないで歩いていた女官のひとりに尋ねると、音だけで何をしているのか判然ついた女官は、


「――そうでございますね。族長は爪の手入れをされております」

「爪?」

「ええ。我ら大地神に属する《()(ぞく)は比較的爪の伸びが早いものでして、つねに手入れをしております」


 小さく笑いながら、いまも白の皇帝の手をにぎる自身の指、その爪先をすこしだけ強調するように見せてくる。

 女官の指は細くて美しく、爪は艶よく磨かれて、先端は何に触れても害が及ばないように指の先とおなじような形状で、どれもきちんと整えられていた。

 白の皇帝も自分の指先にある爪を見やり、女官のそれと見比べる。

 ハイエルフ族の少年である白の皇帝は、女官たちが雌として羨むとは次元の異なる白い肌をしていて、爪先も肌に準じている。

 そんな自分の爪先とは異なり、女官の爪は磨かれた上に何やら美しい紅の色で染まっている。

 きれいだなと思えるが、その彩色は最初から女官たちが持つ色なのだろうか。

 ぱっ、と周囲を見やると、女官たちは心得て各々の爪先を見せてくる。

 その色合いが不思議に思えて、つい女官の爪先を指で触ってしまうと、女官はすこし気恥しそうに笑う。


「これは爪紅でございます」

「つま……?」


 女官たちの本性は、自然の具現化である竜――竜族。

 竜族は世界最初の種族であり、「神」として万物を創成する力を持っている。

 なかでも五つの自然元素、《空》、《水》、《風》、《火》、《地》を最初に司った竜は最高位の「(りゅう)五神(ごしん)」と呼ばれ、現在は彼らを中心に世界は創世されている。


 ――そして。


 白の皇帝は本来、この時代に生を受けた種族ではない。

 この世界創世期より遥かなる後世、そこにたどり着くまでどれほどの時間軸があるのかもわからない「久遠の明日」から迷い込んでしまった少年は、「竜の五神」に保護をされ、寵愛を受けながら過ごしている。

 とくに寵愛が深い《火》神は、終始白の皇帝を手元に置いて離さない。

 出会った当初こそ、その寵愛は牢獄でしかなかったが、理解に溶けたいまは白の皇帝から彼に飛びつくほどに変化を遂げている。

 その《火》神が彼女たちの主であり、「竜の五神」を五つの部族に分けたうちのひとつ――《火》族の族長でもあるが、彼はなかなかに堅物の度を超えている。白の皇帝と出会うまでは、他の「竜の五神」も難物あつかいするほどだったが、それだけに物事には真摯で、万物の生命の源であるエネルギーは温かく、慈愛に満ち溢れていた。

 女官たちにとって族長は、これ以上の尊崇はない。

 彼女たちは、族長の一切合財の面倒を見るためだけに存在している。


 ――とはいえ、女官たちも雌だ。


 仕える日々に差し支えないていどの楽しみくらいは、持ってみたい。

 装飾で自身を着飾る、化粧で華やぐ、などと大げさなことは望まないが、せめて手もとていどの小さなことぐらい……というところから、彼女たちはそれぞれ爪紅でささやかに自分に彩色を施している。


「爪紅は、爪の手入れのあとに、ほんのすこしだけ色を乗せております」

「それって色を塗るってこと?」

「ええ。……出すぎたものだ、と思わずにいただければ幸いですが」


 自分たちからつい見せてしまったが、そうではないのだ。


 ――けっして務めを蔑ろにし、浮ついているわけではない。

 ――ただ、素直にそれを見せる相手ができて嬉しかっただけにすぎない。


 それをどう説明すればいいのだろうか。

 だが、白の皇帝は彼女たちをそのようには思っていない。むしろ、


「へぇ、女官のお姉さんたちはほんとうに何でもできるんだね。とっても素敵! いいなぁ」


 心底感心するように言って、白の皇帝は自分の爪を見やる。

 爪に彩色を施す文化は、ハイエルフ族にはない。

 もう何度も女官たちとは手をつないでいるのに、どうしていままで気がつかなかったのだろうか。


「ねぇ、俺にもそういう色を塗ることってできる? それともこの素敵な爪は、竜族でなければならないの?」

「いえ、そのようなことは……」

「じゃあ、今度は俺にも色を塗って! 楽しそう!」


 自分にはどんな色が似あうだろうか。どうやって塗るのだろうか。

 早くも白の皇帝ははしゃぐが、女官たちは目配せし合いながら内心困惑する。

 こうして白の皇帝の身の回りの世話も当たり前のようにするようになったが、何せ、自分たちとこの少年には三〇センチ以上も身長差があって、何もかもが華奢な白の皇帝の身体を触ることに慣れたとはいえ、いまだ怖い面もある。

