3人の聖魔法使い
気が付くと、私は噴水のある公園のベンチに座っていた。
春と言うにはまだ肌寒いが、やわらかい日の光がそれを打ち消し、薫風が心を湧き立たせてくれている。
子づれの親や恋人たちが束の間の憩いを満喫しているどこにでもある風景の、私が座っているベンチの横に見るからに執事という服装の男が立っていた。
(執事と言えばセバスチャン?)
男は一瞬驚いたようだったが、丁寧に一礼して言った。
(おはようございます。私、この地の領主をしておりますトマト・サンドウィッチ伯爵の家令でセバスチャンと申します。お名前をお伺いしてもよろしいですか?)
(家令ってなに?)
(家令とは屋敷を束ねる総支配人と言ったところでしょうか。
ちなみに執事の上役ですね。)
(ありがとう。で、名前ね。あると思うんだけど思い出せない。)
(実は主人から貴方様をお客様としてお迎えするよう下命がございまして。是非、お連れしたいのです。)
ぐうと腹が鳴る。
(ご飯って出る?)
(もちろんございますとも。)
(じゃあ、行く。)
(では。馬車にお乗りいただけますか。)
私は案内された馬車に乗り込み、ぼんやりと景色を見ていた。なにも思い出せない。名前も、なぜ,あそこにいたかも、自分が何者かも。
不安に思うはずなのに、なぜかワクワクしていた。
◎ トマト・サンドウィッチ伯爵
彼と会う前日、私、トマト・サンドウィッチ伯爵は夢告を受けた。
真っ白な部屋で祖父によく似た人物がいる。
私は彼を知っていた。肖像画そのままに、我が家の初代様。
(トンカツ・サンドウィッチである。我が子孫よ。
驚くな、夢告である。
明朝、家令を中央公園に向かわせ、急にベンチに座って表れた青年を上客として迎えよ。
我が家の難事を全て解決してくれるであろう。
生涯の友とせよ。
疑うなかれ。裏切るなかれ。
正直者の頭には神が宿るぞ。)
夜中に飛び起きると、忘れないよう内容をメモした。
何度も複唱して覚えると、メモを鍵の付いた引き出しに入れた。
我がサンドウィッチ家は剛直で知られる家柄である。
初代トンカツ・サンドウィッチは武勇で知られ、建国に大いな功績があった。
侯爵でも足りないくらいの功績であったという。
だが、貴族にとって正直は美徳ではない。揚げ足を取られる。ゆえに伯爵。
曲がったことが大嫌い。豪放快活で裏表のない性格が好まれ、部下に恵まれ王に愛され民に慕われた。
辞世の言葉が(正直者の頭には神が宿る。)である。
我が領内で犯罪が少ないのは初代様のおかげだと思っている。
どこの貴族家においても初代は神のごとく敬愛される。
夢告に従うのは義務だと思った。
◎ 出会い
屋敷に着くとサンドウィッチが渡され、食べながら説明を受ける。
なんでも高貴な方(伯爵)とお会いするには、身を清めて衣服を改める必要があるそうで、風呂に入れられ着替えさせられた。
謁見室というのがあり、普通はそこで拝謁するそうだが執務室に通された。
伯爵は普段着で応接椅子に座り、私もカジュアルな服である。
(ようこそ我が家へ。私がトマト・サンドウィッチだ。君は名前がわからないそうだね。)
(いや、今思い出しました。タマゴです。よろしくお願いします。私は礼儀とかよくわからないので失礼があってもお許しください。)
(かまわないよ。普通に話してくれて。で、なぜ今思い出したんだい?)
(貴方が質問したら頭に浮かんだ。)
(じゃあ、私が質問してゆくから、答えられる範囲でいいから答えてほしい。)
(出身地は?)
(わからない。)
(父母、兄弟は?)
(わからない。)
(職業は?)
(----。少し待って。ヒーラーのようだ。)
(ヒーラー?)
(医者みたいなもんだ。細かいことはすぐには無理みたい。)
(ステータスって言ってみる?)
(ステータス。)
目の前にステータスボードが現れ、字が浮かんでくる。
(レベル1 職業、ヒーラー 聖魔法1 スキル 交換)
読み上げると伯爵の顔色が変わった。
(君は聖魔法が使えるのか。病気を治すことはできるか?)
(病人を見て見ないとわからない。それも貴方が質問してくれなければわからないと思う。)
(すぐに見て欲しいのだが。)
(その前に病人の詳細が知りたい。お願いできる?)
病人の名前はレタス・サンドウィッチ。トマト・サンドウィッチ伯爵夫人。
数年前に白死病を発病した。現代では結核である。
かなり進行し、数度喀血して1年は持たないと言われている。
(どうだ、治せそうか?)
(人払いをして。二人だけで話したい。)
伯爵が目配せすると家令と護衛が部屋から出てゆく。
(確認。聖魔法で治せないのは知っているはずだよね。
体と一緒に病魔も回復させてしまう。
でも、貴方が質問したことで治す方法が頭に浮かんだ。
ここからは人道に関わってくるんだけど。
覚悟はある?)
(私は伯爵だぞ。我が領で人の生き死にを決定する判断は何度もしている。)
(生贄が必要なの。貴方の親族のために他人の命を消すんだよ。)
伯爵は暫く考えると(教えてくれ)と言った。
(私のスキル交換と聖魔法で奥さんの病魔を他人に移し、その他人の健康な部分を奥さんのダメになった部分と交換する。
奥さんは健康を取り戻すが、その他人は数日で確実に死ぬ。
生贄は人間で、奥さんと同じような年ごろの女性しかダメだ。
外道の技だ。やりたくないね。
貴方には今後も世話になりそうだから、貴方がやれというならやる。
ただし、やった責任は全部貴方にとって貰う。
私のことを守って、一生食べさせて、褒美もほしい。
三食昼寝付きのグータラ生活が希望ね。
代わりに今後も治療は貴方を通してしかしないって約束する。)
(わかった。生贄は死刑囚がよかろう。極秘にしても上にはばれるだろうが。
責任は全部私が持つ。頼む、やってくれ。)
◎ 伯爵夫人
私はベッドに持たれかけて庭を見ていた。
早春は枯草の茶色とともに青葉が顔を見せている。
もう、長くはない。来年はこの景色を見れないだろう。
夫が客を連れてくるという。医者だろうが無駄なことだ。
ベッドの上でガウンを羽織ると客を待った。
(今日は具合がよさそうだ。そのまま、ベッドから下りないで。)
夫はいつも優しい。
(ヒーラー?の先生だ。上手くいけば治るかもしれない。)
また詐欺師だろう。昔は夫のやさしさを利用してと腹立たしく思ったが今は素直に従っている。
どうせ死ぬのだ。夫の好きにしてもらおう。
彼は変わった外見をしていた。20代前半ではないだろうか。
黒目黒髪で顔の造作がこの国のものではない。
今まで見たことがない異国の青年だと思った。
(奥さん、手を握ってもいい?
それと洗面器にお水を張って持ってきて。)
彼は私の左手を握り、右手を水に浸した。
彼の左手が薄く発光し、なにかが彼の体を通って右手から水にしみこんでゆく。
気づくと熱が引き、息苦しさが緩和されていた。
(少しは楽になったと思うけど、どう?)
(はい、かなり楽になりました。)
驚いて彼のほうを見た。首を絞めていた真綿がゆるんだようだ。
(熱と息苦しさの原因になったものを少しだけ水に移した。
全部移すと病が重くなるので幾分残してある。
奥さんを治すことはできるけど、どうするか。伯爵様と相談してね。)
そう言うと彼は部屋から出て行った。
後で洗面器の水をなめてみたという侍女の話では、苦くて変な味がしたそうだ。
◎ 夫婦の会話
(どうだい、信用する気になったかい?)
(説明して。)
私は全てを妻に話した。
(死刑囚って誰?)
