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下天を征く〜陰陽師:蘆屋道仁と滝川一益の戦国一代記〜  作者: シャーロック
天文11〜12年(1542-43年) 伊勢・志摩漫遊編
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閑話:大嶽丸

天文11年(1542年)秋頃  鈴鹿山中  雨垂れの滝

 大嶽丸


 儂は紅葉深まる鈴鹿山脈を大熊に変化し、秋の味覚のきのこなどを探しつつ歩き回ってきた。


 数日かけて食事も取りつつ、縄張りを穢す輩を潰して歩き回って寝床の雨垂れの滝へとようやく帰って来れたところだ。定期的に街道一帯を大熊に変化して見回っておるが、人間の盗賊らは幾ら潰してもシラミのように湧いて出てくるので嫌になる。


 人間と獣・妖の違いは心の有り様であると、遥か昔、どこかの坊主が言っていたような気がするが、人間だろうと妖などよりよっぽど残忍にも卑しくもなれると儂は思うがな。


 そんな事を考えて歩いておると、滝の下から懐かしい気配を感じた。この気配の持ち主に会うの何年ぶりであろうか……


 長く生きすぎた儂には、もはや1つ1つの年の経過がようわからなくなってきた。数年前が昨日のことにも感じれば、昨年のことが遥か昔のように感じることもある。


 『大嶽丸殿、大嶽丸殿。鞍馬の大天狗が弟子、蘆屋道仁が挨拶に参りました。居られますれば、御尊顔を拝し奉りたい』


 此奴(こやつ)が初めて儂の元に来たのが昨日のように思い出されるな。あの頃、天魔の腕にしがみついて、この雨垂れの滝にやってきた(わっぱ)が立派な口上を述べれるようになるとは成長したのぉ。


 『久しいな。蘆屋の童わっぱよ。共に控える男は何者か』


 天魔が鞍馬を留守にする際は、いつも1人でここを訪ねてきた童が今日は連れを遣すとはどういう風の吹き回しだ? 他の陰陽師と共に仕事をすることもなく、常に1人で行動する童が誰かと旅するなど初めて見たな。


 『はい。こちらは甲賀住人、滝川彦九郎殿でございます。縁あって共に旅をすることに。私の信の置ける御仁でござます』


 ほぉ。共に居るのは山の麓の住人か。天魔や儂のような妖であれば1人で過ごすのは常であるが、人間は1人で生きることはできぬ生き物。童がいつまでも1人でおるのはどうかと儂も思っておったが、そうか。此奴(こやつ)もようやく友を得たか。


 『ほぉ。あの童が友を得たか。暫し待て』


 儂は姿を大蛇に変えると、岩間の隙間から棲家とする滝の裏の洞窟へと入り込んだ。


 姿を元の鬼の風姿に戻し、道仁を手招きして招いてゆく。


 『久しいな童よ。お主が友を連れてくるとは意外であったぞ、ハッハッハッ』


 麓の住人達から献上された床几と机を用意し、道仁をそこへ座らせる。共に来たはずの甲賀住人がなかなか洞窟に入ってこないな。手間取っておるのか?


 そんなことを考えておると遅れて猩猩緋の着物の武士が戸惑うように入ってきた。鬼の姿の儂を見て逃げ出さないとは、なかなか肝の据わった武士のようだな。


 『彦九郎殿。どうぞこちらへ』

 

 童の勧めに促され儂の前に座る所作からはよく鍛えられた体躯を思わせる。此奴、ただの武士にしてはなかなか強いのではないか? 隙が少なく、体術だけならおそらく童より強いだろうな。陰陽術を使えば童の方が僅かに上か。


 『改めて彦九郎殿。こちらは鈴鹿山に棲まう大嶽丸殿でございます。名は聞いたことがあるとは思いますが、かの坂上田村麻呂公のソハヤノツルギよって斬られ、調伏されたとされる古の大鬼ですな』