 清楚な容姿に、華奢な指。その爪先も当然世話の対象で、丁寧に手入れはするが、自分たち竜の本性が持つ硬質とはちがうので、力加減はいまも緊張する。


 ――だがそれ以上に緊張を覚えるのは、その事柄を族長がよしとするかどうかだ。


 以前――言葉が通じぬころ、白の皇帝の態度を酷く誤解した女官たちは酷く冷遇し、彼からは身も凍るような叱責を受けている。

 以降は、何事に対しても、まずは族長の許可を得なければならない。


 ――族長の寵愛の対象に、自分たちが施している娯楽を与えるのは。


 どう考えても、叱責は免れないだろう……。



□ □



 そんな女官たちの不安など知る由もなく、白の皇帝は爪の手入れをしている《()(がみ)がいる一室へと通された。

 大地神の居宮は天空神とはちがい、どこを歩いても装飾や調度品があって、色彩が目について華やかだ。いたるところにある家具にも芸術的な細工が施されて、白の皇帝は彼の居宮を隅から隅まで散策しきれていない。

 けれども、それらは居宮を飾るものであって、主である族長を飾り立てているものではない。

《火》神は、上背も体躯もある身体をゆったりと横たえられるような大きなソファーに身を預け、肘置きに頭を乗せている。


 ――よほど疲れているのだろうか。


 白の皇帝とはべつの場所で湯浴みをすませた彼の身体は、だらりとしたまま。

 目に見えて身体には力が入っておらず、周囲に侍る女官たちが彼の手足の先に座り、丁寧に爪を切って、研いでいる。

 その力が抜けているようすにさえ、何やら威風がある。

 彼を飾るのに、そのようなものは不必要だった。


「《火》神!」


 えいッ、と白の皇帝は声を上げるなり、ソファーに寝転ぶ《火》神の身体に飛び乗る。

 以前では考えられないことであったが、いまではこれが日常だ。

 華奢で小さな少年が抱きついても、二二〇センチはゆうにある《火》神は難なく受け止める。ただ、転寝にも近い状態で横になっていたため、《火》神の身体はわずかに、ぴくり、とした。

 白の皇帝の行動は女官たちも心得ており、一瞬だけ手もとに施していた作業をやめる。族長の指に怪我を負わせないよう配慮し、すぐに手入れが終わるようにその動きを再開させる。

 何せ、湯浴みを終えたふたりの背にあるのは、彼らだけに通りが許された寝宮しかないのだから。


「――すまない、すこしうとうととしていた……」


 けっして疲れ果てていたわけではないのだが、横になるとどうにも瞼が閉じてしまう。

 まだ気怠そうな《火》神はそんなことを言って、すでに手入れの終わった片方の手で白の皇帝の頭を撫でてくる。

 以前は怖かったのに、いまでは簡単なしぐさでも触れてもらうとそれだけで何やら胸が温かくなって、嬉しくなってたまらなくなる。


「えへへ」


 と、白の皇帝は愛らしく笑ってしまう。


「神さまはお仕事が大変だもの。疲れるのはしかたがないよ」

「いや、きみが思うほどの職務はないのだが……」


 ――現在、世界は創世期の真っただ中。


 竜族の最高位である「(りゅう)五神(ごしん)」が、自身の司る自然をこれに与えているのだが、それには力の放出や儀式のような自覚すべきものはない。

 竜族は可視化のために人化も竜化も、どちらの姿にもなるが、その本性は自然そのもの。彼らは存在するだけで、世界に清浄かつ活気に満ち溢れるエネルギーを与えているのだ。

 そんな《火》神の上で、白の皇帝は抱きついたまま寝転がる。

 そういえば、と思い、ふと、彼の爪の手入れをしている女官と、その手もとを見やる。ソファーの下に腰を下ろし、彼の爪を切ろうと道具を用意している女官と目が合い、彼女のほうから「すぐに終わりますので」と、このあとの時間を揶揄されるように微笑む。あいにく白の皇帝にはまだ深読みできるほどの知識はなかったので、にこり、と笑みを返すだけ。

 それからすぐに、


「――ねぇ、《火》神」

「ん?」

「《火》神は爪に色を塗らないの?」


 ――ええと、何と言ったっけ? その彩色を乗せる名前は……。


 などと白の皇帝が直截尋ねるものだから、白の皇帝付きとなった女官たちは総じて青ざめ、族長に侍っていた女官たちも一瞬にして顔も身体もこわばらせる。族長の爪の手入れを続行する、どころではなくなった。