(ブラッディ・メアリー。18人もの男を殺して金品を強奪した極悪人だ。
引き回しの上、公開処刑、打ち首、さらし首がいいとこだね。
この治療を隠すか公開するか悩むところだけど。)
(嫌よ。弱った体を見られるなんて絶対嫌。)
(どんな君でも美しい。)
妻は顔を赤らめた。可愛い。
(治るまではダメよ。)
(あの子はどうするの?)
(何事も試してみるのは必要だと思わないか?)
(私がお試しって訳?)
(嫌じゃないだろ?)
(治るわよね。)
(彼は治ると言っている。私はそれを信じる。)
◎ セバスチャン
私、セバスチャンはサンドウィッチ伯爵家の家令である。
3代続けてサンドウィッチ伯爵家に仕えている。
明け方、伯爵様に下命された内容は不思議なものだった。
(中央公園で急にベンチに座って表れた青年を上客として迎えよ。)
まだ明けぬ空を見上げ、肌寒い中を馬車を走らせる。
屋敷から中央公園まで10分もかからないが、上客を徒歩で迎えるわけにはいかない。
最上級の馬車を仕立てて中央公園まで行くが、日の出前に誰もいるはずがない。
日の出数時間たって、少しは人が出てきた頃、睨むように見ていたベンチから少し目を離して戻した時にはもう、青年が座っていた。
みすぼらしいわけではないが、平民の粗末な服を着ている。
(急にベンチに座って表れた青年)と口の中で呟いてから近寄る。
寝ているようだが起こさず、目覚めを待つ。
ふっとこちらに目を向けた。
(執事と言えばセバスチャン?)
私は一瞬驚いたが、一礼して言った。
(おはようございます。私、この地の領主をしておりますトマト・サンドウィッチ伯爵の家令でセバスチャンと申します。お名前をお伺いしてもよろしいですか?)
(家令ってなに?)
(家令とは屋敷を束ねる総支配人と言ったところでしょうか。ちなみに執事の上役ですね。)
(ありがとう。で、名前ね。あると思うんだけど思い出せない。)
(実は主人から貴方様をお客様としてお迎えするよう下命がございまして。是非、お連れしたいのです。)
ぐうと腹が鳴る。
(ご飯って出る?)
(もちろんございますとも。)
(じゃあ、行く。)
(では。馬車にお乗りいただけますか。)
青年は案内された馬車に乗り込み、ぼんやりと景色を見ていた。
屋敷に案内し、軽食としてサンドウィッチを渡す。
初代の名のついたトンカツ・サンドウィッチである。
(わあ、カツサンドだ。いただきます。)
青年はその場でむしゃむしゃと食べ始める。
(カツサンドではございません。トンカツ・サンドウィッチでございます。
当家の初代様が考案され、王より初代様の名をそのままつけられた名誉ある当家由来の食べ物でございます。)
(ヘえー。初代様って偉かったんだねー。お代わり。)
彼の笑顔を見て、私は彼のことが好きになった。
(どうして私の名前がセバスチャンだと思われたのですか?)
(執事と言えばセバスチャンだから。)
よくわからない説明を聞きながら彼を見定めてみる。
黒目、黒髪。男としては小柄なほうだろう。中肉中背。
どう見てもこの国の人間とは思えないが、愛される顔立ちだろう。
今までの話から実直な人格を感じる。
サンドウィッチ伯爵家ではなにより好まれるのではないか。
風呂と着替えを進めた合間に、主人にそう報告した。
(君は彼を胡散臭いとか思わないのかい?)
(名前を当てられました。執事と言えばセバスチャンだそうです。)
(ふ、よく判らんが、面白い男のようだね。)
久しぶりに主人の笑顔を見て、彼が伯爵家に幸福を運んでくれる。
なぜかそう思った。
◎ ブラッディ・メアリー(娼婦)
あたし、メアリーは18人もの男を殺した極悪人だそうだ。
若いころはよかったね。男はみんなあたしに夢中さ。
いくらでも貢いでくれた。30も過ぎるとダメだね。
エッチの腕を磨いても、若いのにみんな持っていかれる。
そこであたしは考えたのさ。
やってる最中に盆の窪にぶっとい針を刺してやるのさ。
簡単なもんだね。すぐ死んじまった。数は覚えちゃいないねえ。
金を洗いざらい取り上げてトンズラしちまやぁ、見っからないね。
あたしにだって、いいことか悪いことかの区別くらいつくさ。
いつか,つかまって殺されるなんてわかっちゃいたさ。
でもね。やる以外におまんま食う生き方なんざ知らない。
誰もあたしを助けちゃくれなかったんだ。
だから捕まるまでやってやったんだ。ざまあみろ。
捕まってしばらくは地下牢とやらに閉じ込められた。
飯が3食出てきたのはありがたかったね。
しばらくしたら、けっこういい部屋に鞍替えされた。
飯もよくなったし、変だとは思っていたんだ。
男が来て、あたしがどうなるか教えてくれた。
(ご領主の奥さんの病魔を貴女に移し、貴女の健康な部分を奥さんのダメに
なった部分と交換する。
奥さんは健康を取り戻すが、貴女は数日で死ぬ。
治療まではいい生活は保証する。どうする?)
(嫌だって言ったって、殺されるのは決まってんだろ。
でも、苦しいのは嫌だから楽にやってくんな。
死んだらどうなるのかねえ。あんた頭いいんだろ。
知らないのかい?)
(私の国で信じられている話をしようか。
まず、ここは人間界だ。同じような世界が6つある。
下から地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、天界。
この世の始まりから終わりまで魂は己が成した事に従い、生まれ変わり死に変わりをする。
いいことをしたら、いいところに生まれ変わって、いい生活ができる。
悪いことをしたら、ひどいところに生まれ変わって、悲惨な生活となる。
貴女は人をたくさん殺して悪いことをしているから地獄だろうね。
でも、ご領主の奥様のために身を捧げるのは凄くいいことだからいいところに生まれ変われるかもしれないね。)
(わかった。その代わり楽に死なしてくんな。)
(請負おう。約束する。)
男はあたしに握手して約束してくれた。
なんだか体が楽になったようだ。
◎ 初めての治療
レタス・サンドウィッチ伯爵夫人はメアリーに手紙を書き、感謝を伝えた。
メアリーは字が読めないのでタマゴが読み聞かせた。
メアリー様
突然のお手紙、驚かれたことでしょう。
私レタス・サンドウィッチはここサンドウィッチ伯爵領の領主であるトマト・サンドウィッチの夫人です。
私は白死病にかかっており、1年持たないそうです。
タマゴさんからお聞きになったように私の病魔を貴女に移し、貴女の健康な部分を私さんのダメになった部分と交換する事になりました。
私は健康を取り戻すけど、貴女は数日で死ぬそうです。
私はこの話を聞いた時、とても喜びました。
嬉しかった。また娘を抱けるなんて夢のようでした。
でも、暫くしてとんでもない思い違いをしていたことに気付いたのです。
貴女の命を刈り取って私の命に接ぎ木するのです。
なんて理不尽な話でしょう。
貴女の命なんかどうでもよくて、自分が生き延びるのが嬉しいなんて。
私はなんて浅ましいのか。
夫から聞きました。
貴女は18人もの男を殺して金品を強奪した罪人だから
引き回しの上、公開処刑、打ち首、さらし首になると決まっている。
でも、死刑囚だからと言って命をもて遊ぶのは人道に反しています。
でも、私は生きたい。
だから私は貴女にお願いすることにしました。
貴女の命を私にください。
貴女にいただいた命は無駄にしない。精一杯懸命に生き、
貴女にいただいた命を大切にします。
もし、貴女がそれでも嫌だと仰るようなら、諦めます。
よく、お考えになってお決めください。
レタス・サンドウィッチ
その後、メアリーはよく食べよく眠った。
(ご領主の奥さんにいいのをあげるんだ。)
一週間後、治療が始まる。
2つ並べられたベッドには二人が寝かされ、間にタマゴが椅子に座る。
メアリーの額に手をかざし(良き夢、見よ)、とすぐに眠りに落ちる。
二人の手を握りレタス夫人に(絶対手を離さないでください。)
目を閉ざすと黒い靄がレタス夫人の上に浮かび上がり、白い靄がメアリーの上に浮かぶ。
すうと白い靄がメアリーの上からレタス夫人の上に流れ、逆に黒い靄がレタス夫人の上からメアリーの上に移動する。
少しずつ沈み込むように二人の体に鼻から入っていった。
二人の呼吸と鼓動はシンクロし、呼吸ごとにタマゴの手から
何かが交換されて互いに受け取っている。
いつの間にか呼吸と鼓動はシンクロをやめ、タマゴは大きく息を吐いた。
(レタス夫人、もういいですよ。)と手を放す。
(ご機嫌は如何ですか?)
