初めてのループと、あったはずのエンディング
「英雄」には時間があった。15年という長い長い時間が。
「勇者」には時間がなかった。神の加護をもらったばかりだというのに、慣れる時間すらなかった。
「英雄」には守るべき仲間はいなかった。ただただ名声を高めるために助ける人々弱者しかいなかった。
「勇者」には守るべき仲間がいた。師匠である魔導士や背中を託せる人たち強者がいた。
「英雄」には好まれている人が多くいた。自分の影響力を高めるためだけに自分の身を顧みず助けていたからだ。
「勇者」を好んでいる人なんて数少ない。いきなり加護を受けただけの小娘が勇者の名を語っている状況を受け入れられる人が、どれほどいるのだろうか。
「英雄」には加護がなかった。才能はあったが死んでもやり直せることはできない。
「勇者」には加護があった。身体能力を向上させ、死んだとしても、やり直せる。諦めさせないような加護が。
「英雄」には···························································
「勇者」には···························································
「英雄」には知識があった。この場所での悪者は誰か。どうすれば人を助けられるのかを前世知識で知っていた。
「勇者」には知識がなかった。悪者への対応も。人の助け方なんてものは知らない。彼女にあったのは、ただただ無情なほどに強いだけの加護だった。
―――― ―――― ―――― ―――― ―――― ――――
「······つまるところ、お主は救世のため働かなくてはならない。世界を救えるのはお主、勇者。お主しかおらん」
「何で私が助けないといけないの?ロリ魔女さん」
「···だからロリはつけないでくれと言っておるだろう?···まぁ、いきなり勇者と言われて意味がわからないのも無理ないが···」
「私じゃなくても英雄さんがいるじゃん!英雄さんがいたら大丈夫なんじゃないの?」
「··················英雄がいればいいんだがな······」
「何その反応?まるで英雄がいないみたいなこと───ってホントに??」
「まだ分からん」
「英雄」の最後を見届けた訳ではないが、魔導士には彼が救世のために「勇者」と共に動けないことを薄々気づいていた。······わざわざ、「勇者の指導をよろしく頼む」と頭を下げられているからだ。
(そうでなくては、あの行動は意味をなさない。···彼は知っていたのだろうな。こんな小娘がバケモノレベルの魔力の量と質をしていることを)
「···腐っても勇者の器か」
「······?何か言った〜?」
「いやなんでもない」
(ともかく、勇者を一人前にしないと。だが···)
魔導士は「英雄」に頼まれた通りに、「勇者」に指導をすることを決めたが、
「え〜ホントに私が世界救わないといけないの〜?私ただの村娘だよ〜?」
「(·····こんなのが勇者でホントに大丈夫なのか?英雄よ?お前が言っていたよりも一般人すぎないか?)」
「英雄」は魔導士に「勇者」の育成を放り投げていた。彼女の元来の性格が、死にループを繰り返して、村娘から勇者へと変化していく。その工程をすっ飛ばして、魔法の特訓をするのは、いささか難易度が高すぎる。
それを彼は知っていたが、性格矯正を含めた育成を魔導士に放り投げていた。······というか性格矯正している時間は一切合切持ち合わせてなんてない。仕方ないというヤツだ。
「(とりあえず、死んで辛い経験を積み重ねてもらって性格を曲げるか······まぁ、魔法の特訓はいつでも手は抜かないが」
「······?ロリ魔女さん何で笑ってるの〜?」
「いや、何でもないが、ロリ魔女さんはやめろ」
勇者の1回目の死は魔力の暴走などではなく、キツイ特訓に耐えかねて逃げ出した先にいた賊に殺されるという、何とも無様で呆気ない死であった。······しっかりと持ち金や装備は無くなっていた。南無。
「······やけに素直に物事を聞けるようになったな。··· 1回の死で懲りたのか?───いや現実を見れるようになったようだな」
「······うるさいけど、ぐぅの音も出ないよ。そりゃそうだよね···素の力なんて、ただ市民だもんね」
「それが分かれば、1回の死なんて安い。なんならお釣りがくるレベルだ。私は最低5回は見積もってたからな」
「それは私のこと舐めすぎだよ!!」
「正当な評価だ馬鹿が。···まぁ訓練から逃げた先の雑魚の賊に無様にやられるなんてダサいことしたからな。現実を正しく認識するのも無理はない」
「ッ〜!!!!」
魔導士は少し楽しげに微笑みながら、顔が赤くなっている「勇者」を煽っていた。だが、そうしながらも考えることがあった。
「(············英雄から貰ったアレをいつ渡すのが正解か?)」
「勇者のことを頼む」と言われた時にいっしょに受け取ったノート。「勇者以外に見せるな」と念を押されたが、これをいつ渡すか。