 辛うじて動いた眼で「いったい、何を吹き込んだのだ!」と叱責するように口端を痙攣させて、彼女たちをねめつける。

 白の皇帝付きの女官たちは一斉に目を逸らしたが、


「――爪に、何、を?」


 低い声で怪訝そうに、《火》神が白の皇帝に尋ねてくる。

 白の皇帝が先ほどまでのやりとりを楽しげに語り、今度は自分も爪を塗ってもらうのだと言うものだから、今度はどちらの女官も肝を冷やして顔面を蒼白にしてしまう。

 何事にも素直で優しい性格なのは結構なのだが、興味をすぐに話題するのは、女官としては少々……ときには過大すぎて困る。

 現に、族長は雄なので、当然爪紅などは知らないし、女官たちがさりげなく色を付けていたところで興味の端もないので、それは放置に等しい。だから女官たちは爪紅を楽しめた。

 だが、女官から何かを与えられる、という白の皇帝の文言に族長は過剰に反応してしまった。


 ――何せ、すでに解決したとはいえ。


 女官たちは《火》神が寵愛するこの少年に、ずいぶんと非礼を働いていた事実がある。そのせいで《火》神は、危うく白の皇帝を手元から失う寸前まで追い込まれている。

 途端に不機嫌に近くなる《火》神の気配に女官たちは凍りつくが、白の皇帝はそれに気づけない。

 さらには目の前の女官の手を取って、爪に色づいている彼女のそれを《火》神に見せながら、


「ほら、きれいでしょ? 俺もね、こんなふうにしてもらうんだ」


 などと言うものだから、畏れ多くも族長に対して手を……爪先を差し出すかたちとなった女官は完全に硬直し、その場の女官すべてが叱責ではなく、存在の消滅を覚悟するしかなかった。


「……ふん、爪を?」


《火》神は、ほとんど彼女たちの覚悟を実行しかける寸前まで羅刹の眼光を放つ。とはいえ、直截苛烈が本分であっても、白の皇帝の目前でそれをするわけにはいかない。

 怯えさせまい、と炎のような色の眼を辛うじて柔和にさせる。


「きみがそれを望んだのか?」

「うん。俺はどんな色が似合うと思う?」


 白の皇帝の声は、楽しげに弾んでいる。

 このようすなら、本人が自らそれをすることを望んでいるのだろう。

 そう判ずることができたので、《火》神の気配はとりあえずのところは落ち着く。


「きみが望むのなら、どんな色でも似合うだろう。――あとで見せてもらえるだろうか?」

「もちろん! 俺ね、食べ物は苺が好きだけど、色はやっぱり青が好きかなぁ」

「清楚なきみに、よく似合う色だな」


 ――せいぜい、きれいに塗ってもらいなさい。


 表情にこやかに《火》神は語尾につづけたが、これは完全に女官たちに対する叱責だった。

 万が一、少年の気に障ることをしたら容赦はしない、と含みがある。

 普段は言い回しなどできず、揶揄にも疎いというのに、どうしてこういうときだけは直截肝を冷やす含みを口にすることができるのか。

 女官たちはほとんど平伏する勢いで、「勿論にございます」と頭を下げる。

 硬直が解けた女官は、あわてて、けれども粗相ひとつないように族長の爪の手入れを行う。心情としては、早くこの場から立ち去りたかった。

 道具を持って「パチン、パチン」と切りはじめると、


「そっかぁ、聞こえていたのはこの音だったんだね」


 と白の皇帝が言って、《火》神の上で寝転がったまま、爪を切る女官の手もとに注視しはじめる。

 白の皇帝も爪の手入れはしてもらうが、女官たちはそのやわらかな爪に怯えて、切る道具は用いらない。丁寧にやすりで研いでもらっている。

 なので、ほとんどはじめて見る作業に、おもしろそうだなぁ、と思い、自分もこんなふうに《火》神の爪を切ってみたいと思い、それを口にしようとしたときだった。


「……あれ?」


 よく見ると、《火》神の身体から離れた爪が淡い炎のように変じて、蛍火のように宙をゆっくりと舞うさまが見てとれた。


「……つめ、だよね?」


 そう思って蛍火の行く先を見ようと瞳を動かしたが、それはいつの間にか消えてしまって、すでに視界には映らない。

 何で、と思って、爪を切る女官を見やると、女官は心得たようにうなずいて、もう一度、今度は白の皇帝の速度に合わせて族長の爪を切る。

 パチン、と最初に切り落とされたとき、爪はまだ爪だった。

 けれども、それはすぐさま淡い炎となって、先ほど見た蛍火のように変じて、どこかへたゆたうように舞って、気がつけばやっぱり消えている。


「――どういうこと?」


 尋ねると、女官はうなずいて、


「さようでございますね。私どもの感覚をお伝えするのは難しいかもしれませんが、族長のお身体から離れたものはすべて、自然へと回帰します」

「回帰?」

「はい。――我々竜族は……竜の五神であられる族長を筆頭に、本性は自然でございます。《()》族にかぎらず、各部族の族長のお身体から離れるものは、すべて司る自然に回帰するため、あのように変じて、溶けていくのです」