(いいと思います。)泣きながらタマゴに抱き着いた。
(伯爵さまに嫉妬されますのでその辺で。)
タマゴは伯爵と交代してメアリーの方に向かう。
(そのまま死ぬまで幸せな夢を見させてやりたい。)
(私もそれがいいと思います。)
メアリーを残し、全員がその部屋を去った。
三日後、メアリーは苦しむことなく、静かに息を引き取った。
荼毘に付され、サンドウィッチ家の墓所のそばの柳の木の下に墓が立てられ、レタス夫人は生涯供養したという。
◎ 完治の後
レタス・サンドウィッチ伯爵夫人は全快した。
1週間ほどは様子見したが、その後、食事や運動をタマゴの監修の元見直し、再発を防ぐこととなった。
病魔については動物にも移せることがわかり、罹患している者は全員全快した。
久しぶりの妻の体は素晴らしかった。
(治ったね。)
(全快よ。凄く良かった。あの子の番ね。私からお願いしてみる?)
(いや、私からする。私を通してじゃないと都合が悪いらしい。)
(彼を守るために魔法契約でもしてみたらいいんじゃない?)
(そりゃいい。やはり君は最高のパートナーだ。)
(もう一回できそう?)
(喜んで。)
執務室にタマゴを呼ぶと切り出す。
(私と魔法契約を結んでもらおうと思う。)
(魔法契約?)
(契約したことを魔法で重ねて約束することを魔法契約という。一度魔法契約したら契約破棄できない。
もし。破った場合、死ぬことになる。破らせた者も同等の罰を受ける。
神でも覆せない契約になるから、よほどのことじゃないとしない。それだけ君が危険なんだよ。
命の接ぎ木なんて君にしかできない。
誘拐、権力をかさに着ての命令などから君を守るにはこれしかないんだ。)
(あれから図書館で勉強させてもらった。初代様の辞世(正直者の頭には神が宿る。)って、いいねえ。感動した。貴方を信用する。魔法契約を結ぼう。)
やはり初代様には頭が上がらない。
魔法契約は順調になされた。
想定される全てが検討され、互いにとって過不足ないものとなった。
(ところで、私には娘がいる。今年14だが、5歳の時突然足が動かなくなってそのままだ。治せるか?)
(知ってる。なんで早く言わないのかと思ってた。セバスチャンから聞いたよ。心配してた。あんまり遅いからこちらから言おうか迷ってた。
女性は用意があるだろうから、お伺いを立ててる間に治療記録を見せて貰える?)
治療記録と言ってもメモや覚書のようなものだったが、どうやら骨盤や背骨の神経に問題があるように思える。
会う段取りが付いたので部屋に入る。
部屋には伯爵と伯爵夫人がいた。
伯爵夫人は娘を膝に、宝物のように抱いていた。
(おはようございます。ピクルス・サンドウィッチです。)
14にしては体の発達が悪いが、理知的なブルーの目をしている。
薄い金髪とブルーの目は夫人譲りだが、顔の造りは父親に似ている。
かなりの美人で現代ならグラビアの表紙でもおかしくはない。
(タマゴと申します。ヒーラーでお嬢様を診察に参りました。)
(ヒーラー?)
(私の国では聖魔法使いのことをヒーラーと言います。)
(タマゴさん。お母さまを治してくださったそうですね。
本当にありがとうございます。おかげさまで、また母に抱いてもらえました。)
嬉し涙をこぼすと、夫人に抱き着く。
(今度は貴方の番ですよ。診察させていただけますか?)
伯爵と伯爵夫人は宝物を扱うように娘をうつぶせに寝かせた。
タマゴは彼女の首筋から背骨、尻のあたりまで服の上から手をかざす。何度か往復させてから
(まず、伯爵様にお話ししたいと思います。よろしいですね。)
別室で人払いをした後、話を始める。
(伯爵様は人から恨みを買ってる覚えはある?ありゃ呪いだ。)
(呪い?なんで娘が呪われにゃならんのだ。)
(貴方か夫人を苦しめたいから。)
暫く間があく。
(治るのか治らないのか。)
(治る。間違いなくね。交換のスキルで呪い返しができる。
ただ、呪いがどう返るか判らない。足が動かなくなる呪いだからそうなるだろうけど、誰がそうなるか判らない。呪った奴か、呪いを頼んだ奴か、呪った奴の娘か、呪いを頼んだ奴の娘か。
呪った奴か、呪いを頼んだ奴なら自業自得だけど、呪った奴の娘か、呪いを頼んだ奴の娘だったら可愛そうだ。
親の因果が子に巡るのはありかもしれないけれどね。
どうする?)
(解呪はできないのか?)
(今は無理だ。もっと人助けをすれば聖魔法のレベルが上がってできるようになるかもしれないけど、凄く時間がかかると思う。10年以上かな。)
(やってくれ。頼む。)
(いいけど、時期を決めたら面白いことになる気がするんだけど。
貴族の娘ってデピュタントだっけ、13歳から16歳の娘がお披露目するって聞いたんだ。王様の前で両親ともどもご挨拶ってやつ。王国の貴族ほぼ全員集まるんだってね。
呪いとか魔法って、ほとんど貴族しか出来ないそうだけどホント?)
(その日に呪い返しするのか?)
(さっき言ったよね。自業自得って。貴方も奥さんもすごく苦しんだでしょ。
貴方がやり返さないならいいけど、これはあんまりだ。
やられたらやり返すのが基本っしょ。)
(やってくれ。頼む。)
(奥さんには言ってもいいけど、娘さんには黙っとこうね。)
(当たり前だろう。)
◎ 王妃
この世界には現在、聖魔法使いが3人いる。
二人目は王妃であった。それも正妃、王太子の母でもある。
隣国の王女で隣国との同盟の証として迎えられ、互いに経済的に補完しあう関係であったために大切にされていたが、当初は聖魔法を使えなかった。
ある日王太子が落馬し、重傷を負い、助からないと言われた。
突然、王妃が聖魔法を発現し王太子のけがを治したのだ。
奇跡とも言われたが、王太子は命を拾ったのである。
ところが事はこれで終わらなかった。
王太子は毒を盛られたのである。
これも王妃が解毒し、王太子は命拾いした。
(誰がやった。)
王妃の魔力をこめた大音声が王宮に響き渡る。
当てられて、つい、申し訳ありませんと言った侍女から犯人が割れる。
第2妃であった。
父親の公爵と結託し、子の第2王子を立太子しようと目論んだのだ。
先日の王太子落馬も仕組まれたものと判明した。
王太子を弑しようとしたのだから大罪である。
公爵は毒杯を賜り、家は断絶。第2妃と第2王子は生涯幽閉となる。
困ったことになる。
王妃が聖魔法を磨きたい、他人を治療したいと言い出したのだ。理由はわかる。
(王や王太子がもっと重い怪我や猛毒を盛られたらどうするのですか?)