 『その話をするでない童わっぱ。酒が不味くなるだろう。彦九郎殿と言ったな。その話は真だが、あれは若い頃の話じゃ。誰しも自らの力を試したくなる時期があるじゃろ?』


 童め、一体どれだけ昔の話を蒸し返すのか。まったく……誰でも若気の至りというものがあろうに。


 『先ほどの滝の上にいた熊は大嶽丸殿だったので? 』


 彦九郎殿は鬼の特徴をあまり知らん御仁であるのか。鬼ならば人に成り代わったり、上位の者であれば動物などにも変化できるのだがなぁ。


 『ハッハッハ。見た目に惑わされてはいかんな。ほれッ……どうじゃ。儂にかかれば容姿など、いかようにもできる』


 儂が変化を見せて、酒を飲み干すと彦九郎殿が感心したように漏らした。


 『はぁー。こりゃすごい。俺は鬼というものを昨夜初めて見たが、大嶽丸殿に出会ってまたよくわからなくなり申した』


 『ほぉう。昨夜も鬼に会ったのか』


 『えぇ大嶽丸殿。昨夜は近江側の麓、土山宿に泊まったところ、呪詛騒ぎがありまして。それに関わる鬼退治と相成りました』


 『そうかそうか。ま、この辺りで童わっぱの相手になるような妖は居らんじゃろうな、ハッハッハ』


 鬼が人を喰ったならわかるが、呪詛に関わる鬼がおるとはよくわからん()もいるもんじゃな。まぁ、所詮はその程度しかできぬ低位の鬼であったのであろう。


 童を相手にして、力量も分からず戦いを挑む鬼などたかが知れておる。せいぜい逃げ切れれば御の字じゃな。修行中であればなんとかなろうが、天魔から独り立ちした此奴(道仁)を相手に勝てるのは儂か酒呑童子くらいかのぉ。


 その後も童と彦九郎殿と酒を進めると儂の話になった。


 『結果はどうであれ、受け取る側の判断ですな。大熊に変化した大嶽丸殿に助けられた者たちは、あれは田村丸の御使いだの大嶽丸殿の化身だのと崇める者もおりますからな』


 定期的に鈴鹿山脈を見回る際は、見られても良いように大熊の姿でしておる。そのため、それを見た山の者らが勝手に儂を崇めているということだ。


 『ま、儂のためとはいえ、感謝されるのはこそばゆいがの』


 何も大層なことをしているわけではない。自分のために始めたことが、民の為にもなっているというだけなのだ。


 『この酒なども供物などでしょう? もはや自分のためだけではないのでは? 以前会った時と比べても、神気が増しておるようです』


 『ほぉ、そうか。ただの鬼だった儂に神気がなぁ』


 儂がしていることは元は自分の為。高尚なことをしようと思ってやってきたことではない。ただ、儂を崇め、供物を献上するような者がいるからには、その者らくらいは護ってやらねばとは思っている。


 『その神気の帯び様、いずれ鬼神の高みに至るやもしれません』

 

 『そうか……』


 一介の鬼が神になるとは儂には思いもつかぬ。かつて大鬼として恐れられた儂がそのようなものになる日が来るのか。分からん。分からんが、その時が来ればそれもまた良いではないか。


 ただ、今はまだ鈴鹿の大鬼、大嶽丸として、今日ここに来た儂の友と酒を飲むことを楽しみたいのじゃ。


 その後、彦九郎殿に童との出会いについて聞かれた儂は、童に儂から話して良いか確認をした。


 『お願い致します。昔話は年寄りの特権と聞きますので』


 なんとまぁ可愛げのない奴じゃ。こんな生意気な童じゃが、何度、此奴の修練の相手をしたことか。負けても必ず立ち上がってまた立ち向かってくる。穏やかで静かな見た目の内に秘めたその気概と負けん気の強さを儂は知っとるぞ。


 『まったく、年寄りは敬うものじゃぞ……それでな……』


 此奴と過ごす時間は良いものじゃ。鬼である儂には子はおらぬが、人の子や孫を想う気持ちはがようなものなのだろうか。そんなことを考えながら、儂は童とのしばしの会話を楽しむのだった。


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