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人外失格  作者: 冬目投石
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たった一人の親友

       たった一人の親友



 病院の看護師が私に聞いた。「最後に見た雑史さんはどのような感じでしたか。」穏やかな声だった。


私が最後にみた彼はとてもやつれていた。少なくとも私の目にはそう映った。普段のように酒がないからと言って怒鳴ることもせず暴れることもせず、ただじいっと机の上で頬杖をついていた。


そして何分かに一回、悲しげにため息を漏らすのだ。


なぜ私が呼び出されたのか分からない。彼の書斎の扉をノックして中に入り、木の椅子に腰掛けてからずっとそんな具合だった。沈黙を破るのは時計の秒針とため息だけだった。


何か悩みでもあるのだろう。逆にそれ以外考えられないが自分から話し出すのもどうかと思うから、聞き手に徹するように黙っていたわけだが、二十分経っても状況が変わらなく、


らちがあかないと思って退出し、帰宅したのだ。


その間も彼は何かを見つめるような目で頬杖をついていた。笑うことも、怒ることも、泣くこともせずに。


それが私が最後に見た彼だった。この看護師から聞いた話によると、どうやら最後に生きている彼を見た人間は私だったらしい。


彼の死因は窒息。川の周辺で遺体が見つかったことから入水自殺と考えられている。


ただ、安らかな死に顔だった。とても、二回の離婚を経験し依存症に苛まれ、ひどい人生を送ってきた人物の死に顔とは思えない。むしろ死ねて幸せだったと思えるような死に顔だった。


 病院からの帰り際こう考えていた。


彼はある意味人間らしい人生を送ったのかもしれない。人を人とも思わず、自分のことさえも酒で押し殺し、それはもう人間としては最悪だった。


人間を捨て人外となってからも最悪であることには変わりはなかった。恐らく彼は人生という迷路に最初から迷っていたのだと思う。


孤独で寂しい自分の本当の人格をごまかすために嘘をつき、人を騙し、酒を飲み、自分の言うことのみが正しいと勘違いをして生きてきたのだと思う。


しかし、彼の三人の妻から常に相談を受けていた身として一つ言えることは彼は本当に三人の妻を愛していたということだ。


浮気や不倫という言葉を聞くことがなかったのはそのためだろう。愛の上で踊り愛の下で眠るうちに愛を求めずにはいられなくなったのだろう。自分は孤独な人間であると思う度に、ずっと一人だと悲しくなったのだろう。


人外のくせに、人の心を持たないくせに人間らしく愛などを求めて、人外としても失格じゃないか。


私はここで初めて、彼ともう二度と会えないということを意識した。


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