正論であるが正妃であり、王太子の生母である。
そこらの平民を治療させるわけにはいかない。
貴族や騎士、侍女、女官に他国の貴族まで間口を広げて対応した。
騎士は戦いが本業である。稽古に怪我は付き物だし、大怪我をすれば進退に影響する。
王妃にとってはいいお得意様となる。
騎士達にとって王妃は女神のように慕われた。
王妃の腕前は上がり、ちぎれても腕さえあれば繋げるようになったし、どんな猛毒でも解毒できるようになった。
彼女は他の聖魔術使いと話をしたいと思うようになる。聖魔法使いは貴重であり、どういう魔法があるのかも、本すら残っていない。一人ではどうしようもなく不安になることがある。
助言や聖魔法の機微について話し合い、互いに高めていきたいのだ。
もう一人いるとは聞くが、伝説であり、行方が分からない。
王妃は悶悶としていた。
◎ 呪い返し
この国、ベジタブル王国では4月1日に貴族の娘がデピュタント、13歳から16歳の娘がお披露目する。
王の前で両親ともども挨拶して初めて貴族の娘と認知される。
今年のデピュタントでそれは起こった。
ダンスの最中、突然、ある侯爵令嬢が座り込んだのである。
足が動かなくなり、王妃が呪いだと看破した。
侯爵は王妃に呪いを解いてほしいと願う。
(侯爵、貴方誰かを呪いましたね。これは呪い返しです。
私は息子を暗殺されかけました。犯人が憎かった。
私は貴方の娘の呪いを解きたくありません。
それ以前に解き方がわからないのです。
自業自得です。諦めなさい。)
呪い返しをした方はわからずじまいだった。
貴族の娘が足が動かないなど、あっても外に出すことはないから。
ちょうどその時間、タマゴはピクルス・サンドウィッチ嬢に呪い返しをかけていた。
呪い返しの後、数日をおいてデピュタント会場から報告が上がった。
その侯爵はサンドウィッチ伯爵の敵対派閥の長であった。
聖魔法使いは貴重である。侯爵は必死に探した。
王妃以外に使い手はこの国では見つからず、侯爵令嬢は治らなかった。
郁子なるかな。
◎ 褒美
(伯爵様、褒美が欲しいんだけど。)
(何が欲しいんだ?)
(領内の子供全員に義務教育をしてほしい。)
(義務教育ってなんだ?)
(領内の子供全員が読み書き計算ができるようにするってこと。)
(おいおい、平民は大人でもないぞ。)
(じゃあ、領内の全員が読み書き計算ができるようにする。)
(そんなん無理やろ。)
(ブラッディ・メアリーって覚えてる?
調べたんだけど彼女って孤児院出てからすぐ娼婦になったそうなんだわ。14歳だよ。ピクルスちゃんと同じじゃん。
教会が孤児院運営してて、喰うところに住むところはあっても誰もどうやって生きてくか教えてくれなかった。助けてくれなかった。だから捕まるまでやってやったんだ。ざまあみろ。
って調書に書いてあった。
孤児院から始めて、みんなに広げていけないかなあ。)
私は胸が痛くなった。
14歳?私の娘と同じ?ピクルスが娼婦?
(今度、議題に挙げてみる。孤児院に教師を派遣するくらいならできるかもしれない。申請書くらい教えてもらって書いてみろ。)
(奥さんに聞いてみるね。)
止める間もなく走って行った。
(ダメだ。決まっちまう。)
予算をどこから引っ張ってくるか。それ考えた方がよさそうだ。
結局、孤児院全部に教師を派遣し、最低限の教育を施すこととなった。
後年、伯爵領を大いに潤すこととなるが、それはまた別の話。
◎ 王様にばれる。
(伯爵夫人の病気が治ったそうだが詳細が知りたい。)
えらく荘厳な箱入りの書状に美辞麗句を極めた内容がこれだった。王からの召喚状。地獄からの呼び出し状ともいう。
(5月か。持った方だな。タマゴを呼べ。)
(タマゴ、私と一緒に王様に会ってもらうぞ。)
(いいけど、みんなで行かない?)
(みんなってレタスやピクルスもか。)
(ばれたんでしょ。どうせなら全部バラしちゃえば。後腐れなくなるし。)
(困らないか?)
(頼んでくるの貴族でしょ。がっぽり金取ってやろうよ。
孤児院だけじゃなく、町や村に教師派遣したいし。お金はいくらあっても困らないよ。
正直が一番。王族にも恩売れるんじゃない?)
(例の呪い返しはどうする。)
(喧嘩してて先に剣を抜いたほうが悪いよね。で、切られて
こちらも剣を抜いて反撃して切ったら誰が悪い?)
(先に剣を抜いたほうだ。国法でそうなっている。)
(じゃあ、悪いの、先に呪いをかけた侯爵じゃん。こっちは反撃しただけ。)
(タマゴにかかると悩みが悩みじゃなくなる気がする。)
(じゃあ、決まりね。みんなで全部バラしに行こう。)
王都へは2週間かかった。
女ずれで馬車で行くとそれくらいかかる。
タマゴが馬に頭かじられたのは笑った。妻も娘も笑いこけていた。髪の毛喰われたのを聖魔法で生やしてたが、毛の薄い貴族は金を出すんじゃないだろうか?
薄くなったら生やしてもらおうと思ったのは秘密だ。
◎ 謁見室にて
ところで私は男爵になった。貴族じゃないと王様に会えないらしい。サンドウィッチ伯爵旗下の男爵だそうだ。
タマゴ・ウイッチ男爵だって。
大謁見室って大きいね。
王都の伯爵邸がすっぽり入るんじゃないかと思う。
王都にいる貴族は全部いたんじゃないだろうか。
伯爵は初めから終わりまで全部バラした。
夢告ってなに?聞いてない。
呪い返しの言い訳から(みんなで全部バラしに行こう。)まで。なんで馬に頭かじられたのまで言うかなあ。
(髪の毛喰われたのを聖魔法で生やした)ところで、やかん頭の宰相殿がジト見して怖いのなんの。
奥様の病気を見た医者から(治るはずがない)と聞いた王様が不思議に思ってばれたらしい。
サンドウィッチ伯爵家って凄い。彼が言うんだから本当だ。
奴が嘘を言う訳がないって全部の貴族が納得してる。
おとがめは全くなしで済んじまった。
魔法契約のおかげで王家に召し上げられなくて済んだけど、
(魔法契約で伯爵とペアじゃないと何もできませんので、治療受けたい人は来てください。)ってとこで文句が出た。
仕方ないので冬の間だけ(社交シーズンらしい)、みんなで王都在住になるらしい。
実際問題、魔法契約でなくても、伯爵が質問しないと治せるかどうかわからないんだからどうにもならない。
説明しても判らんのかね。簡単な聖魔法なら出来るんだけど、難しい奴になるとバンザイするしかない。治し方が見当すらつかない。
伯爵が(治せるか?)って聞くと、なぜか治し方が頭の中に浮かんでくる。
不思議仕様なんだよ。なぜだか私にもわからない。
(蝉はどうして鳴けるのか、蝉にわかると思いますか?