「溶けて、どこに行くの?」


 竜族の本来が自然であるのは、彼らを尊崇の対象としているハイエルフ族に古くから伝わる語り歌で聞かされているし、ハイエルフ族も近しいかたちで自然と自然の融合から光の珠となって誕生する。

 しばらくはその姿で育ち、ゆっくりと人化を覚えていまの形容になる。

 そして、あまりにも長い生命の時間が終わると、その身体も魂も自然へと帰すのだ。


 ――なので、これに関して疑問はない。


 自然とはそういうものだ。そのとおりだと思う。

 ハイエルフ族は一説に、すべての役目を終えた竜族の久遠の果てに誕生した末裔だとも言われているので、うん、とうなずける。

 ただ、あの蛍火となった爪は、どこへ向かい、回帰するのだろうか。


「族長は、《火》族。――《火》族は生命の誕生に必要なエネルギーの源。それが永久に反映するよう慈愛を唱える温かさ、または実りに必要な力を与えております。族長のお身体から離れたものは、それらすべてに回帰し、この世界のすべてに誕生と実りを与えているのです」

「へぇ……、すごい!」


 女官の話に感嘆すると、白の皇帝は嬉しくなって寝そべったまま《火》神に抱きつく。


「ありがとう、火の神さま! 俺たち大地に生きる者に、たくさんの恵みをお与えくださって」


 ハイエルフ族は太古からつづく自然の護り手でもあるため、素直に感謝を伝えると、《火》神はすこしだけ照れくさそうに小さく微笑むが、表情はそれにとどまった。

 普段から彼の表情は変化に乏しい。白の皇帝が現れなければ、久遠の果て、永遠に笑むことも知らなかっただろう。

 微笑……、いまはそれだけで充分だった。

 族長の表情を見ぬふりをしながら、女官たちもまた、我らが族長に優しい変化を与えてくださり、これに勝る感謝はない、と心中で深々と頭を下げる。

 時間はけっしてかけなかったが、それでもようやくのことですべての爪の手入れが終わる。爪の、蛍火へと変じるそれも終わってしまった。

 もうすこし見ていたかったなぁ、と白の皇帝は思う。

 両手が自由となってそのまま寝そべる少年を抱きしめながら、《火》神は「下がれ」と合図し、一度は存分に肝を冷やした女官たちはこれ幸いと、そそくさと下がっていく。


 ――その最中。


 すでに白の皇帝と《火》神の唇はゆっくりと触れ合っていた。

 最初、その行為を「食べられてしまう!」と勘違いした白の皇帝は、わぁああ、と怖がって泣いたものだが、いまはもうちがう。


 ――唇が触れ合うのは、好き、という想いを相手に直接伝える大切な儀式。

 ――どれほど相手を愛しく思っているのか、偽りのない心の表現。


 何も知らなかった白の皇帝に、《火》神が不器用ながら好きという気持ちが何なのかを教えてくれた。言葉がわかるようになって、理解できるようになった。

 だからもう、こうして触れ合うことは怖くない。


「……ん……っ」


 最初はただ触れ合っていた唇も、次第にゆっくりと深く重なっていき、くちゅ、と水音を立てるようになってくる。

 しばらくはソファーの上で寝そべりながら口づけ躱していたが、ふいに《火》神が上体を起こし、白の皇帝を抱き上げながら立つ。


「きみを大切に抱きたい。――つづきは寝宮でもいいだろうか?」


 わずかに頬を染めながら《火》神が問うてくる。

 白の皇帝は嬉しくて、でも、気恥ずかしさも覚えるようになったので、こちらも白い肌をほんのりと赤く染めながら、「うん」とうなずく。


「あ――そうだ、《火》神」

「ん?」

「俺、手入れをしてもらったあとの、あなたの爪をよく見たことがないや。見てもいい?」


 きれいに切って、整えてもらったのだから、さぞや美しいのだろう。

 そう思って、すでに寝宮の扉を開けて宮内を歩いている《火》神を仰ぎ見やると、彼は今度こそ心底幸せそうに笑んでくる。

 普段は厳しい表情も、いまは不思議なくらい優しさに溢れていた。


「もちろん、きみが望むのなら」

「ほんとう? じゃあ、触ってもいい?」

「きみの望むまま、好きにしなさい」


 ――そのために、爪を切っているのだから。


「? 何か言った?」

「いや。……寝所でゆっくりと聞かせよう」

「? うん」


 何だろうと思っていると、白の皇帝の唇に《火》神の唇が近づいてゆっくりと重なった。

 夜はいつも、口づけからはじまる――。

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