「(現実が見えるようになってから渡せ。なんて簡単なようで難しいな······まぁ、あと数十回くらい死んでから渡すか)」
死ぬ前よりは現実を正しく見えるようになったが、まだまだグロ甘いと感じていた。
「(とりあえず、死ぬことへの忌避感がなくなるまで待つか)」
「勇者。死んだとき、どう思った?」
「どうって何さ。そりゃ痛かったし、苦しかったよ。一発で首落とされたから、痛みは一瞬だったけどさ」
「そうか。ならよかったよ」
「······???何が良かったの?痛みが長引かなかったこと?」
「あぁ、そうだ。それ以外にあるまい」
「······ロリ魔女さん優しいのか、鬼畜なのか分かんないよ」
「だからロリ魔女はやめろ。······まぁ、安心しろ。私は優しくなんてないからな」
「え〜ホント〜??」
「あぁ、本当だ(死ぬことへの忌避感があることを確認できて、ノート渡すことをしなくていいことによかったと感じただけの私が優しい訳ないだろう)」
「───まぁこれからだな、勇者よ」
「ロリ魔女さんよろしく頼みます!」
「だからロリ魔女はやめてくれ」
「えぇ〜じゃあ何て呼べばいいの〜?」
「···師匠でいいだろうが」
「その顔と身長で、師匠はちょっと···ね(笑)」
「お前やっぱあと5回ぐらい軽く死んでから来い。その精神潰してこいよ」
「死んでも生き返れるけど、持ってるものとか金とかなくなるし、痛いんだよ?!」
「そうかそうか、生き返れるんだしよかったな」
「ロリ魔女さんやっぱ鬼畜だ〜ッ!!!」
冗談だと感じた「勇者」であったが本気で魔導士は5回以上死ぬまで魔法を教えてくれなかった。結局7回死んだ。
7回死ぬまでの間、慣れない加護を使い、まぁまぁ報酬のうまいサブクエを回っていた。神の加護が慣れてきて天狗になってくるが、難易度レベチなサブクエ(魔族討伐)が「勇者」を襲い、3回死んで魔族が村を滅ぼしてしまい、遺族からバカみたいに誹謗中傷され、気を病むという「Loop Despair」でよく見る光景があった。
───まぁ、魔法を覚える前の「勇者」側が優位に立つなんてことが、この世界である訳ない。そのことを「勇者」は知るよしもなく、ただただ強い魔族に弄ばれ、ボコされる。そして、救えなかった人たちの家族や友人たちからボロクソに言われる。
それに耐えなければ、「勇者」なんてやってられない。
今の「勇者」には、頼れる人がいるのでまだマシだ。そして、強い魔族以外には加護が通用することが今までの戦闘で分かっていた。しかし、ここまで来るのに全ての戦いで加護を使いまくっているため、戦闘中に加護が切れるまで、あともう少しだ。可哀想に。
「ロr ······ししょおぉ。私の魔力ってそんなにスゴイの?」
「あぁ。私と同様かそれ以上はある···まぁ、ブレーキは一切効かないが」
「いつも一声多いって!···その通りだけどさぁ」
「だから、依頼を受けるときは加護を使っていけよ······加護は魔力のように枯れることはないだろうからな」
「───ぅん。そう···そうだよね!!枯れることないよね···ない筈なんだよ」
「?とりあえず今回はこのくらいで終わらせるから、活動しているぞと伝わるくらいには依頼やってこいよ」
「はーい!行ってきまーす!」
魔導士は気付けない。加護には限りがあることを。「英雄」の残したノートには書いてあるが、律儀に見ずに保管していた。
───だから気付けない。活動してることのアピールのために使っていた加護が切れそうなことに。
勇者は現実を悲観的に見れない。加護の効きが徐々に悪くなっていることを感じているが、体の疲れと信じているため、もうすぐ切れることに気付けない。
切れるのを気づくのが、運命のように難易度レベチの魔族討伐であった。
「───ホンットにッ!メンドくさいなッ!!君ら魔族ってヤツはさ!」
「お前がザケぇだけじゃねぇのか?(笑)」
魔法の特訓したあとの依頼で、魔族討伐はハズレでしかない。万全の状態でも余裕で死ねるのに、ヘロヘロな状態の今で勝てる訳なかった。
だが、「勇者」としての自分が諦めていいはずがない。───世間体的に
「そうだけどさ、私は簡単に死ぬわけにはいけないんだよ!」
だから、残った体力で使える加護をフル稼働させ、一撃喰らわせようと、神に祈ろうとする。
───しかし、加護が来ることはなかった───
そこで、改めて「勇者」は知る。
この世界は、神は、
私に全く優しくないことを
絶望を感じながら、「勇者」は1度目のループをした。
―――― ―――― ―――― ―――― ―――― ――――
〜あったはずの一幕〜
「───勇者のくせに遅ぇんだよッ!!」
違う。これが私の全力だったのに。
「───私たちのことはどうでもいいもんね」
違う。私は「勇者」だから皆んなのこと救わないといけないのに。
「───そもそもこんな小娘が勇者なんておかしいと思ってたんだッ!」
違う。私だってなりたくてなった訳じゃないのに。
「───勇者のくせに救えないんだね······」
違······わない。私は「勇者」だけど、救えなかった。