それと同じで私にもわかりません。そういうものだと思ってください。)
最後にそう締めて終わりにした。
◎ 王妃と会う
謁見が終わって帰ろうかと思っていたら、王妃様からのご招待が入った。
伯爵様は用事があるとかで、レタス夫人とピクルスちゃんと謁見する。
ミックス・ベジタブル王妃は御年32歳。
なんとレタス・サンドウィッチ伯爵夫人とベジタブル王立学園の同級生だそうだ。
現ベジタブル王の許嫁として学園に入学し、伯爵夫人とは親友の中。伯爵夫人の病状に心を痛めていたらしい。
ピクルスちゃんは王太子の一つ下で、王太子妃の有力候補。
で、かの侯爵令嬢も王太子妃の有力候補だったから呪われたみたい。まあ、ひどい話だ。
(レタスを救ってくれて、本当にありがとうございました。
王宮で親友は作れません。数人しかいない親友を一人亡くすところでした。)
王妃様は涙を流して感謝してくれた。
(ところで。)
ぞくっと悪寒が走る。
(私も聖魔法使いなんですけど、貴方とは是非お話ししたいと思いまして。)
レタス夫人の目が空を向いている。
(長いわよ。)と聞こえた気がした。
それから3時間、私の手を握り、切々と聖魔法使いとしての孤独や王妃としての苦労、王の浮気癖や王子や王女陛下のいたずらに至るまで、延々と独演会が続いた。
やっと話に一区切りがついたところで。
(お茶にしませんか?)
一服したところで、なんか変だなと思って
(ステ-タス)と言ってみた。
(レベル3、職業 男爵、聖魔法使い 聖魔法レベル6
魔法一覧 ハイヒール、ハイキュア、エリアヒール、エリアキュア、ピュリフィケーション、聖なる光、シールド、鑑定、生活魔法
スキル 交換、洗浄、念動力)
なんか増えてる。
(王妃様、ステ-タスって言ってみてもらえませんか?)
(ステ-タス?わあ。これって。
(レベル3、職業 王妃、聖魔法使い 聖魔法レベル6
魔法一覧 ハイヒール、ハイキュア、エリアヒール、エリアキュア、ピュリフィケーション、聖なる光、鑑定、生活魔法
スキル 洗浄)
(多分、現状で使える魔法とか、お互いに交換しあったみたいです。)
(よくわからないものも増えてますけど。)
(多分交換した段階で進化したとか?)
(是非試してみたいです。)
(もう、遅いですし、明日以降にして手紙で報告しあいません?
ハイヒール、ハイキュアはヒール、キュアの上位互換。
エリアヒール、エリアキュアは範囲魔法。ピュリフィケーションは綺麗にしたり、呪いを解いたり、アンデッドをやっつけたりする魔法だと思います。
聖なる光は攻撃魔法でしょうか?鑑定は病気や怪我を鑑定かな?
生活魔法や洗浄はわかりませんねえ。
私のスキル交換は移せなかったようです。
あ、伯爵や王様がこちらをご覧になってます。
もう遅いですし、手紙で報告しますね。
冬になったら、また来ますので。それまでよろしくです。
ありがとうございました。)
王妃がステイタスボードを真剣に見ている間に、みんなで逃げてきた。ちなみにステータスボードは本人にしか見えない。
その後、王妃は思いついてスキルを鑑定してみた。
鑑定結果 スキル洗浄 人間の魂を洗い素直にする。
過去に犯した悪行を洗いざらい白状する。
魂洗えるんかい。と思ったことは秘密である。
◎ 王都での治療
王城の正門前には大きな広場がある。
謁見の1週間後、そこで王都および近辺の平民に聖魔法による治療を行うことになった。
謁見後にお触れが出たそうだ。
思った以上の人数が集まっており、最初にサンドウィッチ伯爵から挨拶があった。
正門前が高く、少し坂になっており、正門前に二人で立つ。
(この度、ここにいるタマゴ・ウイッチ男爵が聖魔法使いであることがわかった。王の慈悲により民に治療を施す。
聖魔法は神や信心とは関係のない魔法である。
見た目通りタマゴ・ウイッチ男爵は異邦人で我々とは違う神を信仰している。布施やお礼は必要ないので王に感謝するように。
今後も王都や我が領都で年に数回行う予定である。
なお、聖魔法が効かない事例もある。寿命である場合、腕や足の欠損、重い病、栄養失調などである。
魔法契約により私、トマト・サンドウィッチ伯爵が彼、タマゴ・ウイッチ男爵に命令しないとタマゴ・ウイッチ男爵は聖魔法を発動できない。
では、トマト・サンドウィッチが命ずる。タマゴ・ウイッチよ。聖魔法を発動せよ。)
私はいきなり魔法を発動した。
(エリアハイヒール、エリアキュア、ピュリフィケーション
)
広場の上に白い靄のようなものが現れ、人々の体に沈んでゆく。人々の体から黒い靄がにじみ出てきて上空へ上る。
地より薄い光が発せられ人々と黒い靄を浄化する。
(目が見えるぞ。)
(腕が動く。)
(寝たきりだったのに起きれるようになったぞ。)
魔法を発動してすぐに正門が開けられ、私たちは引き下がった。門前には今、トマト・サンドウィッチ伯爵が宣言した内容が布告として掲げられた。
神官の服を着た数人が広場の向こう側から門のほうに向かって走ってきた。高位の神官のようで門番に詰め寄っている。
(どうして勝手にやった。神殿前でやる約束はどうなった。
話が違う。王に面会したい。)
布告として掲げられた看板を引き抜いて足蹴にする。
神官たちは門番に促され、入場してゆく。
布告は門番たちによって元の位置に戻された。
21,神殿と王家
この国の宗教は唯一絶対神を祭るものである。
神の子と呼ばれる人が昔から信じられていた神の教えを昇華し、愛を説いた。
神の子には奇跡を起こす力があり、それが聖魔法と似通ったけがや病気を癒す力を内包していたため、聖魔法は神が起こす奇跡と信じられてきた。
実際、初期の聖人と呼ばれた人々は奇跡を起こすことが出来たようだ。
時がたつにつれ奇跡を起こすことができる聖人はいなくなり、それとともに神殿は腐敗を始める。
高額な免罪符を売りつけ、買えばどんな罪も許され天国へ行けると説く。神殿の信用が落ち始め、信者の減少に困った神殿はうその奇跡を演出するようになる。
神官が民衆の前で祈り、その祈りによって奇跡が起きた芝居をうったのだ。何度かばれかけ、大騒ぎになり、噂になる。
うその奇跡を演出することは段々と難しくなってゆき、辞めざるを得なくなった。
そんな中、ある神官が聖魔法使いを傀儡とし、神官が祈ると同時に聖魔法をかけさせて奇跡を演出することを考えた。
各地の神殿に通達を出し、聖魔法の使い手を探すようになる。
孤児が最も都合が良いので、各地の神殿に孤児院を作らせた。聖魔法に限らず、ほとんどの魔法使いは14歳までに能力が発現する。これにより神殿は成人を14歳とし、14歳になった孤児達を孤児院から出すことにした。
これが神殿の孤児院が孤児たちに教育を施さなかった理由だった。下手に知恵をつけると神官の言うことを聞かなくなるからだ。
これより約200年前にこの方策が実を結びそうになった。
一人の孤児の女の子が聖魔法の適性を持っていた。
教育を受けさせ、やっとこさものにしてさて本番、というところで彼女は失踪し、いくら探しても見つからなかった。
それから200年。
聖魔法の適性を持つ者は一人として現れなかったのだ。
やっと現れたと思ったら王妃である。
さすがに神殿も王家とは争うわけにいかない。
ところが王妃を聖女として神殿に迎えたいと言った枢機卿がいた。
(王太子が落馬した時、あなたは(寿命です諦めてください。)と仰いました。あの時、私は信仰を捨てました。その私が聖魔法に目覚めたのです。
聖魔法は神や信心とは関係のない魔法です。
信心のない私は聖女にはなりません。お帰り下さい。)
神官および神殿の関係者は王宮から追放された。
これより神殿と王家の冷たい関係が始まることとなる。
◎ 枢機卿
新たな聖魔法使いが現れたという情報はすぐに神殿に伝わった。神殿関係者は謁見の場にはいなかったにもかかわらず、謁見の次の日には神殿に聖魔法使いを聖者として迎えたいという要望が届く。
王宮にかの枢機卿が押しかけ、話し合いが行われた。
ちなみにタマゴ・ウイッチ男爵は同席していない。
王と王妃の前でトマト・サンドウィッチ伯爵が説明にあたる。
トマト・サンドウィッチ伯爵は枢機卿に何度も説明したが平行線となる。
(ですから、魔法契約で私がタマゴ・ウイッチ男爵に命令しないとタマゴ・ウイッチ男爵は聖魔法を発動できないと何度言ったら理解できるのですか。)
(そんなもの破棄してしまえばよい。神のお力により魔法契約は破棄じゃ。)
(今まで誰も出来なかったことをやれと仰る。
神殿においても一度たりとも魔法契約を破棄できたことはありません。
破棄できなければ私も、タマゴ・ウイッチ男爵も、貴方も死ぬのですぞ。)
(神のお力に不可能はない。)
王が言った。
(では試しにやってみればよい。
いや、この魔法契約を破棄するわけではない。
我らの目の前で枢機卿と法王が魔法契約を結び、その魔法契約を神の力をもって破棄する。その後、魔法契約を破る。
神の力で魔法契約が破棄されればよし。
破棄されなければ枢機卿と法王が死ぬことになる。
今からでもやってみようか?)
枢機卿は真っ青になり、声が出なくなった。
魔法契約が破棄できないのはわかっている。
神殿にトマト・サンドウィッチ伯爵とタマゴ・ウイッチ男爵を連れ込んでしまえば後はどうとでもなると考えていたのだ。王や王妃の目前で魔法契約をごまかすことはできない。
自分が死ぬのは嫌なのだ。
王妃が(お顔の色がすぐれませんね。聖魔法をかけましょう。)とスキル洗浄を使用した。
枢機卿は洗いざらい神殿の思惑を話した。
神殿にトマト・サンドウィッチ伯爵とタマゴ・ウイッチ男爵を連れ込んで麻薬中毒にし傀儡とする。
神官が祈ると同時に彼らに聖魔法をかけさせて奇跡を演出する。これにより神殿の権威が上がり、信者も増える。要するに金が儲かる。
王家には神の力によりトマト・サンドウィッチ伯爵とタマゴ・ウイッチ男爵が神殿に帰属する事になったと通告すればよい。
神殿の思惑に全員が呆れた。
王は枢機卿に命じた。
(今から言うことをお前は法王に伝えるのだ。
1週間後に神殿にて聖魔法をお披露目することになった。
お触れを出して治療する平民を集め、王城正門から神殿まで
パレードを行う。
神殿前で法王が演説し、そののち聖魔法の行使を神殿前の広場で行う。
詳細な内容をすり合わせしたい。
話し合いをしたいので担当者をよこしてほしい。とな。
お前はそののち風邪をひいたことにして自室に籠れ。
お披露目が終わるまで出てくるでないぞ。
余計なことは言うな。
今ここで話したことは他言無用だ。
言えば殺す。わかったな。すぐ行け。)
枢機卿は転げるように走り去った。
(実際にはお触れを出して治療する平民を集め、王城正門前にて聖魔法の行使を行う。
王城正門前には護衛の騎士とトマト・サンドウィッチ伯爵とタマゴ・ウイッチ男爵のみ出て、トマト・サンドウィッチ伯爵が演説した後、すぐにタマゴ・ウイッチ男爵が聖魔法を行使し、門内に入って済んだことを報告しろ。
その後、神殿のお偉方が来るだろうが、王妃がスキル洗浄を使用せよ。
また、洗いざらい白状してくれるだろうよ。
王妃のスキル洗浄については他言無用。
タマゴ・ウイッチ男爵にも徹底させよ。わかったな。)
これにより神殿は瓦解し、腐敗をなくすべく、作り変えられることとなった。
◎ やかん頭の宰相
私はこのベジタブル王国で宰相を務めている。
名をライス・カレー。公爵であり、宰相として優秀なのは自他ともに認めるところである。
私には悩みがある。
20代後半から髪が薄くなり、現在ではほぼやかん状態。
周りにしょぼしょぼあるのはみっともないと、ついには剃ることにした。
ところが王太子殿下が暗殺されかけた事件で王妃殿下が聖魔法に目覚められた。
王妃殿下は国のために働いている騎士や文官、女官には聖魔法をタダでかけてくださるという。
聖魔法のレベルを上げるためだそうだ。
すぐに私の頭に聖魔法をかけ、髪を生やせないかお願いしてみた。王妃殿下は快く聖魔法をかけてくださった。
結果は周りのしょぼしょぼが戻っただけ。
(宰相、ごめんなさい。毛根が死んでいてこれ以上は無理みたい。)
王妃殿下は済まなさそうに仰った。
ある時、サンドウィッチ伯爵夫人の白死病が治ったという知らせが届いた。過去に病気を見た医者から(治らない)という報告があったのに。
もしかしたら新たに聖魔法使いが現れたのかもしれない。
王様に奏上し、サンドウィッチ伯爵を召喚することに成功した。やはり新たな聖魔法使いが現れたのだった。
王都までの道中、頭を馬にかじられ髪の毛を喰われたそうだ。それを聖魔法で生やしたそうである。
もしかしたら長年の夢がかなうかもしれない。
後日、サンドウィッチ伯爵にお願いしてみた。
(タマゴ、どうだ生やせるか?)
(無理だね。毛根が死んでる。)
(そこをなんとかならんか。)
(ちょっと待ってね。うーん、この方法ならいけるかなあ。
宰相様、下の毛って生えてる?)
(いまだ、ふさふさしております。)
(宰相様の下の毛を聖魔法とスキル交換で宰相様の頭頂に移す。足りない分は首から下、足や背中から持ってくる。
そうすればなんとかなると思うけど。
くるっくるの短毛になるから、かっこ悪くない?)
(やってみてから場所を替えたり、成長を促進したりで少しは対応できませんか。)
(それと取った部分はつるっつるになるけどいいの?)