救えなかった苦い気分のなか、罵倒を聞いているうちに、ふと、私は疑問を抱いた。
「(なんで私は助けた人たちに文句を言われないといけないんだろう)」
自分が必死に助けたとしても、何か文句や苦情を言わられないといけない現状に違和感を感じた───
肉がぐちゃぐちゃに裂け、骨が折れたとしても助けるため、魔族や賊を殺した。
この人たちのために死んだとしても、加護によって生き返って助けに行った。───それが手遅れだと分かっていても。
······それほどの価値が、アイツらにあるのだろうか······
自分や自分の周りのことだけしか考えられず、文句や苦情しか言わないようなカス共。
そんなゴミ共のために私は何で、量の限られている加護を使わないといけないのか。
そう考えると、今まで燻っていた気分が晴れやかになる。それと同時にナニカ嫌な予感がした。
なぜか冷や汗が止まらない。悪寒が全身を覆う。自分が消えるような感覚がする。けど、考える頭が口が止まってくれない。口がワナワナ震えながらも
「うるさくて弱いだけのゴミなんて救わなくてもいいんじゃないか」
そう、心からの本音がポロッと出てしまった。「勇者」としての自分が言ってはいけないことを、言ったことは分かっていた。けど、言わなきゃやってられなかった。言わなければ、「勇者」としての自分に私が押しつぶされそうな感じがした。
······言ったあとの開放感は、どこか「勇者」になる前の懐かしい感じがした。
その時は、奇しくも私を祝うような快晴であった。
「───勇者さまッ!!村が賊に襲われてます!!助けてくださいッ!!」
「はいはい。今行きますよ」
避けては通れない依頼メインクエストの村を襲う賊の討伐だ。ループしているから、このクエストの簡単さは分かってる。たかだか数人程度の男がいるだけだ。
気をつけるのは加護の使う量だけでいい。
土砂降りの中、知っている村へ向かった。このクエストのときは、いつも土砂降りだ。血を流す必要が減ってありがたい。
依頼人と共に村へ着き、見覚えのある賊を見つけた。あちらも私を見つけたようでニヤついたムカつく顔をしている。
先制攻撃をしようと、いつも通り加護を使うを神へ祈ろうとする。───しかし、
「······はッ?何で何で何で??」
「───勇者様ッ!?何をされてるのですか?!」
「何で加護が、加護が来ないの??」
今までの経験上まだまだ量の問題はなかった。なのに来ない。
······今まで頼りにしていた加護が······
「何だw 勇者と聞いてビビったが、こんな雑魚そうな小娘なのかよw」
「それなw あんなヤツ殺して、村支配しよーぜー。···なんか、ガキうずくまってね?命乞いでもしてんのかよw」
「神様!?神様ッ!!!何で私の加護が!?」
上を、現実を見たくなかった。───自分の素の実力なんて分かりきっている。大のおとな数人に真正面から戦ったとしても勝てる訳ないし、勝ったとしても、この先の戦いで神の加護なしは無理すぎる。
笑い声や嘲笑ともに、ザッザッと足音が近づいてくる。
「ガキ!顔上げろよw 俺は人が絶望してる顔見ながら殺すんが好きなんだよ!!」
ガッと髪を掴まれ、顔上げられる。───そこで初めて上を見上げた。そのとき少し違和感を感じた。
今までの、このクエストの時はずっと土砂降りだったはずなのに······
───何で晴れているの?
空は嫌なほど雲ひとつない快晴であった。まるで、賊の勝利を祝うように······嫌、違うか。
───私の死を神が喜んでいる。
そう考えると妙に納得した。勇者にあるまじき言葉を言ったときの開放感は解放感だったんだ。
───「勇者」という名からの解放だったんだ。
「───何でお前この状況で笑ってんだ?キメェぞ」
「えっ?」
賊にそう言われ、口元を触り、自分の口角が上がっていることを知り、初めて自覚する。
「(私笑っているの?)」
何度も何度も死に、何度も何度もやり直してきた今までの人生。それにピリオドが打てるのではないか。そう思い、口角が上がった。上がってしまった。
「───気持ち悪いヤツだな。絶望しないんなら、さっさとイけや」
私の「勇者」としての人生が神に見捨てられ、終わったような気がした。それに、嬉しさを感じ笑みを溢しながら、───私の首が落とされた。
あぁ、今度は普通の生活があればいいな
―――― ―――― ―――― ―――― ―――― ――――
「───あなたが今から神の加護を受けた勇者になりました。······勇者様?どうかされましたか?」
「────────────ハッ???」
そこにあったのは、終わらない絶望と変わらない「勇者」としての日常だけだった。
ノーマルエンドIV 通称「見捨てられエンド」
ループを5回以上繰り返して、神の悪口や勇者にあるまじき言葉を発したり、行動を起こすと、神の加護を剥奪される。
これにより、神が私ではなく、「勇者」の私だけを見ていることが分かって本当の味方がいないことに気づく。
しかし、ループが終了する訳はなく、何も変わらない「勇者」としての生活が待っている。
評価やコメント、誤字報告など待ってます。