(それはかまいません。普段は見えないところですから。)
あーでもない。こーでもない。と4時間かけてまあまあの見栄えになった。
(陰毛であることはご内密に。)
私はそういって白金貨2枚を伯爵に支払った。
宰相たるもの、こういう時ケチってはいけないのだ。
伯爵は男爵にそのうち一枚を手渡す。
男爵は驚いていたが、にっこり笑って(了解しました。)と言ってくれた。
何度も鏡の前でポーズを取ってみる。
ああ、青春が再び戻ってきたようだ。
その後、貴族の間で(頭髪は白金貨2枚が相場)と噂になる。王妃様も出来なかった頭髪の治療はトマト・サンドウィッチ侯爵にたのめば生やしてくれるが、それだけかかるということだ。
流石にそれだけの金を払って頭髪を生やす治療を受けるものはおらず、私の頭は羨望の眼差しで見られることになった。
◎ 聖なる光
道具が増えたら試してみたいと思うのが人情である。
王妃は王を除けばその国の最高権力者。
使える魔法を試してみたかった。
(聖なる光ってなに?攻撃魔法?やってみたーい。)
やらないわけがない。
魔法騎士団の練習場は魔法でプロテクトされている。
頑丈に守られ補強されているので、少々の魔法では傷一つつかない。許可を受け、万全の態勢が取られる。
万が一を考え、山の方角に魔法を放つことになった。
(聖なる光)
王妃が指さした先から、目もくらむような白い光の球が発せられたかと思うと、瞬きする間もなく前方に飛んで行った。
人が通れるくらいの丸い穴が壁に開き、山の斜面を貫通している。
大騒ぎになった。
それ以外は人にも物にも被害がなかったが、王妃は王に大目玉を食らう。
次の日、光の球が通った跡には花が咲き乱れ、蝶が舞い、小鳥が囀る。荒れ地の開拓に使えるのではないかと期待されたが、1週間で枯れた。
(次は、ばれないようにやろう。)
王妃が思ったのは、内緒の話である。
◎ ステ-タスの説明
ステ-タスって初めは私にしか使えなかった。
初めて伯爵に会った時、なんでステ-タスって言えって言ったのか聞いてみた。
なぜか頭に浮かんだんだって。
で、ステ-タスって言うとステ-タスボードが目の前に現れ、自分のステ-タスが見える。
じっと見ている間は消えないんだけど、目を離すと消える。
で、他人の手を握ると能力が交換できるらしい。
でも私の能力はなくなるのではなく複写されるようだ。
初めに気づいたのはレタス夫人の手を握った後だ。
今まで
(レベル1 職業、ヒーラー 聖魔法1 スキル 交換)
だったのが
(レベル1 職業 ヒーラー 聖魔法レベル2
魔法一覧 ヒール、キュア、鑑定 スキル 交換)
に変わった。
つまりレタス夫人を治療したことにより聖魔法レベルが2に上がって
ヒール、キュアを覚えた。
レタス夫人を治療したお礼に鑑定の魔法を貰ったわけだ。
ちなみにレタス夫人を鑑定したけど、私の能力は移っていなかった。
項目が変化したのはステータスが進化したからだろう。
次にブラッディ・メアリーと握手して
(レベル3、職業 ヒーラー 聖魔法レベル2
魔法一覧 ヒール、キュア、鑑定 スキル 交換 洗浄)
に変わった。
ブラッディ・メアリーは18人の男を殺したから、その分のレベルとスキル洗浄と私の何かを交換したけど彼女は死んでしまったからわからない。
レタス夫人とブラッディ・メアリーの手を同時に触ってレタス夫人を治した後
(レベル3、職業 ヒーラー 聖魔法レベル3
魔法一覧 ヒール、キュア、鑑定 スキル 交換 洗浄)
となった。
2度目にレタス夫人の手を握った後でも彼女のステータスは変わらなかったので同じ相手からは2度出来ないようだ。
聖魔法レベル3となったのは治療したのでレベルが上がったのだろう。
ピクルスちゃんの呪い返しした時も、手を握ってやった。
(レベル3、職業 聖魔法使い 聖魔法レベル4
魔法一覧 ヒール、キュア、鑑定、生活魔法
スキル 交換、洗浄、念動力 )
となり、ピクルスちゃんを治療したことにより聖魔法レベルが4に上がり、治療したお礼に生活魔法とスキル念動力を貰ったわけだ。
ヒーラーが聖魔法使いに変化したのは、この国ではヒーラーという言葉がなく、それに当たるのが聖魔法使いだと伯爵に教えて貰ったからだと思う。
ピクルスちゃんを鑑定すると
(レベル1 職業 伯爵令嬢 生活魔法MAX スキル 念動力 )
であり、私がもらえるのはレベルが低いものらしい。
ちなみにレタス夫人の現在のステータスは
(レベル1 職業 伯爵夫人 魔法一覧 鑑定、水魔法レベル4 )
であり、スキルがない人もいることがわかった。
今の私のは
(レベル3、職業 男爵、聖魔法使い 聖魔法レベル5
魔法一覧 ハイヒール、ハイキュア、エリアヒール、エリアキュア、ピュリフィケーション、聖なる光、シールド、鑑定、生活魔法
スキル 交換、洗浄、念動力)
で王妃様と握手した時と変わっていない。
ただし私と握手した人はみんなステ-タスを見れるようだ。
伯爵とも握手してどうなるか楽しみだ。
ところでこの国では1年360日で1か月30日、1日24時間、1時間は60分で1分は60秒だ。
また、お金は紙幣がなく、貨幣は下から陶貨が1レン、小銅貨が10レン、中銅貨が百レン、大銅貨が千レン、小銀貨が1万レン、中銀貨が10万レン、大銀貨が百万レン、金貨が1千万レン、大金貨が1億レン、白金貨が10億レンで貨幣そのものにそれだけの価値がある。なので他国でも通用するらしい。1レン=1円なので勘定がしやすかった。
◎ ピクルス・サンドウィッチ
私、ピクルス・サンドウィッチはサンドウィッチ伯爵家の長女です。
一人っ子ということになってはいるけどお兄様がいるみたい。
弟妹もいたけど、幼いころに亡くなりました。
5歳の頃、突然足が動かなくなりました。
お父様とお母さまが優しくしてくれたけど、とっても悲しかった。
魔法の勉強を頑張ったおかげで、さほど不自由はしなかったわ。
生活魔法って不思議。
小さな風でこちらの物をそちらにやったり、何もないところから水を出してコップに入れて飲んだり、暖炉に火をつけたり、洗った髪を乾かしたり。
だれの力も借りずに全部自分でできるのよ。
体を浮かして椅子の上に乗ったら、滑るように動かせばどこでも行けた。
10歳くらいかしら、お母さまが病気になったの。白死病。
うつるからお会いになれませんってどういうこと?
お母さまに抱かれて頭を撫でられると幸せな気持ちになれたのに。
そのお母さまがもう長くないって。もうどうにもならないって。
悲しくて悲しくて、何度泣いたか知れないわ。
やっと春が来る頃に、突然お母さまが治るかもしれないって、お父様のお膝の上でお聞きしたの。
でも、まだわからないからあまり期待しないようにって。
お母さまが治ったの。
お母さまに抱かれて頭を撫でられて、嬉しくて泣いちゃった。
(今度は貴方の番ですよ。診察させていただけますか?)
異国の人だろうか、タマゴと名乗ったその人は私を診察するとお父様といっしょに出て行った。
本当いうと足なんて治らなくてもいいと思っている。
貴族の女には他家に嫁いで子をなし、家を栄えさせる義務があるって教えられたわ。
私は足が悪いからお嫁に行けない。
でも足が治ったらお嫁に行かなきゃいけない。
お母さまにお話したら、お婿さんを取ってずっとお家にいればいいって。
それなら足治らないかなあ。
治療は成功して私の足は治りました。
ふらつきもせず、全く違和感なく歩けたし走れたわ。
父様もお母さまも嬉しそうだったけど。
何か変なの。お父様もお母様も影があるっていうか。
その理由は王都で王様に拝謁してわかりました。
私の足は呪われて動かなかった。
その呪いが、かけた侯爵の令嬢に呪い返しされて
その子の足が動かなくなったのね。
その子の足、治らないかしら。
その子悪くないじゃない。とってもかわいそう。
お父様もお母様もそう思ってそう。
王様の次に王妃様にお会いして、タマゴが新しい魔法を覚えたわ。
(ピュリフィケーションは綺麗にしたり、呪いを解いたりする魔法)って。
(侯爵令嬢の足ってピュリフィケーションで治らないかしら。)ってタマゴに聞いてみたの。
(伯爵様に頼んでみてください。
伯爵様の御下命がないと私は動けませんので。)
お父様に聞いてみると難しそうな顔をなさったわ。
(私たちを苦しませるために侯爵はお前を呪ったのだよ。
謝りもしない相手に呪い返しで返した呪いを解いてやる義理はない。だか、お前がその令嬢に手紙を送り、謝るんだったら呪いを解いてやると連絡をし、こちらが謝罪を受け取れば呪いを解いてやってもいい。
手紙を送ってごらん。)
手紙を書いたわ。
チキン・ソテー侯爵令嬢様。
あなたのお父様であるポーク・ソテー侯爵様が私に呪いをかけ、私は5歳から14歳まで足が動きませんでした。
当家の聖魔法使いが呪い返しをしたので、呪いが返され、あなたの足が動かなくなり、私の足は動くようになりました。
これは王妃様が確認された真実です。
あなたのお父様が悪いのは間違いのないことなのです。
でも、あなたのお父様が悪いことをしたとしても、その報いであなたの足が動かなくなるのは理不尽だと私は思います。
私のお父様であるトマト・サンドウィッチ伯爵に相談しましたところ
(私たちを苦しませるために侯爵はお前を呪った。
謝りもしない相手に呪い返しで返した呪いを解いてやる義理はない。だか、お前がその令嬢に手紙を送り、謝るんだったら呪いを解いてやると連絡をし、こちらが謝罪を受け取れば呪いを解いてやってもいい。
手紙を送ってごらん。)とのことです。
もし、謝罪なさるようでしたら謝罪を受け入れます。
私が責任をもって当家の聖魔法使いに呪いを解いてもらいます。
ご返事をお待ちしています。
ピクルス・サンドウィッチ
お父様は手紙を読んで手直しされた。
清書した手紙を複写魔法で何通か複写すると送る準備をされた。
(後は私に任せて休みなさい。今日はお母様がいっしょに寝てくれるそうだよ。)
私はいそいそと寝室に向かったの。
◎ チキン・ソテー侯爵令嬢
ベジタブル王国では毎年4月1日に貴族の娘がデピュタント、13歳から16歳の娘がお披露目する。
王の前で両親ともども挨拶して初めて貴族の娘と認知される。これには王国のほとんどの貴族が出席する。
私はダンスの最中、突然、足が動かなくなり座り込んでしまった。王妃様がみてくださった。呪いだという。
お父様は王妃様に呪いを解いてくださるようお願いした。
(侯爵、貴方誰かを呪いましたね。これは呪い返しです。
私は息子を暗殺されかけました。犯人が憎かった。
私は貴方の娘の呪いを解きたくありません。
それ以前に解き方がわからないのです。
自業自得です。諦めなさい。)
私は泣きながらお父様とお母様に抱えられるように家に帰った。5月になり真実が明らかにされた。
サンドウィッチ伯爵が王家に召され、王様の面前で話したのだ。
曰く。 ピクルス・サンドウィッチ伯爵令嬢の足が動かなかったのは呪いである。
曰く。 呪い返しを行う前に、誰に呪いが返されるのかはわからなかった。
曰く。 呪い返しを行ったところ、同時にチキン・ソテー侯爵令嬢の足が呪い返しで動かなくなった。
曰く。 王妃様が呪い返しと認めた。
曰く。 呪いを返されたのだからピクルス・サンドウィッチ伯爵令嬢を呪ったのはポーク・ソテー侯爵に間違いない。
お母様はお父様と離婚し、私はお母様の実家でくらしている。
暫くしてピクルス・サンドウィッチ伯爵令嬢からお手紙が届いた。謝罪すれば治してくれるという。
謝罪すべきはお父様であるポーク・ソテー侯爵ではないのだろうか?
お母様と相談し、サンドウィッチ伯爵家に謝りに行くことにする。謝った後、そのまま馬車に乗せられ王宮に付くと王妃様が治してくれた。
(試してみたかったのよねえ。)王妃様はお茶目にウインクすると、私が治ったのを見て嬉しそうに去っていった。
2月にも満たない間だったけれど足が動かないストレスは大きかった。
一切認めないお父様と言い合うお母様。
私はお母様とお話しして、修道院に入ることにした。
神にすがり、神に祈り生きてゆこう。
◎ ポーク・ソテー侯爵
どうしてばれたんだ。
あの呪術師の野郎、呪いを解くことも返すことも絶対できませんだあ。
呪いは呪術師に返るのが本当だろうに。
あの呪術師の野郎、ぶっ殺してやればよかった。
トマト・サンドウィッチ伯爵は昔っから気に入らねえ奴だ。
俺のほうが爵位が高いのに領地がいい。
領地の大きさは確かに俺のところが大きいさ。
だが、俺のところは山や荒れ地で耕作地があんまりねえ。
奴のとこは海と港があるし耕作地も多い。
挨拶にも来ねえ。
文句を言ったら俺の先祖からの絶縁状を見せやがった。
末代までの絶縁だあ。
王家にも届けてあるからご確認くださいだとう。
だから呪術師雇って奴の家ごと呪ったんだが上手くいかねえ。先祖の守りが強くて通らねえらしい。
だから一番弱い娘を呪ったのに呪殺できねえときたもんだ。
足が動かなくなるんでまけてやったんだぞ。
娘に返すたあ、どういう了見だあ。
文句言っても仕方ねえ。
知らぬ存ぜぬで通してやる。
そうこうしてたら王宮から召喚状が来た。
トマト・サンドウィッチの野郎、俺を訴えたらしい。
まずは仮病で時間稼ぎしようと思ったら塩を止められた。
うるせえ領民を討伐してたら王国騎士団が査察に来た。
もう、時間稼ぎは出来ねえが。証拠なんざあるわけねえ。
王宮に行ってやろうじゃねえか。
◎ 御前裁判
王が座る机の前に法官が4名、黒い法服を着て並んでいる。
被告席は左、原告席は右である。
法官が口火を切る。
(王の御前である。まず、サンドウィッチ伯爵よりの告訴状を読み上げます。
① ピクルス・サンドウィッチ伯爵令嬢の足が動かなかった
のは呪いである。
② 呪い返しを行ったところ、時間を同じくしてチキン・ソ
テー侯爵令嬢の足が呪い返しで動かなくなった。
③ 呪いを返されたのだからピクルス・サンドウィッチ伯爵
令嬢を呪ったのはポーク・ソテー侯爵に間違いない。
④ 王妃様が呪い返しと認めた。
⑤ この件に対してポーク・ソテー侯爵からの謝罪がないた
め、王国法により賠償を求める。)
(私、ポーク・ソテー侯爵は無実を主張します。
我が娘の足が呪い返しで動かなくなったとして、私がピクルス・サンドウィッチ伯爵令嬢を呪ったという証拠がない。
あくまで推測であります。
逆に当侯爵領はサンドウィッチ伯爵からの塩止めにより重大な金銭的損害を受けたので、訴えるつもりであります。)
(塩止めの件につきましては侯爵先祖からの絶縁状がありますので一切の金銭的損害は求められないものとします。
ポーク・ソテー侯爵がピクルス・サンドウィッチ伯爵令嬢を呪った件につきましては呪術師からの告白状があります。
呪術師は残念ながら絶命しましたが、告白状をご覧ください。)
(そのような告白状に価値があると思えない。嘘であると確信します。)
(その告白を聞き取り、書き取ったのは王ですぞ。)
◎ 呪術師の告白
ポーク・ソテー侯爵に頼まれてピクルス・サンドウィッチ伯爵令嬢を呪った呪術師が捕まった。
が、白状しない。弱ってるため拷問もできない。
実は王妃もかなりのものだが、王も好奇心の塊である。
王に告白の内容を書き取らすことにして、王妃はスキル洗浄を使用する。
出るわ出るわ、今回のこと以外にも貴族の暗部がぞろぞろ出てきた。
王も王妃もにんまりとする。貴族の金玉握ってやった。
全部話しつくしたところで、呪術師は名前も言わずにこと切れた。
◎ 判決
(判決を言い渡します。
主文 ポーク・ソテー侯爵の領土の半分をトマト・サンドウィッチ伯爵に割譲すること。
これによりポーク・ソテー侯爵はポーク・ソテー伯爵に降爵。トマト・サンドウィッチ伯爵はトマト・サンドウィッチ侯爵に昇爵する。)
(なんだと。そんなことがまかり通ってたまるか。)
(まだ途中である。王と王妃に対する不敬罪、および領地における監督不行き届きの罰としてとしてポーク・ソテー伯爵の爵位と領地をはく奪、平民とし国外追放とする。)
すぐに猿轡をかまされ、囚人用の馬車に放り込まれる。
魔の森にでも追放されるのだろうが、まず生きて行けるとは思えない。事実上の死刑である。
つらつらと理由が述べられるが、残った貴族たちへの見せしめや脅しの面が強い。
こうして一連の事件は一応の終結をみた。